第4話
昨日はつい怒鳴ったけど、まだ声を出すのは怖かった。
でもそれ以上に、ヘラっとした赤髪の男に笑いながら追い詰められるのも、このガラスみたいな目をした金髪の男に見つめられるのも居心地が悪くて仕方ない。
「さわ……柿崎さわです」
だから小さな声で名前を言った。自分の声は聞こえないふりをして。
もう、夕焼けは終わり、夜が近づいた。
ベガがさわを気絶させた後、二人は彼女を執務室へつれていくことにした。
巫女姫の祈り、それは女神が関係することを示している。
聞かねばならないことは多いが、扱いは丁寧にしなければならず、まさか牢屋に入れるわけにもいかない。リードはそう考えながら、すでに自分の主が彼女を気絶させているのだったと気づき頭を抱えた。
途中、さわを追い掛け回していた衛兵たちに、気絶したさわを見せながら捕獲したと伝え、リードが自ら尋問するというと、衛兵たちは静まりかえった。
「では持ち場へ戻れ」
リードの一言に蜘蛛の子を散らすように走り去る。
「魔法士長どのが……」
「あのむすめ、死んだな」
衛兵たちは走りながらそうつぶやいていた。。
リードは魔法士長と同時に、この国の宰相を務めている。
とはいっても、魔法士長としての仕事が忙しく、普段宰相として与えられる執務室はあまり使われておらず、さわを寝かせるにはぴったりであった。
女神に関係すると知れれば狙われる。
ベガがそう告げたため、リードはこの少女をどのような立場で迎えるべきかを考えていた。まだ目を覚まさないさわを見て「今後のための手を打ってきます」とベガに言う。
「おう、行って来い。あ、部屋と侍女は用意しろよ。あと待遇は……そうだなー后候補ってことで」
ベガが王として振舞うときに失策はないと知っているリードは「かしこまりました。数時間ほどで戻ります」と告げて、リードは自分の執務室のソファーで静かに眠る彼女をちらりと見て、部屋を出た。
少女を迎える全ての準備を整え、リードは自分の執務室に戻ると、構図は数時間前と変わらずだった。
「ベガ様、『巫女姫の祈り』の具現体とは?」
まだ目を覚まさないさわを見やり、窓からじっと外を見つめていたベガに声をかける。
「女神に愛された巫女姫が、最後に残した祈り」
「だから、それはなんなのですか?」
「さぁ? なんでも女神がだーいすきな彼女の願いをかなえるために呼んだらしい。『救い』だとさ。今はそれしかわからん」
「それは、祝福の目があなたに告げたのですか?」
「そう。でもこれ以上はこの娘に聞かないとな。カルプとて万能ではない」
この赤い髪をした男の名は、ベガ・カート・ディ・サラネスト。
魔法を主な戦いの手段にするサラネスト国の、第十七代王である。そしてこの国の王には、受け継がれるものが在る。
「カルプ」と呼ばれる精霊だ。対外的には「祝福の目」と呼ばれ、ひとつの能力だと思われているが違う。カルプは智の精霊である。
彼らは王家に連なる血の中で、次代の王に最も相応しいものを選ぶ役目を負う。
王となるものは、ある日突然左目の視力を失う。それはカルプが、王の左目に住まうから。
ベガは十で左目の視力を失った。そしてその日に王の座に着いた。
カルプを従えるサラネスト国は繁栄の一途を辿っている。祝福の目の力によって、魔法に優れ、戦に優れたサラネスト国の代々の王は、なによりも外交に優れていた。
しかしそれゆえに起きた悲劇もないとは言わないが。
と、語るとベガが大層素晴らしい王に思えるが、普段王と接するものたちの感想をまとめれば、いつもにやにや笑っていたずらを仕掛ける面倒な王様だ。
「とはいえ、リードもなんか感じたんじゃないの? 普段のお前なら捕まえて、即動けなくして、自白魔法をかけて、『キャーあんたそれでも人間かー!!』みたいなやり方ばっかりなのに。なまぬるーくてお優しい尋問だったじゃん?」
からかう口調のベガに、リードは「また始まった……」とため息をつく。
それでもベガのにやにや笑いはいっこうに収まらない。
先ほどまでの真面目な話は終わりらしいとリードは感じ、御子姫の祈りとはなんであるのかを問い詰めることを諦めた。
「ちがいますよ。ただ、毛色が違うなと感じたので、殺すのはまずいと思ったのです」
そういうリードの声を無視し、ベガはなおも続けた。
「わかった! お前こういうむすめが好きなんだろう? 確かに肌は白いし黒い髪は珍しいし美しいな。いやーお前にも春が来たか。そうかそうか。コレ、お前にやろうか?」
こつこつと靴を鳴らしながらさわの前に立ち、頬をつんつんとつつくベガに、リードはあきれた顔をした。
「ベガ様、おやめください。仮にも寝ている女性にすることではありませんよ。というか、あなたのものではありません」
そんな中、騒々しさで目を覚ましたさわは、ゆっくりとまぶたを開いた。
「あ、起きた」
二人はさわの様子に気づくといっせいに顔を向けた。
軽い調子のベガとは対照的に、リードは腰をかがめ、さわに目線を合わせて話しかける。
「先ほどは失礼いたしました。私はサラネスト国の魔法士長をつとめる、リード・キャメリです。女神によばれた方とは知らず、無礼を働きました」
「気絶させて悪かったな。でもお前が俺から逃げるからだぞ?」
リードを押しのけるように、今度はベガがさわの顔の前に現れ、笑いながら言う。
「俺、女に逃げられたのはじめてかも」
「ベガ様、それは言いすぎです」
金髪男の丁寧な挨拶に、赤髪男のふざけたセリフ……
さわは一瞬で覚醒し、目の前にあった赤髪男のキレイな顔に強烈なビンタを放った。
「いきなりちゅーされたら逃げるに決まってるじゃん!」
あまりの衝撃に軽くしりもちをついたベガは、呆けた顔をしたあとで大笑いした。
「リード、こいつおもしろい! やっぱおまえにやるのやーめた」
「はぁ……」
リードのため息はベガには届かないようであった。
「名前は?」
楽しそうにベガは言う。
「女神につかわされたあなたの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
疲れた顔でリードは続けた。
そこではっとさわは気づく。
――えーっと、私はいま何をしたのでしょう?
というか、この美形二人はなに?
ってかここどこ?
ふざけてはいるけど、なにやら丁寧な二人の態度に、さわは背中に冷や汗を感じた。
――いや、まさかね、確かによくある話ではある、うん。
……本の中では。
品の良い調度品の数々に、あきらかに現代風でない西洋風の顔立ちと格好をした目の前の二人。金髪の方は少し前に流行った魔法を使う少年と同じようなローブを着ている。
聞こえてくるのは日本語だけど、口とあってない。まるで吹き替えの映画のよう。
「名前は?」
「お名前は?」
じりじりと寄って来る二人に、私は混乱しながらもやっとのことでこう答えた。
「さわ……柿崎さわです」
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