転生したら何故か地下牢に繋がれた魔王でした。
魔が差して書きました、後悔はしてません。
万物は流転する。
万象は全てが同じとは限らず、恒久なんてものは存在しない。
「祇園精舎の鐘の声」で有名な平家物語にだって出てくる。
諸行無常。
世とは常にそういうものなのだ。
……いや、うん。分かってるんだけど、齢17にしてこんな悟り開きたくなかったなぁ……。
そんなことをぼんやりと思いながら俺、桐生ユーマは車道の真ん中でぶっ倒れていた。
――いや、正確には「かつて自分だった体を見下ろしている」という方が正しいだろうか。
これが幽体離脱というやつか。ここまで客観的に自分を見るの初めてだわ。いや本当に第三者視点になってるんだけど。
俺はさっきまでこの車道で転がっている身体に入っていたはずだった。
いやそれにしても凄い血。
こんなに血が流れてたら俺死ぬんじゃね?
なんて自分の体を呑気に見下ろして、気づいた。
……え? いやそんなまさか……。
「もしかして俺…………死んでる?」
「やっと気づきました? その通り。アナタは死んだのです。享年17歳。轢かれそうになった猫を助けようとして自分が車に突っ込んでしまいました。実に運が悪かったですね」
不意に聞こえたそんな声。
釣られたように顔を上げてみれば、俺の死体(死んでるんだからもうそうとしか言い様がない)の横に、ちょこんと猫が座っていた。
深い青の毛並みに、金と銀のオッドアイを持つ猫。
その猫を目にした瞬間、俺は思い出した。
そうだ。確かに俺は車が走行している間を縫うようにして走っていたこの猫を見かけた。
危うげな足取りで車道を渡る猫に迫っていた一台のバン。
危ない、そう思った瞬間には体が動いていた。
カバンを放り出して車道に飛び出し、猫を自分の腹に抱えて――そして車に轢かれた。
ドン! と言う衝撃音と共に体は大きく投げ出され、そこで意識はブラックアウト。
気づけば自分の身体を見下ろしていた、言うわけだ。
現状整理終了。
車に轢かれそうになった猫を助けようとして自分が轢かれたという訳だ。まさに自業自得。
まあ目の前の猫は無事なようだし、よしとするか。
「そっかー、俺死んだのか。まぁ仕方ないな!」
「いや軽いねそのノリ! 死んだんだよ、悲しくないの!?」
ハッハッハと笑う俺にオッドアイ猫がツッコミを入れた。
おぉ、いいツッコミだな。猫のくせに。
「いや、死んだものは仕方なくないか? 事後だし。でも最後は人助け……いや違うか、猫助けで死ねたんだから悔いはないかな?」
「それはそうなんですけどね? 調子狂うなぁ……」
「昔から諦めは早い方なんだ」
前足でポリポリと器用に頭を掻く猫。めっちゃ器用だな。
というか、よくよく見れば毛並みといい目の色と言い人語を話すことといい、おかしなことだらけの猫である。
疑問に思った俺は素直に質問することにした。
「そう言えば、お前はなんで話せるんだ?」
「今更ですかその質問……。まぁそれはそうと、まずはアナタにお礼をせねばなりません。私はアグノリア。アナタが命をかけて助けて頂いた猫です。先程はどうもありがとうございました」
ペコリと前足を揃えお辞儀をする猫、アグノリア。
いかにも人間臭い仕草だが、不思議と様になっている。
丁寧な仕草に、釣られて俺も思わずお辞儀をしてしまう。
「あ、これはどうもご丁寧に」
「何故アナタまで頭を下げるんですか……。とにかく、私はアナタに命を助けられました。なのでアナタに恩返しがしたいのです」
「恩返し?」
首を傾げる俺に、アグノリアと名乗った猫は神妙な顔で頷いた。
「アナタは私を助けるために天寿を全うしました。それは本来起こるべきではなかった事象です。けれどアナタを蘇らせる力は今の私にはありません。ここは私の管轄外の世界なので。ですから、アナタを私の世界にご招待致します。異世界転生、と言えば分かりやすいですかね?」
「異世界転生? あの小説とかでよく見る? ってか、私の世界って……何者なんだ、お前」
ますます疑問だらけになり理解できなくなった俺に、アグノリアは器用に後足だけで二足立ちすると、エッヘン! と誇らしげに前足で胸を叩いた。
「これでも私、異世界の神なのですよ。正式な肩書きは主神アグノリア。立派な神様です!」
「猫型の神様ってこと? どこかの猫型ロボットみたいだな」
「ヒトをドラ〇もん扱いしないでください! 私はアレよりも優れています! これでも神なんですよ!?」
「いや全然神様らしくないし、猫だし……」
「これは世を忍ぶ仮の姿という奴です! 私の本体はもっと煌びやかでゴージャスで、こう……いかにも神様! な姿をしていますから! ――ってああ、どんどん話が逸れていく……いいから真面目に私の話を聞いてください!」
アグノリアは二足立ちをやめて四足形態に戻ると耳をしょぼんと下に降ろす。
可愛らしい猫の格好でそんなことをされると申し訳なくなってきて、俺は真面目に話を聞くことにした。
「ごめんなさい」
「とりあえず、アナタは死したことで今魂だけの状態です。これから転生を待つ身となります。私の不手際で死んでしまったアナタを蘇させることはできないので、代わりに私の世界に転生しませんか、という話なのです」
「なるほど。転生します」
「そうですか、唐突な話ですもんね急には決められない――って、決断早いな! 軽いですね!」
「いやぁ……だって異世界転生って楽しそうだし」
よくあるテンプレじゃないですか、異世界転生してチートで俺TUEEEEからの美少女とアレコレしてハーレムな勝ち組人生。
二次元な物語でしかないけれど正直羨ましかった。
俺も強くなって魔法と剣術で俺TUEEEEしまくって最強勇者とかになって王女とかケモ耳少女とうふんであはんなことしまくって人生謳歌したい。
異世界生活堪能したい!
「……うわぁ、見事なまでの煩悩まみれの欲望ですね……。欲望ダダ漏れ……しかも全部声に出してる……」
横で猫な神様がドン引きしていたが全然気にならなかった。
何故なら俺の頭の中はめくるめく薔薇色の異世界転生(妄想)が繰り広げられていたからである。
猫な神様、アグノリアははぁとため息を着くと、再び二足立ちで立ち上がる。
そして魂だけとなった俺の体にちょこんと前足をあてると、俺に目線を合わせてくる。
「ではアナタを今から私の世界へ転生させます。そのまま目を瞑ってください」
「はい!」
元気よく返事した俺は言われた通り目を閉じる。
すると、ふわりと暖かな風が俺の身体を包む感触がした。
「では桐生ユーマ。アナタを私の世界へご招待致します。異世界転生時はどのような姿で生まれ変わるかはランダムとなります。しかし私からのプレゼントで強力な存在に生まれ変わることは保証します。――それではアナタ様に、良い旅路があらんことを」
今や吹き荒れる嵐となった風とアグノリアのその声を最後に、俺の意識は再び闇へと沈んだ。
★
――ガタンッ!
「おあっ!?」
風に包まれたと思ったら、いきなり物が崩れ落ちるような音で俺は目を覚ました。
視界は真っ暗闇で今が昼なのか夜なのかも判断がつかない。
ここは何処なのだろう。
「ここが……異世界?」
『そうですよ?』
「うおぅ!?」
頭の中に直接響くような不思議な声が聞こえ、俺は思わず飛び上がった。
テレパシーのようなものだろうか、しかしこの声は聞き覚えがある。
「この声、アグノリア?」
『はい、私なのですよ』
頭の中に響いた声は肯定の意を示す。やはりあの猫神様らしい。
『アナタは無事に転生を果たしました。ようこそ、私の世界――樹状世界、《永劫回樹》へ』
「ふぉるな……くろむ?」
聞き慣れぬ単語に首を傾げるとご丁寧な神様はきちんと解答してくれた。
『私の世界の名前です。アナタに分かりやすく伝えるとするならば、アナタの住んでいた惑星、地球と同じ意味でしょうか』
「なるほど」
それならわかりやすい。
異世界転生初心者にアグノリアはさらに親切に説明してくれる。
『この世界は大樹……木のようなツリー状に世界が構築されています。一本一本の幹が世界の繋がり……道のようなもので葉っぱにあたる部分に国がある、と言えばわかりやすいでしょうか』
「んー?」
よく分からない。
『アナタの世界……太陽系に例えて説明しましょうか。アナタの住む世界は太陽の周りを惑星が回っているでしょう? その惑星が回る軌道がこの世界にとっての“道”であり、惑星が一個の“国”となります。そして太陽系全体がひとつの世界となっている、と言えば分かりますか?』
「ほむほむ」
つまり、惑星にあたるのがこの世界にとっての国であり、その国は道で繋がっていて、その国と道をひっくるめた太陽系がひとつの世界、となるわけ……か?
『まぁ実物を見ていけば自ずと分かるはずです。私の世界では国は種族ごとに別れていて、人族が統べる人界領、魔族が統べる魔界領、精霊が統べる星界領、神族が統べる神界領の四つの国があります。国ごとの道はありますが独自に発展を遂げ、暗黙の了解として種族間で不可侵を貫いているため関わりはなかったのです』
「関わりはなかった?」
どこが引っかかる物言いに指摘してみると、アグノリアはええ、と同意して言葉を続けた。
『二百年ほど前、人界領を統べる人族の王、“覇王イルディアン”が魔界領へと侵攻し、魔族の王“魔王ゼロセディオス”を殺してしまったのです』
「それはまた……。魔王が何かしたのか?」
勇者が魔王を討つというのは物語でもよくある話だ。
魔族の王と言うからにはさぞ残虐な人物だったのだろう。
『いいえ、魔王ゼロセディオスは争いを好まない温厚な王でした。性格も控えめで温和。民を思う善き王として魔族に慕われていました』
「え、魔王なのに?」
『アナタが想像するような悪いものではありませんよ。魔族の王という意味の魔王ですから』
「そうなのか? じゃあなんで魔王は殺されたんだ?」
『覇王イルディアンの独断ですね。魔界領を手に入れるためです』
「酷っ、覇王の方がよっぽど魔王じゃないか!」
何もしてないのに殺された魔王が不憫でならない。
思わず魔王に同情してしまう。
『人族では覇王イルディアンは勇者と崇められていますけどね。昔から人族と魔族は折り合いが悪いですから』
「それじゃあ今魔界領はどうなってるんだ?」
『人族に占領され、魔族は全員隷属させられ奴隷となりました』
「やっぱ覇王の方がよっぽど魔王じゃないか! 悪魔的所業だよ!?」
やだ怖い。人族って聞いたから人間とほぼ変わらないと思って勝手に親近感持ってたけど残虐すぎる。
俺ランダムに転生したはずだけど人族じゃないよね?
そう言えば転生したというのに新しい自分の姿を確認していなかった。
自分で自分を触って体つきなどを確認する。肌は白く滑らかな触り心地。性別は男のはずだが、体の線が全体的にほっそりしている気がする。筋肉があまりついていないのだろう。
あと暗くてよく分からないが、手を動かす度にジャラジャラと金属音がするのは何故だろう。
「俺は何に転生したんだ?」
『魔族ですね。高い魔力を持つ黒髪赤眼の種族です。この世界でのアナタの名前はゼロセディオスです』
「魔族か……って奴隷になってるいう種族じゃないか! ってえ、ゼロセディオス……?」
はた、とぷにぷにと頬をいじくっていた手を止めた。
ゼロセディオス……? どっかで聞いた名前のような……?
思考を止めた俺に懇切丁寧な神様は今回もしっかりと役目を果たしてくれた。
『そうです。あの魔王ゼロセディオスです。おめでとうございます。アナタは魔族の王に転生しました! 種族としては最強種族ですし、魔王ですから強いですよ。ちなみに現在アナタは魔界領の居城、魔宮ヴェスタロンの最奥地下牢にて鎖に繋がれております』
「いや最強種族が地下牢に繋がれてる時点でおかしいよね!? 念の為に確認するけど魔王ゼロセディオスって地下牢に住んでた訳じゃないよね!?」
『当然そんな訳がありません。魔王ゼロセディオスは覇王イルディアンに敗れたあと自らの城の地下牢で鎖に繋がれ死体のまま放置されたという記録がありました。恐らくアナタが魔王ゼロセディオスになったことで最後に彼が存在していた場所に降り立つことになったのでしょう』
「異世界転生の記念すべき出発地点が地下牢って嫌すぎるでしょ!? あ、鎖に繋がれてるから手首からジャラジャラ音がするのね! 拘束されてるのね!」
ゼロセディオスさんが死んだ格好のまま転生したから鎖も繋がったままなのだろう。
納得した俺は何とか鎖を外そうと手をブンブン振ってみる。
すると、カランと音がして鎖はあっさりと外れた。金属だから劣化でもしていたのだろうか。
「しかし地下牢かぁ……となるとここは魔界領だよなぁ? 奴隷スタートはさすがに嫌だなぁ……」
『でしたら、奪い返せばいいのではないですか?』
「へ?」
アグノリアの言葉にキョトンとする。奪い返す?
『ここは元々魔界領。そして今のアナタは魔王です。ならば奪い返せばいいまでのこと。覇王イルディアンは不意打ちすることで魔王ゼロセディオスを倒しましたが、本来魔王であるゼロセディオスは強力な力を持った王であったのですよ』
「言われてみれば。確かに、前の俺と変わらない体格してるけどなんかこう……無駄に力に溢れている気がする」
『魔力が体を覆っているからですね。今のアナタは魔族最強の王です。ゼロセディオスが帰還したとなれば、魔族もアナタに従うでしょう。行動するなら今です!』
アグノリアさん、あなたはこの世界の神ではなかったのか。
神というのは公平で平等なものではないのか。
なぜそんなに軽いノリで国奪い返そうぜ! みたいなノリになるのか。
『軽いノリで異世界転生を決めたアナタに言われたくないですね』
「俺今声に出してなかった筈だけど何でわかったのかな!?」
『神様ですから』
そうだった。
「まぁ……国を取り返すっていうのは確かに理にかなってるけど、俺今武器何も無いよ? 魔力は溢れてるけど使い方はイマイチ分かってないし」
『それでしたら異世界転生の記念に私がアナタに武器を授けましょう』
「まじで!」
さすが神様! 太っ腹!
『手を出してください……今から転送しますね』
おお、転送してくれるのか。何が来るのだろう……ワクワクする。
聖剣とか来るのかな。それとも何かいわれのある由緒正しき武器とか。
何せ神様がくれる武器だからな。きっと物凄いチートな武器だぞ。
ウキウキしながら手を差し出していると、うっすらとした光の膜が現れ始めた。
形を表し始めたそれに、俺は目を見開いた。
金の光を放ちながら形を成していくそれは何故か物凄く身近に感じる武器だった。
前世でも誰もが一度はお目にかかるものだ。
もしくは作ったことがあるかもしれない。或いはお茶の間でお笑い芸人が持っているのを見たことがあるかもしれない。
作り方も簡単だ。
まずはなんでもいいから紙を用意する。何枚か重ねた方が威力が倍増するだろう。
何センチか表裏交互に山折り谷折りし、全部折り曲げ終えたら片側の端っこをテープでグルグルと巻けば出来上がり。
ツッコミのお供に必須。頭を叩きながら突っ込めばあなたも立派なツッコミマスター。
「――ってただのハリセンじゃねえかあああ!!」
俺は顕現した神様からの贈り物――ハリセンを床に投げ捨てた。
『流石ですね、綺麗なツッコミです!』
「褒められても嬉しくない! 俺関西人じゃないし! っていうかなんなのこれ! 武器ですらない!」
『失礼な。これは“破理扇”という立派な神器なんですよ!』
「ただの当て字だろ!?」
『違いますよ! 理を破る力があります。神器で受けた攻撃や魔術を無効化できるんですよ?』
「うわぁ! 見た目はアレなのに割とチートな武器だった! 文句言ってごめんなさい! でももっとマシなデザインなかったの!?」
『閉じれば叩いて攻撃できて、扇を開けば防御もできるんですよ? 攻防一体のまさに理想的な武器じゃないですか!』
「すごく納得できるけど納得したくない!」
見た目が本当にただのハリセンなんだもん!
持ち手の部分に銀細工が施されていて高価そうな宝石なんかも埋め込まれてはいるが、形はあのお馴染みのハリセンなのである。
いくら性能が良くても見た目はただのハリセン。なんとも締まらない。
『さぁ、武器も手に入りましたし。いっちょ、魔王様の華麗なる凱旋と行きましょうか!』
「ねえあんた本当に神様? なんでそんな好戦的なの? 戦うの俺なんだけど?」
『解説とサポートなら任せてください。チュートリアルですから』
「これゲームじゃないよね? 本番だよね!?」
『大丈夫です。今のアナタは魔王。五感の感覚も鋭敏になってますし、身体能力も飛躍的に上がっています。ちょっとやそっとのことでは死にませんし、腕くらいもげても痛くも痒くもありません』
「いや腕はもげたら困るよ?」
『さぁ行きましょう。アナタの英雄譚は始まったばかりです!』
「いやこれから国を取り返すことになってるからね。英雄も何も無い」
『国を取り返して英雄になれば同じことです!』
グイグイ押してくる神様に釣られながら、俺は内心ワクワクする心を抑えられなかった。
地下牢からスタートも魔王としての転生も予想外だったが、それでも夢に見た異世界転生。
これから薔薇色の人生を目指して新しい第二の人生をスタートさせるのだ。
「その前に魔王の国を取り返しますかね。じゃあ、いっちょやりますか!」
『行きましょう!』
「よっしゃ、行くぞー!」
割と破天荒な神様の一言に大きく頷き返しながら、俺は異世界でのはじめの一歩を踏み出した。




