まるでその痛みを追いかけるように
人はどうして、好きという感情にこんなにも。
「ファジーネーブルでいい?」
「いいよ」
「ねぇ、今日はどうしたの?」
「へ、友達と飲むのに理由なんていらないよ」
ドリンクのメニューを見つめたままの友人は、それでも私の返事を聞くと少しばかりむっとした。
「好きな人となんかあった?」
「ないよ、好きな人なんていないし」
「ふぅん」
信じていなさそうな彼女は、それを解消しようとしないままに店員を呼んだ。
店内は少しだけ暑かった。鉄板焼きのお店に来ていた、ここに来るのは実は2回目だった。けれど初めてくるフリをして友人を誘った。
それはもう6年以上の付き合いで、それでも彼女の半分も知らないだろう。もちろん私のことも彼女は半分も知らない。それで成り立つくらい、何だか繋がりの強い友人だった。
「そっちは?彼氏は?前の金髪ピアスくんから変わってないの」
「あぁ、半年前の話か。もう変わったよ、2回変わった。今はね黒髪天然パーマの眼鏡くんと付き合ってる」
「くるくる?」
「くるくるだね」
髪の横でくるくると指を回す。その仕草がどうにも、女らしく見えた。私もそう見えたりする瞬間があるのだろうか。
注文を終え、頼んだ大人のジュースと豚玉とお好み焼きが目の前に並ぶ頃には、話はより哲学的でそれでいて陳腐なものになっていた。
「どうせ男の考えてることなんてわかりっこないよ」
「……同性でもわかんないよ」
「私のことも?」
「わかんないね」
そういうと、彼女はそうかなぁと首を傾げた。長い茶色の髪が揺れる。
魅力、がそこに見えた。
「愛されてる?」
「あ、羨ましいの」
くすっと笑われて、少しだけイラっとした。
「余裕があっていいなとは思うよ」
「ないね、余裕なんて」
余裕がない人はこんなにも雑に友人を扱わないだろう。
いや、雑にされてると思うのは私が持っていない部分を多く持っている彼女に私が執着しているからだろうか。とはいえ、2週間以上返信が来ないことだってある。それを雑と言わず、何というのだろう。
今回は確かに何かがあって彼女を誘ったけれど、私は何もなくたって遊びたい。それなのに。
「まぁ、男と遊んでると女って自覚が沸いてくるからね」
「へぇ……」
その自覚が私にあったなら、同性にすら振りまかれるその魅力を私も持つことができただろうか。
「好きに振り回される私が、羨ましいの?そんなにいいものじゃないよ」
また彼女は笑った。それは私も彼女自身のことも嘲笑うようだった。
奥の騒がしいカップルの声にも、隣のサラリーマン同士の愚痴にも掻き消えなかった。はっきりと聞こえたその吐息が、耳に痛い。
「愛されて、幸せなの?」
「うーん、わかんない。男っておっきいじゃん、私たちより。それが安心するのかな」
守られている感じがする、と彼女は付け足した。
「守られる、守りたいと思わせる魅力があるんでしょ」
「いうねぇ。さては私のこと好きだな?」
「違うよ、客観的にね」
憧れと切望と、いろんなものがぐちゃぐちゃになっていく。
ピーチリキュールとオレンジを混ぜたみたいに。
「酔ってきた?顔紅いね」
どうなりたいかわからない。
彼女になりたい。彼女になりたいのはなぜなのかわからない。
愛される彼女が羨ましいのか、それとも彼女自身が欲しいのか。尊いと大切にされない余裕のない私にはわからない。
「それくらい下手な方が可愛いよ、人間として。まぁ知らないほうがいいんだよ、そういうことはさ」
あぁ、痛い。わからない。
好きな人がいることを、いたことを見抜いた彼女はどう思ったのだろう。彼女にも好きな人が多分いるのだろうと思う私はどう思っているのだろう。愛されたいだけだろうか。我儘だ、汚い。欲望の塊が、お酒を飲んで友人とご飯を食べている。
こんなにも目の前に、近くにいるのに遠い。羨ましい、妬ましい。
嫌いになりそうだ。
彼はこんな女の子がタイプなのだろうな。どうか出会わないでほしい。彼女は彼のような人に大事にされると変わるのだろうか。どうか、出会わないでほしい。
「酔ってる時に考えてもわからないよ、それがいいんでしょ」
すべてを見透かしたように、笑われた。
憧れに、愛情に、思考する。今日も私は愚かだ。何一つ、見えていない。
憧れと好きを見誤ったり、性別で迷ったり。どう好きなのか、恋をしたいのか友人としていたいのか。
人は難しいですね。彼とか彼女とか、しんどいですね。
好きって何でしょうか。愛ってなんでしょうか。
どうでもいいですけど、私は鉄板物だと豚平焼きが好きです。