表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

第12話

 大広間から出て扉が閉まり、廊下をコツコツとベガは進む。

 今通った扉は先ほどまでとは違う扉で、この廊下もさわが部屋に戻ったときよりも豪華だ。この先は王の部屋へと続いており、大広間の喧騒は既に届かないところまで来ていた。

 

 廊下の途中、ベガが先ほどまでの一連の出来事を思い出して笑っていると、急に下からアッパーを決められ、さわを抱いたまましゃがみこんだ。

 しかし今しがたグーで人のあごを殴ったとは思えないほど、顔を真っ赤にしているさわを見て、ベガは満足そうな笑みを浮かべる。

 

「なんだよさわ、照れんなよ」


 さわを先ほどまでよりもぎゅっと強く抱く。


「き、きゃあああああ」

 さわが悲鳴を上げて腕の中でもがくのを見て、ベガはますます嬉しそうに笑った。


「俺にビンタはるかと思えば、ドレス着てこけるし。こうゆう社交の場慣れてないのかと思えば、着替えてみたら雰囲気から様変わりか。あげく俺のエスコート強請るしな。おもしろすぎだろ。しかもその格好、誘ってんの?」

 深いスリットが入ったドレスは、ベガに抱きかかえられて太ももまで見えている。

「ちっちがう〜〜」

 ばっと手を伸ばしてスリットを隠そうとするが、抱きかかえられたままではそうもいかないようだった。



 本当に、おもしろいやつ。


 ベガは腕の中にいるさわを見て思う。


 ほんのいたずらのつもりだった。

 どちらにせよ、後宮に入るならば候補たちにお披露目しなければならない。ならば、とカノンに盛大にせよと告げたのは、驚いた顔が見られればいいなと思ってやった出来心だった。

 事実、この嫌がらせの発信源がベガだと気づいたとき、さわの顔は驚きつつも嫌そうな顔をした。ベガはそれを見て、大層満足していたのだ。


 しかし、それで終わりではなかった。

 部屋を退出するときに見せた声も、その後現れた彼女も、この2日間、ベガが見てきたさわではなかった。



 リードあたりがこれを知ったら、「巫女姫になにするんですか!!」と怒鳴るだろうなと考え、「さわらないでよーおろしてー」と叫ぶさわを見る。

 腕の中の女性は、先ほどまでのオーラは消えている。それでも、記憶にはさっきまでのさわがいる。



 初め庭園で見たときには、美しいが細く、まだ子供だと思った。

 女神に関係していると知って、余計にいじめたくなった。

 

 

 それがどうだ。結局驚いた顔をしたのは俺だったってわけだ。



 良い意味で期待を裏切られ、ベガは「これからこいつで退屈しないな」などと不謹慎なことを考えながら、嫌がるさわの太ももに触れようと手を伸ばした。


 しかし嫌な予感を左目に感じて、さわを抱えて近くの柱に隠れる。

 その一瞬後、二人が先ほどまで立っていた位置には氷の矢が突き刺さっていた。

 あたっていれば、ベガはともかくさわは怪我をしていただろう威力の魔法。

「な、なに??」

 そんなことがさわに分かるはずもなく、急に真剣な目になったベガに焦る。

「大丈夫だから、少し目つぶって耳塞いでな」

 さわを柱の影でおろして、ベガは言う。


「ガーネット嬢、今のは俺も狙ってるようにみえたが? 俺はいたずらは好きだが、されるのは好きではない」

 

 ガーネットが手に杖を持ち、顔を真っ赤にして立っていた。


「その卑しい娘をお渡しください。その女、わた、私をコケにしましたわ!!」

 おそらくさっきの一件で、プライドが傷つけられたのだろう。小国とはいえ王族の一の姫だ。傅かれて育ち、自分の上に誰かに立たれたことなどないに違いなかった。

 事実彼女は賢かった。先ほどさわにしたように、新しく入る候補にいたずらをすることはあれど、あのときの言葉通り、候補として相応しくないと思う信念からくるものであった。

 ベガの前で媚びることもせず、対等に話して見せ、立てるべきときには男を立てる、他の候補には見られない態度に、少し目をかけていたのも事実だ。


 今のガーネットにその片鱗は感じられなかった。


 おそらく本能的に感じたのだろう。

 女としての負けを。


 彼女は青いドレスのさわをみて、逆上して氷の矢を向けた。

 

――まるで神話をなぞらえているかのようだな。


 自らもその舞台に立っていることに自嘲して、ベガは笑った。

 

「ガーネット嬢、質問に答えてはいただこうか?」

 ガーネットは柱の裏にいるさわの方へ「卑しい娘」「殺してやる」と杖を掲げて叫んでいた。その様子に、ベガは底冷えするような冷たい視線をガーネットに向けた。

「ひっ……」

 ベガの左目が血の色に染まっていた。ガーネットは後ずさりして座り込む。


「属国の中でも一番の大国からの預かり物と、甘やかしすぎたか?」

 そう言って腰から剣を抜きガーネットに近づいてゆく。


「ベガ殿」

 ベガがガーネットの首に剣を突きつけたところで、大広間にいた小さな少女、カノンが大きな鎌のようなものを持ってベガの前に降り立った。

「後宮での揉め事は我の取り仕切るところゆえ、ひいてはもらえぬか?」

 そういって右手をふっと掲げると、ガーネットの姿は廊下から消え去った。

「カノンがそういうなら仕方ないか。きちんと始末をつけろよ」

「御意」

 そしてまた音もなくカノンは消えた。

 ベガ鞘に剣を戻し、柱の影へと戻る。さわはぺたんと座り込んでいた。


「どうした、さわ」


 大広間の、あの高いところで呼ばれた、優しい声と同じだった。

 

――この人は、なんでこんな声を出すの?



「ガーネットってひと、どこ行ったの?」

 柱の影から、ガーネットが消えるのを見ていたのだろう。

「牢屋だ」

「なんで?」

「さわを殺そうとした」

「でも、怪我とかしてないし。私がさっき、あんな風に挑発したから……」

「あっちが先にドレス踏んだんだろう?」

「そりゃちょっとむかってきたけど、でも、そんな牢屋とか入れたかったわけじゃない」

「さわは女神の御子の祈りだから。知らなかったとはいえ、何もなかったことには出来ない」

「でも、やだ」

「なにが?」


「私のせいで、誰かが傷つくとか、やだ」

 

 美しい服を纏い、美しい仕草で、大広間を歩いた女性はそこにはいなかった。

 そこにいるのは静かに、音もなく泣く、年相応のさわ。


「わがままかもしれないけど、もし本当に私が女神ってひとに呼ばれて、偉いっていうなら、ガーネットって人のこと許してあげて」


 涙を拭いて、先ほどとは違った意味で濡れた黒い瞳をベガに向ける。


「お前は、強いな」


 そう言ったベガの顔が、昨日さわをからかった口調とも、さっきまでいたずらを仕掛けて笑った声とも違って、心が騒いだ。それは「さわ」と名前を呼ぶ時の甘さに似ていた。



「いいよ。俺はお前が気に入ったから。お前がそういうなら、そうしてやる」

「あ、ありがとう」

 ぱぁっと顔を上げたさわに、それでもベガのいたずら心はくすぐられる。

「ただし、御礼はもらう」


 そう言ってベガがさわに羽のように軽いキスをした。

 驚いて手を振り上げたさわの気配に気づき、一瞬で距離をとって、笑いながら左の扉を指差した。


「この扉抜けたらネオがいるから、部屋につれてってもらえ」


 それだけ言ってひらひらと手を振ってベガはその場を後にした。

 顔を真っ赤にしたさわは「うぅ〜」と唸って悔しがり、



 もう絶対に隙は見せない!!



 と誓ったとか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ