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三人の勇者達



 荒野に幾つもの煙が立ち上る。

 帝国より遥か西の土地で魔族と魔族が手を取り、人類にとって脅威となる一つの連合国が出来た。統率者は自らを覇王と名乗り、魔族から覇族へと呼び名を変えた。そして人類の領土を次々と侵略していった。


 帝国の国王並び栄皇教会教皇、冒険者組合の長は連合国の統率者である覇王討伐を決定し、帝国は軍隊を、冒険者組合はレベル50以上の冒険者、栄皇教会は聖人認定を受けた三名の勇者を戦場へ投入した。


 「おーやってるやってる~。帝国の騎士団って数だけ揃ってる烏合の衆だと思っていたけれど、案外根性あんじゃん」


 雪の様な純白の髪に氷のような澄んだ瞳を持つ少女は、錫杖にまたがってニマニマと戦場を見下ろしている。


 名をリューレ・カム・ヘフティグ。国立魔術学院を最年少である十歳という若さで首席で卒業。自他共に認める全魔術師きっての天才の中の天才。

 そして十七歳となった現在は、無垢杖ジャンヌ・ブランシュが携える聖人。栄皇教会が戦場に投入した勇者ブレイバーが一人である。


 「その傲慢さ、己が寿命を縮めることにならぬよう祈るんだな」


 同じく高台から見下ろしているのは一振りの刀を携えた赤髪の青年、カルム=トワイライト。

 護刀・透刃斬牙に選ばれし彼は剣聖と讃えられ、刀剣の申し子として栄皇教会に聖人として認定されている。彼も勇者である。


 「はッ、あーんたこそ、いつものブチギレモードでお陀仏しないように、嗚呼カミサマぼくちゃんの理性をお鎮めください~。ってお祈りしときなよ~」

 ニシシと悪戯っぽく笑うリューレ。


 「斬るぞ、雪女」


 「いいわよ、準備運動したいと思っていたところよ」


 二人の間に激しく火花が散る。

 毎度のことながらこの二人は顔を合わせるたび口喧嘩が絶えない。もし仮に口喧嘩が発展して殴り合いの喧嘩を始めたのなら、山一つは軽く消し飛ぶ被害が出てしまうだろう。だからそろそろ仲裁に入る頃合いだろう。


 「おいお前らいい加減喧嘩はやめろ。勇者の肩書が泣くぞ」

 聖槍グリフィリーベを手にするこげ茶色の髪と瞳を持った青年、クラロス・エフ・パシオンは槍の手入れ用の布を袋にしまい、リューレとカルムの仲裁に入る。


 クラロスの出自は天才だとか運命の子だとか全くもって縁が無い普通の少年だった。六歳の頃に村と家族を失い、たまたま聖槍を拾ったというちょっぴりの悲劇と僅かな運命に導かれただけの凡人。


 剣術も魔術も人並みの才能。


 それでもクラロスは当時勇者だった養父の背中を追うべく、努力を惜しまなかった。何度も死にかけたし、二度と魔力を起こすことができない体になりかけたこともあったが、結果として5年前である15歳で聖人認定を受け、勇者になれた。


 「は~いはい。そういえばさ! 帝都に新しいアイスクリームのお店ができたんだけど、ちゃっちゃと終わらせて食べに行きましょうよ!」

 杖で宙にふわふわと浮いたままリューレは目を輝かせる。その姿は美しい髪色も相まって冬に降る雪のようだった。


 「もう勝った気でいるのは早すぎるんじゃないか? 一応、今から俺たちが戦うのは人類の存亡をかけたものだったと思うが?」


 「存亡をかけたなんて大層な文言は新聞記者が勝手に広めて、勝手に国民がそう思い込むだけなのよ。実際に戦ったのはあたし達なんだし、あたし達が負けたところで実際に人類が滅ぶかなんて誰もわかりゃしないんだから。でもまぁ? 大げさすぎる新聞記事は大好きよ? 美化しすぎてお腹抱えちゃうくらい笑えるし」


 なるほど、リューレの言うことは一理ある。

 実際過去にも今回ほどではないが大きな戦いが何度かあった。どれも決して楽な戦いではなかったが、結果的には人類側が勝利を収めた。


 その都度、帝都で発行される新聞には『勇者またも滅亡の危機から救う人類の星となる』やら『氷の乙女、人類の旗印となり栄光の輝きを捧げる』など、分かるような分からないような誇張表現で読者の感情を煽る。


 実際は人類が滅亡するほどの脅威だったわけでもないし、後者に至ってはリューレ曰く、騎士団がいると魔術の邪魔だからと全軍を撤退させて、氷魔術で敵を一掃しただけとのことだ。


 そうやって捻じ曲げられた情報で絵にかいたような輝かしい勇者像を、戦場を知らない国民は創りあげる。


 それは決して悪いことではないし、勇者を名乗る自分たちも悪い気分ではない。だが、心の奥底では本当の自分というものを知ってほしい、という感情もあるわけで。


 「俺は知ってるぜリューレ。お前、新聞に目を通して笑う前にほんの一瞬だけ寂しそうな顔してるだろ?」


 「―――な゛っ!?」

 雑巾を絞ったみたいな声を出すリューレ。白い肌はみるみるうちに赤く染まっていった。


 「そ、そそ、そんなわけないでしょう! はっ! べ、別にぃ? 誇張されすぎてもはや誰よこいつなんて思ってないんだから」


 見事なまでの図星だったらしい。

 それも仕方がない。17歳なんて大人になりかけの子供という精神的にも未熟な年ごろなのだ。それも天才と称されて孤独の道を歩んだ子供時代を送ったのだから、寂しいという感情には人一倍敏感だ。


 「安心しろ、少なくとも俺はお前をしっかり見といてやるから。本当のじゃじゃ馬娘リューレ・カム・ヘフティグをな」

 うんうん、大人として未熟な少年少女らをしかと見届けるのは当然の役目だ。


 「誰がじゃじゃ馬ですって! ていうか、またあたしを子ども扱いしてるでしょ! クラロスの…、バカーーーーーーっ!!」


 リューレの叫びは戦場の荒野を超えるほど響いた。おかげでクラロス達が立つ高台は雪男も凍え死んでしまうような氷漬けとなってしまった。 


 「クラロス、つくづくお前はバカだと思っていたが、今回ほど大バカ野郎だと思った日はないぞ」


 「そりゃあ随分な評価で」


 いったい何が不満だったのかてんで分からない。確かに嬉しそうな表情をしていたはずなのだが、それがなぜバカ呼ばわりされなきゃいけないのか。


 クラロスは頭と肩に積もった雪を払いのける。リューレの扱う魔術は強大で強力だ。リューレがその気になれば見える範囲の海を凍らせることも出来るだろう。問題は感情が高ぶるとたまに周囲を問答無用で凍らせてしまうことだ。


 つまり、さっきのやりとりでリューレの感情は大きく揺れ動いていたということになる。


 そこでクラロスはハッと気づく。


 「さてはリューレ、柄にもなく照れたな!」


 おいカルム、なぜそこで大きくため息を吐く。間違ってないだろ?


 「はぁ…まぁいいわ。本気で言ってるのか、わざとなのかわかんないところがムカつくわ」


 「どういうことだよ」


 「恋愛系創作物とか読んだことある? その手のヘタレ主人公にありがちな鈍感野郎って言いたいの」


 そりゃあまぁ知見を広めるために何冊か読んだことはあるが、ヘタレというのは言い過ぎではなかろうか。


 誰かしらの女の子の好意を受け入れて、その先に待っているのは今まで築き上げてきた関係が全て崩れてしまうのではないかという忌避感。大事なことがあるからこそ受け入れられないというのは大切なことではなかろうか。


 クラロス自身、決して他人の心に鈍感というわけではない。敵意や嫌悪感などいち早く察することができるし、好意を持って接してくれる異性は意識しないわけでもない。


 同じ勇者で、仲間であるリューレも考えるとむずがゆくなるが、きっと自分に好意を抱いている。

だが、まだその感情を受け入れるわけにはいかない。


 非才の自分が天才の中の天才に手を伸ばすにはまだまだ遠すぎる。勇者となった今でも、その差は縮まるどころか広げられている。そんな気さえしてくる。


 「ヘタレにはヘタレなりの矜持があるんだろうよ」


 「なによ、それ」

 ふん、と鼻を鳴らしてリューレは高く宙へ浮く。


 「わざとだろ」

 カルムは静かな声でクラロスを咎めるように言った。


 「そう怖い目で見るなよ、最低なのは自覚してるさ。ただ、まだあいつを受け入るには早いんだよ。お前たち天才に追いつくまで必死に足掻いてる最中なんだ、きちんと追いついて、きちんと手の届く所、届かない所含めて全部を守れる強さを手に入れるまでは何度だってとぼけてみせるさ」


 幼き日の誓い。


 目の前で両親が死に、村が死ぬ。


 守る力を持たなかった少年は、奇跡か偶然か、聖槍グリフィリーベを手に入れ小さいながらも守る力を得た。


 二度と同じ過ちを繰り返したくない。


 そんな悔恨を抱いて必死に走ってきた。


 「俺からするとお前も充分すぎるほど才を持ってるぞ」

 カルムはそう言い残し、再び戦場を見下ろす。


 (そう思ってもらえるのは努力の成果かねぇ…)


 さて、勇者御一行がこうしてのんびり談笑しているのは力をもったいぶってというわけではない。


 覇王率いる覇族の軍隊は、今まで経験してきた戦争の中でもっとも強力な敵勢力で、戦場に勇者が一人以上投入されているのがその証拠である。


 本来勇者は規格外の力を持つゆえに大きな戦場に複数人投入されることは無く、圧倒的なカリスマと突出した戦闘力で戦場の星となり、士気を挙げるのが主な役割だ。


 それが今回の戦では三人もの勇者が投入されている。

 理由としては単純明快で、統率者である覇王がその名に恥じぬ強さを誇るという。


 帝国騎士団の調査班のレポートによると、『その拳は海を裂き、目で捕らえたものは生きる意志を失い、放たれる魔術は世界を創り変える』などという大袈裟極まったものであった。


 実際それだけ聞くと眉唾物だが、それを裏付けるのが覇王軍の幹部の存在である。


 幹部は二名存在し、その両名とも何度かリューレとカルムが直接切り結んだ相手だった。規格外の力を持つ勇者が倒しきれない魔族。それを従えるということは更に強い力を持っていると意味する。


 そういった経緯があり、覇王討滅戦では幹部との交戦経験がある勇者二名と、鉄壁の守りを誇る聖槍グリフィリーベを扱いし勇者クラロスが選ばれたのであった。


 作戦として勇者三名には力を温存しておいてもらわねばならない。


 帝国騎士団が覇王の連合国までの道を開き、城への道が確保できた後に合図を送り、統率者である覇王を叩く。シンプルな戦略ゆえに、戦況はめまぐるしい早さで変化する。勇者らを送り込む道を手早く開けなかったら最後、それは敗北を意味する。


 そして戦況はこちらが有利な状況となっている。統率力ある騎士団だからこそ、軍勢を率いての戦はこちらに軍配があがる。


 「狼煙が上がったぞ」


 カルムの一言で勇者一行に緊張の空気が張り詰める。


 「やっとあたしたちの出番ね、待ちくたびれたわ。とっととブチのめしてやりましょ!」


 「ああ、だが油断すんじゃねぇぞ」


 「わかってるわかってる、てなわけで一番乗りはあたしのものよ!」

 言って、リューレは風よりも速い速度で杖に乗って飛び去る。


 「俺達も遅れないように行くか」


 「ああ」


 そしてクラロスらも魔力を脚に起こし、走技『疾風活脚』という常人では出しえない速度の走法で高台を下り、荒野を駆け抜けるのだった。




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