第7話
さわが夜の庭園で二人に気絶させられ、后候補として後宮に上がることを承諾したときには、もう夜の帳は落ちきっていた。
「今日はゆっくり休んでください。明日、詳しいことは説明いたします」
リード自ら、さわを部屋へと連れて行く。初めはベガが連れて行くと言ったのだが、
「あなたに任せると危険ですので」というリードの一言で却下され、しぶしぶ自分の部屋へ戻って行った。
「最初にお会いしたときの無礼をお許しいただけますか?」
ここですと案内された扉の前に立ち、さわがノブに手をかけようとしたときだった。
「え?」
「最初にあなたを殺そうとしたことです」
さわが振り向くと、リードは目に見えて落ち込んだ様子でこう続けた。
「私が近づくと、体が一瞬強張っていらっしゃるのが分かったので」
リードが大きな体でしょぼんとなる様子が、まるで実家で飼っている犬のようで笑ってしまった。あいつもいたずらをしては、さわに見つかるたびに大きな体をちぢこませてこんな顔をしていた。
「大丈夫。そのことは気にしてないです」
そう笑って言うと、ほっとして「では」と去って行った。
さわが部屋に入ると自動的に明かりがついた。時間が時間だからか、ベッド脇のオレンジ色の小さな光が一つだけ。
3人は余裕で寝られそうな大きなベッドに、「さすが王宮」とすこしビビるが、眠気はそれ以上で、ためらう前に倒れこむように寝転んでしまった。
「そのことは気にしていない」
つい、いやみな言い方をしてしまったとさわは反省する。これではまるで「ほかの事」は気にしているようではないか。
事実、さわが何より堪えているのは「低い声」だと言われたことだった。
高くて透き通る声は自慢だった。
顔や髪を褒められるよりも、声を褒められるのが嬉しかった。
なんか、疲れた。
本は好きだし、ファンタジーも好きだった。
家が貧乏だから豪華な暮らしに憧れたりもした。
いまの自分の境遇は、
声さえ前のままであれば、楽しめたかもしれなかった。
「あいつは、低い声がいいって」
さわの中でのベガの認識は、後宮の話あたりで「ニヤニヤわらう女好き」となっている。したがってあいつ呼ばわりで十分と認定。
「ふふっ、ちょっと安心したかも……」
そうつぶやきながらさわは眠りに落ちて行った。