第20話
お久しぶりです。
またぽつぽつと書いていきますので、よろしくお願いいたします。
さわが扉を開けると、すでにほとんどの后候補が広間に座っていた。
いつもなら立食の宴が、今日は違っていた。部屋の奥には小さな舞台がある。その脇にいつもの楽団が並び、向かいあうようにしてイスが並んでいた。
一目でベガの席と分かる豪華なイス。そこから少し下がったところに、装飾の美しい華奢なイスがいくつも並んでいた。后候補たちはそのイスにおとなしく座っている。
さわがそのイスに近づくと、イスの肘掛に名前が彫られているのが分かった。指定席のようだ。
さわは自分を見て、クスクスと笑う女性たちの目線で、自分が末席だと知った。
「初日といい昨日といい、ベガ様に抱えられているのを何度かお見かけしましたけど、お気に入りにはなれなかったようですわね」
「今日いらっしゃる方は、あなたには到底叶わぬお方。その方を后に迎えるまでの暇つぶしでいらしたんでしょ」
「そうよね、そうでなければあんな卑しい身分のむすめなど、相手になさるはずがないわ」
后候補たちはそう言ってまた顔を歪めて笑った。
初日にベガがさわをつれて宴を去ったことが、彼女たちのプライドを傷つけたらしい。
どんなに嫌がらせをされてもさわは耐えてきた。
しかし、今日のいやみは効いた。
ベガがさわを特別扱いしていることはみなの反感を買ったが、さわ自身もどこかで少し、誇らしく思っていたのかもしれない。
ベガの関心は、おそらく今日からミラクさまと呼ばれる方に移るのだ。
もうさわをからかいに部屋にくることはないだろう。
花や酒を持って付き合えと夜に訪れることも、カードの相手をしろとくることもないのだろう。
私の歌を褒めてくれたその声で、他の女に愛を囁くのだろう。
ぐるぐると回る思考に、さわは倒れないのが精一杯だった。
それでもイスには女性らしく座る。背は伸ばして、自分の気持ちは表に出さない。
そうして嫌味をぶつけられながら時間が過ぎ、用意されたイスが全て埋まると、ちょうど舞台の横の扉が開いた。
ベガは優しい顔で、隣の女性をエスコートしていた。
おそらく150センチないだろう小さな体。
大きい目に、小さな鼻、全てがバランスよく配置された。完成された顔。
真っ白な肌、赤い唇は小さく笑んでいた。
薄茶の髪はゆるくカールしており、女性を子供っぽく見せない。
小さく、可愛らしく、美しい。
ミラクを舞台まで上がらせた後、ベガは自分のイスに座った。
それを見て、ミラクは小さくお辞儀をした。
楽団が合わせて音楽を弾きだす。
ミラクがすっと息を吸い込んだ。
見た目に反した声量は確かな技術を持って広間に広がった。
さわを自分の体がゆっくりと傾ぐのを感じた。
イスから倒れないように、強く自分の体を抱きしめる。
声。
あぁ。
それは。
私の声。
聞き馴染んだ美しく伸びやかに響く歌声が、さわの耳を通り抜ける。
楽しそうに、ミラクは歌う。
さわは自分の頬を涙が伝うのを我慢できなかった。
かつて失った声を、持っている人が目の前にいる。
その人は全てを持っているのに。
ベガに、愛されているのに。
私から、声まで持っていかないで。
歌い終わったミラクが一礼すると、ベガは拍手を送る。
「相変わらず、見事な声だな」
そう言って立ち上がると、ミラクは舞台から降りてベガに抱きついた。
「お久しぶりね、にいさま!」
その声も、まるで、昔のさわだった。
さわが前の世界で持っていた、声。
さわは自分が足元から消えていくような気がして。
すっとイスから立ち上がると、ふらふらと、後ろの扉から静かに退室する。
もう何も見たくなかった。
もう何も聞きたくなかった。
ただ分かったのは、
ベガに愛されるのは、あの声を持つ彼女だということ。
女神は私から声を奪って、
彼女は私からベガを奪っていったのだということだった。
「もう、帰りたい」
さわは廊下の先の庭園で静かに座り込んでしまった。
今は宴が続いているから、ここには誰もいない。
さわは一人、静かに泣いていた。
それを見ている人が、いるとも知らずに。