あの場所に行きたい 答え合わせのようなもの
スーパーKで異常検出を出し続けるときとは、超新星爆発かなにからしいのですけど、どのぐらいつづくものなのでしょうかね?神岡の街は仕事で何度か行ったことがあります。
ここでこの章終わりにします。
本文始めます。
恵が言っていた、あの場所に行きたいっていうのはどの辺だろうか?
まさか由比ヶ浜の密会の宿じゃねえだろうな?そこからやり直せって?
ちがうだろ、、それじゃあないだろう。
そんな簡単な解じゃないはず。
なにかヒントがあるはずだ。弁天橋をわたり、32年前のコースをたどることにした。
弁財天仲見世通りで蛸せんべいを買い、ひたすら登る階段は手抜きしてエスカレーターで。。
歩いてのぼってもいいんですけどね。
途中、前同様に江島神社の"辺津宮","中津宮"を参拝。
この中には、、、ない。
あのとき、ここに来たことは間違いじゃあない。そもそも遅かったぐらいだ。
ないとすれば、、、その先。。
すべきだった、あるいはいらんことした。。
つまり、、江ノ島ではなく例の"密会のお宿"での行動だね。
まあ、、"行為"自体は問題ない。その先だ。
「恵ちゃん、、ちょっとそこで休憩しようか?」
うん、、ここ。。前に来たね。。
「ねえひろしくん、、おもうんだけど。。。ここから先に問題があったんじゃないかな?」
うん、そう思うし。もしかして、、あの場所に行きたいって言うのは、、その答え合わせのため?
「そおだよ、、お互いを30年以上苦しめることになった原因について。じゃあ答え合わせしようか?」
うん
結論から言うと、なぜあのままかけおちしなかったのか?
かけおちしていれば、後におこることがすべて発生しなかったはずだと。
まず、これが1個目 ”なぜやらなかったのか?”。
「うんたぶんそうだと思う、、なんであのとき、、行動にうつさなかったのかな、、、あんだけ古川さんの言うとおり、回りくどいことしたのにさあ」
そう、”していれば”自分たちはいまこの場にいない。昭和63年10月30日が分水嶺だったということ。
「わたしと同じ答えだし、、」
かけおちを選んでいた場合なんだけど。。すでにあの時点というよりも4月の時点で単位は確定していた。必要授業出席時間も一学期終了の段階でクリアー。卒業要件確認証を教務課で発行してもらえば卒業証書をもらわなくてもべつに問題はなかったのよね。大学受験もそれをエビデンスにして大学に提出すればいいわけだし。必要枚数発行してもらう必要あるけどね。
あとは、昭和63年10月22日以降なので、、民法第737条第2項に基づき、,
「そうなんだよね、、、なんであのとき久美子さんがとめたのかなあ、、」
まあ、、たぶんね・・久美子さん、恵さんが思いつきで暴走開始したと思ったんですよ。だれもそう思うわ。。残念ですがね。
「だよねぇ~あのときは気が動転していました。。。」
それと、、あの日のウチに帰らなかったのがまずかったのかもしれないんだよな。
たしかにあの前後は母親はいなかったんだけどもさ、、翌日、兄に国府津まできてもらい、車の中で着替えて学校いったけどさ。。たぶんだれかが日曜日帰ってこなかったとご注進したかもね。
あの場所での"行為"については、、、まあいいでしょう。自然の成り行き、、おたがいが求めたし。
いらんことだったのは、、かけおちせずにそのままあのお宿にお泊まりして朝帰りしたこと。
それが、、2個目”いらんこと”。
「あっ、、そおいうことか。。それでね、、わたしあのひろしくんがいないときに、ひろしくんのことお婿さんにくださいっ!って言いにいったとき、その話がでたのよね。。」
そおでしたか、、それだわ、、、
「恵さんやい、、勇み足でしたね。。3個目”いらんこと2”だわ。半年ぐらいしばらくおとなしくしていれば、結局の所かけおち婚になったと思うけどうまくいけたはずだよ、、で、養子縁組がどうして壊れたかはわからんけども、お義父さんいうにはその前に壊れたみたいだけどさ、、」
そういう話があったって、、、しらなかったし。。
「ひろしくん、、やりなおせる。。かな?」
急に恵がかなしそうななにかおびえるような表情になり、手を強く握ってきた。
「やり直せるはずだよ。だが、とんでもない"副作用"はおたがい覚悟しないといけないと思う。おたがいの空白の、、いや苦しんだ30年分をどう乗り越えるかだよ。おたがいの30年間をぶつけあい、お互いを傷つけ合うかもしれないよ?結婚してからこういうのもアレだけどさあ」」
ひろしくん、、、どこにもいきたくない、、またあなたにとって月より遠い場所に行きたくないよ。。
乗り越えようよ、、、お互いがうしなったじかんをとりもどそぉ。。
そのあと稚児ヶ渊ノ岩場に行き、今回は船で戻ることにした。
帰りは相模大野まで出てそこから小田原行きに乗り換えるコースをとった。
相模大野駅 小田原方面
相模大野駅で新宿行き急行から小田原行きの快速急行に乗り換える。
時間稼ぎだけなら、東海道で茅ヶ崎まででて相模線(ガミ線)で厚木まで出て各駅停車伊勢原行きに乗る手もあったけどね。
「ひろちゃんは、、あしたからお仕事だよね?」
なんか不安そうな顔をしているし。。
「うん、、メール関係は全部チェックしているけど、、"KGB議長"としての"しごと"があるし。政治的にちょっとやっかいかな?労組の委員長と"おはなし"しないといけないしね」
まったくバカなことをしてくれたよ。おとなしくしていればさあ、、佐倉元常務取締役殿よ。。
最悪刑事告訴かな?やれやれ、、
「こわいよ。。わたし、、明日の朝いなくなっちゃうかも。。」
まあな、、
「ぼくも正直こわいよ、、21歳のときの恵さんが突然現れてさあ。。しかもさ、仁美ちゃんもいてご両親までも。。高橋の話ではデータセンターに当時の映像が残っているっていうじゃんか。
もしかしたら、、この状態が続くかもしれない、、でもまったくわからない。僕自身が実はこの空間の人ではないのかも?とね、、この奇妙な1週間でちょっと思ったんだよね。平行世界ってやつ?」
まあ、、それはさておき、、、ごはんなにする?
本編終了です。
ここから先はどおするか?ですね。。
あとがきのようなもの
よんでくださってありがとうございました。
セミエンドです。
自分の体験と願望をまんま出した作品です。
本当に好きだった人、、年齢で3歳学年で4学年歳上の冴えない女子短大生の家庭教師を知り合いの叔父さんから紹介してもらったのが昭和60年の9月?10月?でした。名前はまんま恵さんなんですけどね、、、
なんだかんだ高校含め3年間でした。大学は工業高校から国立進学を考えていましたので、親説得し。。でもこの時点で恋愛感情とかなかったかと?
で、正直家の経済状態が国立すら?な状態というのがわかったのが高校3年になる春、、
そりゃ、、月に両親そろって2回もゴルフいっていればなあ、、
ながくなるので 次回以降。
50MHzFT8 16w VDPにて JD1小笠原諸島とりました!
14MHz 14.074MHzではとっているのですが、そのときはたしか50wいれたかと。。
16w VDPでDXやるのはちとつらいですね。
対EU装備だと、6EL八木、100wが最低ラインとかで。
では次回、ラスト編です。
kei




