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外伝・平松の乱 片山と裏組織

成り行き上、これを出します。

本文始めます


さてま、、中国入国ビザはすんなりとれたよ。

Lビザの1回のみ2週間ですか。

上海に行くのは1年ぶりぐらいか、今回は3日程度だからそんなにいないけどね?

今回直行ではなく一度成田なんだよな。な~んかイヤな予感がする。あ、考えすぎか。

行きは成田でトランジットなだけだし。問題は帰りだな。

 成田から上田まで行って、内田君とお話なんだけども。。成田から京成上野までの区間がヤバイ気がする。。

古川さんだよ、、一度隙見せたらお持ち帰りされたし。。一度じゃねえか。

嫌いじゃあないんだよな、、

しかしまあ、、なんで俺はこんなことやっているんですかねえ?裏稼業的な。


たしか、、実のところ製造管理部に配属されたとき、どういうわけか1年近く製造管理部別室に配属された。 これが入社3年目の春。

これは仁美に本厚木駅に呼び出される 1年近く前になる。なんだかよくわからない、、、管理部別室通称資料室。


まんまです、、毎日資料整理に明け暮れるようでそうでもない、、次長職の室長は「あ、片山君いいよいいよきみは大学の勉強をしていなさいな」といわれはいはいとレポートを書いていたのだ。

これによりかなりはかどったよ。あるとき室長が「この件について君なりの報告書をまとめてほしいのだけど? 一時間以内」と1冊のファイルを渡された。

 ファイルには単に”牧田エレックス調査案件”とある。

適当に読むと。。

エレックス、、いまでは放電加工機では業界大手なのだがかつてオイルショック後の昭和50年、牧田精機は新興企業のエレックスとジョイントして牧田エレックスとして放電加工機を製造販売を開始していた。現在では放電加工機から撤退しているが、80年代中期スイスのアジエから生産委託の話があったというが、ロストテクノロジーにつきお断りしたという。

牧田エレックスはいち早く数値制御方式の放電加工機を市場投入。

数値制御装置・沖電気、電源・エレックス、機械本体・牧田精機

最終的な調整は合弁会社の牧田エレックスにて行い牧田エレックスブランドにて市場にだしていた。

ここで、会長派の役員たちがある懸念を示す。。

”エレックス側はこちらに役員を送り込んでくるのではないか??”

ここで誹謗中傷怪文章が飛び交った。

 なんとまあ、、組合まで使ってねえ、、あれ?鳥山ってなんだっけ?まさかねえ、、あの係長のおっさん??

 たしかあのおっさん、、ここの労組専従経験で委員長、さらには加盟労組の委員長っていたと豪語していたなあ、、へえ、、あれ?このおっさん、、最初の専従の時にビラまきしていたのかぁ、、

はあ、、まさかとはおもうけどねぇ、、ここでそんなことできるかはしらないよぉ?


  結果的に昭和56年、沖電気が制御装置から撤退することを表向きの理由として牧田エレックスを解散することとなったと同時に、牧田精機は放電加工機から撤退。

エレックスは現在放電加工機においては国内シェア60%最近では電子ビーム加工機も手がける。


あーこれ、、報告書書くべきことかあ??

 創業者の牧田某のシンパが余計なことをした。

で、当時の島田社長に責任を取らそうとした。

牧田某は経営から一線は退き、いわゆる番頭の島田に社長職を譲ったが院政を引いたとまで読めた。

 島田某はいまの会長で、、いまの社長は牧田某の三男坊で三郎君といわれる人か、、、

親子で早稲田なんだよね。島田某は東京高等工業学校でしたね。

本来ならばもう一人いたというのだけども、戦後の混乱期の時に、島田某とケンカしてやめて商社のような工作機械メーカーをつくったんだよな。


で結局、、

「室長、、報告書にまとめるべきことではありませんでしたので、口答いたします」

にやり、、「言ってみて」

「創業者牧田某の院政にあぐらをかいた役員連中が当時30代の元気よいエンジニアなおかつ牧田精機の株をある程度保有済み、、により自分たちの居場所を奪われそうになり、牧田某になきついて牧田某もつ政治力を用いてこれを制圧しようしたと思われます。もうすこし、、穏やかにことを済ます方法もあったのでしょうけども、、どうでしょう?」

 表情を変えなかったけどなにか目が光った感じがした、、やべ、、

「片山君、、だいたい正解というか、、合格だな、、ようこそわがチームに!」

へ?なんのこと??

「片山くん、そのあと島田某はどんなことしたと思う?」

 黒縁めがねの歳はそう、、25,6歳?のセミロングボブヘアの愛田ゆきさんが質問してきた、、

普段からおっとりしていてやさしくて、、あれ、、恵さんにちょっとにている。。でも恵さんよりかなり胸大きいよっ!あ、、恵さん連絡ないけど。。仁美ちゃんに言っても適当にごまかされるし。

「はあ、、愛田さんですよね。。会長系のカウンターインテリジェンス機関の設立しかないですね。。まさかここがそう?」

むっ!

 「一緒にしないでほしいいなぁそれはちがうし、、私、宮下と申します。別室の課長です、、片山君、、君かわいいね、、おねえさんの好みだし、、」

ゑ!

 おい!やめれ!みやしたぁ?あっ!あんたぁ!いつもは超ダサ眼鏡でぬぼおおヘアスタイルじゃんかっ!いま超美人!

「やめんかアホ!」ぱか~ん!

議長!じょうだんよぉ~

君の履歴書その他は松本君から聞いたよ、、

もともとここは厚木製作所ができたことに厚木総務部長が暇つぶしに作った部署でね、いろいろ社内のことを調べていくうちにおもしろいことがわかってきたと。つまり暗部。

 そのときの室長が言うのはそうらしい、、


暗部ですか、、

ほかにも暗部組織がありそうだな。。

聞いた範囲では会長派が作った監査室 現社長ならびに相談役が作った調査室、、で、厚木総務部長が暇つぶしに作った部署というのが、、別室、、通称KGB ここ。

どちらもうちには手を出せないらしいけど、、、基本的にここで通称KGB議長になるのは総務あるいは管理部出身とか。ちなみに監査室と調査室はすごく仲が悪いそうで。

うちの立場? 火事場見物といいますか、放火魔?

怪しい情報がでるとウラを取り、必要とあらば火を付けさせるようにけしかけ、さらにガソリン撒くどころかナパーム弾投下するようなことをしばしば、、どっちかと言えば、調査室がらみと組合の怪しい連中か。

だれが工作員かわからんし。。怖い会社ですね。闇が深いわ。

それでいて、本厚木駅近くで乱闘騒ぎ起こしたどこぞの労組対立みたいなことがないのが不思議。なにかの暗黙の了解があるんですかね?

人のことは言えないけどね、、あたしは川に落としてあとでおはなしするぐらいですよ。

ええ、おはなしです。たのしい尋問のお時間じゃないし。


で、Keiは動くのね?

「そおいうことですアークビショップ。はじめてあってから12年ですね」

そおね、、あなた千石さんとはよりもどすの?

「みなさんからそう言われます、、。。。複雑ですね、、いまは彼女のことはそっとしておこうかと」

まあ・・それがいいかも

「ところで、、前から気にはなっていたのですが、アークビショップとうちの旧帝卒はお身内ですか?」

。。。。そんな人しらないし。。

「そういうことにしておきます。ではおはようございますお休みなさい」


弟あるいは従弟か、、にしてはちと似ていないが。

あの人大学どこだっけなぁ?


読んでくださってありがとうございます

今回のネタはこの辺を参考にしています。

 "放電加工にかけた夢" 古川利彦 日刊工業新聞社

牧野フライスと現ソディックがかつて40年以上前に合弁会社を設立し、放電加工機を製造販売していたのですが、、、政治的な問題で解消。。なのですけども、、この本に書いてあるのはほんの一部とかで。だいたい4ページ半しかないし。実際は財閥系商社のお話ではかなりいやらしい話だったそうですね。

この辺の話を知っている人はウラ工作機械マニアぐらいでは?

牧野ソディックというかソディックの前身ともいえるジャパックス 日本初の放電加工機は東武動物公園駅ちかくの日本工業大学博物館で見ることができます。

ジャパックスについては http://www.yjsnet.co.jp/text.html このへんを。

歴史上の人物である岡崎嘉平太がでてきますが、一時期池貝の社長を務めていたかと。


というわけで では kei


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