第3話
ドスンッ!!
さわは自分の体に走った衝撃で覚醒した。
腰と足に痛みを感じて、顔を顰めると遠くから声が聞こえた。
「あっちから音がしたぞ!」
反射的にさわは立ち上がった。
ぐるりと見回すと、そこは庭園のようだった。
さわがいる場所は庭園の中でも、少し開けた場所だ。水の音に振り返れば、そこには大きな噴水がある。噴水の周りはどうやら大きく丸く空間が取られているらしく、さわはそこにいた。
この空間からいくつかの小路が出ており、日本のコンクリ作りとは違うが、キチンと整えられているのが分かった。
さわは道を一つ選び走った。バラのような花が脇に咲き誇る優雅な小路。普段ならゆっくり歩いて歌詞の参考にでもしたいところだが、足音が近づいている気がしたため、今日のさわは全速力だ。
しかしその小路はくねくねと曲がり、一向に開けた場所には着かない。立ち止まって息を整えるとさっきよりも足音の数が増えているのがわかった。
――やばい!
再び走り出そうとしたさわだったが、ふいに腕を捕まれた。見れば、小路の脇の垣根から腕が生えている。ぐっと引っ張られた反動で垣根の反対側の道に出たさわは、しりもちをついた。そして腕をつかんだ人を見上げ息を呑む。
――まるでガラスみたいな瞳 感情がないみたい
じっと見つめるさわに、男は顔を歪めてこういった。
「おまえ、何が目的でここに侵入した。回答によってはこの場で殺す」
殺す。その言葉を使ったことがないとは言わない。でもこの言葉を、こんなにも現実味を伴って向けられたことはない。
さわは奥歯ががたがたとなるのを感じた。
しかし男は掴む腕を離そうともせず、さわのもう片方の腕もとり、両腕をねじり上げた。
「ラクテイ国の刺客か」
さわは精一杯首を横に振る。
「ではおまえはなんだ」
――なんだろう。私は何でここにいるんだろう。
問われて、初めて気づいた。
さわは自分がなぜここに居るのかわからないのだ。
でも分かることが一つだけあった。
おそらく今口を開けば、自分の耳にはあの醜い声が聞こえてくるだろう。
さわは恐ろしくて、何も言えなかった。
自分でも、この目の前の男が恐ろしいのか、自分の声を聞くのが恐ろしいのか分からなかった。
ガラスの目をした男に殺されかけて、自分が声をなくしたことを思い出してさわは泣きそうだった。
そんなさわを男はじっと見つめていた。
「リード、そいつ女だろ? もっとやさしくしてやりな」
さわの耳元に「ふーっ」と息を吹きかけながら、男はこう続けた。
「もしかして俺のとこに夜這いにきたのかもしれないぞ?」
「「……」」
さわと、リードと呼ばれた男は同時に硬直した。
そして一瞬の間の後、さきほどまでの殺気を消して、さわをかばう様に自分の後ろへ引っ張った。
「ベガ様、そうは言いますが、女とて刺客である可能性もあるのです。容易に近づかないでください」
その仕草は、ベガに危ないと言いながら、さわをベガと呼ばれた男から引き離すためのようであった。
「リード、お前そういいながら、俺からその子隠してるでしょ? ひどくね? 俺がその子にとって危険ってこと? 王様なのに?」
ベガが拗ねた振りをしてリードに文句を言う。
「……ベガ様が王であること、私とて十分承知しておりますよ。あなたに、敵味方を見分ける『祝福の目』が健在であることからも疑いようもございません。あなたがそう仰るということはこのむすめは危険ではないのでしょう?」
リードはじりじりとさわと連れて下がりながら続けてこう言った。
「ならば女性を困らせることを生きがいとする、大変面倒で迷惑な性癖をお持ちのあなた様から遠ざけるのは当たり前のことでは?」
それを聞いてベガは笑みを深くした。
「ふっ、まぁ普段ならそれで正解かもな。でも今回はちょっと冗談ではすまないぞ? その娘、『巫女姫の祈り』の具現体だからな」
そういってすばやい動作でベガはさわの手をとった。
「サラネストへようこそ、姫君」
流れるような仕草で、さわの手のひらには口付けが落とされた。そして続いて鳩尾に一発。
途中から会話についていけなくなったさわの意識は三度遠ざかることとなった。
「ちょっと! なんで気絶させるんですか!」
「え? だって今こいつ逃げようとしたもん」
「もんとか言わないでください! 良い年した大人が」
「えー」
自分が気絶させられた理由を知って、「手にちゅーされたら普通にげるわ!!」と言ってさわが激怒するまでには、一度夜を越えなければいけないようであった。
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