第17話
「おい、泣き止んだか?」
腕の中で泣いていたさわがおとなしくなったのを見て、ベガはゆっくりと声をかける。
「……」
返事がないかわりに、腕に少しずつさわの体重がかかっていく。それはやがて、体を完全にベガに預ける形となった。
「泣きつかれたか」
そう言ってゆっくりとさわの体を横抱きにする。
そういえば前にしたときには嫌がられたな、などと不謹慎なことを思いながら、さわを見る。
ゆっくりとさわを見つめるとき、さわはいつも目を閉じている。
一度目はリードの執務室だった。
カルプが女神に関わるものだと告げたから、見極めていたのだ。
自分にとって「正」か「負」どちらに傾く者なのかを。
あの女神が遣わしたものだから。
王として見極めなければならない。
しかし、さわはなにも知らないようだった。
頭はよいのだろう、いつも打てば響くように返事をするのは心地よかった。
さわに与えられた部屋へ向かうには中庭を通らなければならない。
そこにはまばらながら后候補や侍女がいる。
ベガはそこをただ歩いた。
柔らかな笑みを浮かべて。
「まぁ、ベガ様」
さわの部屋をノックするとネオが顔を出す。
「音の間で眠ってしまったのでな、連れてきた」
「そうですか、呼んでいただければすぐにでも迎えに行きましたのに」
「そう遠くもないからな。構わん」
王自らがさわを運んだことに、ネオは少し違和感を感じていた。
「さわ様が、気に入られたのですか?」
手ずからさわをベッドに寝かせる姿に、ネオはそうたずねた。それに対してベガはくっと顔を歪めて笑う。
「気に入るか……むしろ逆だな」
ベガはそう言ってさわの頬を指で撫でて部屋を出て行った。
残されたのは、寝かされた拍子に目覚めたさわと、王の意味の分からない発言に戸惑うネオだった。
起き上がったさわに、ネオは目覚めたことを知って声をかける。
「今、王がこちらに連れてきてくださったのですよ。明日、御礼を……」
「分かった」
ネオをの言葉をさえぎって、さわは寝返りを打って背中を向けた。
「今日は疲れたから、もう寝るね」
布団にもぐりこんださわに、ネオは「お休みなさいませ」と声をかけ、魔法の光を消す。
部屋は暗闇に包まれた。
気に入るの逆は、気に入らない、だ。
さわはベガの言葉が聞こえていた。
さっきまで抱きしめて優しい言葉をかけてくれた人が、私を拒絶する。
――ベガは王様だから、きっと女神の遣いである私が泣くのはよくないと思ったのだろう。
――そして「私なんか」が女神の遣いで、気に入らないと思ったのだろう。
さわは沸き起こりそうな感情にふたを閉めた。
「恋愛はしたほうがいい。悲しみも寂しさも優しさもいとしさも、恋をすれば、今知っているものよりもずっと深く深く感じられるようになるだろう」
かつて奈良橋はこういった。
「せっかくのチャンスを棒に振るのかい?」
そして今のさわをみたら、奈良橋ならばこう言うだろう。
だからふたを閉じた。
――私は弱いのです。傷付きたくないのです。
そうして目を閉じた。
――女神、あなたが本当に私を呼んだなら教えてよ。私から声を奪って、私から「私」を奪って何をしたいのですか? 何をさせたいのですか?
さわはこちらへ来て初めて、心で女神に話しかけた。
夢の世界に落ちていく感覚と同時に、何かに引っ張られるような感覚がした。
そしてなぜだか漠然と、連れられた先に、女神がいるような気がした。