厳冬
「意外と早かったね。」
「おまえがこの時間にしろってうるさかったからだろ、」
駅まで迎えにきたチズは、いけしゃあしゃあと笑いながら車を出した。僕らの上下関係は相変わらずである。
田舎を出て早三年。盆と正月以外の帰省は初めてだ。
しかも今回は姉夫婦も、幼い甥と姪も、みんな実家に集合する。
「奉世さんたちは何時頃つくの?」
「君依の学校が終わってから車で来るから、夜になるだろうな。」
「フミはいつまでこっちいるの?」
「姉ちゃんたちと一緒に帰る。」
「そんなに早く帰っちゃうの、」
「新幹線代、片道で済むだろ、」
「うっわ、せこい。」
チズはたぶん美容院帰りなのだろう。彼女が振り向いたり笑ったり、ちょっとした動作をする度、整えられた髪から染毛剤の独特な香りがする。
酔う前に窓を開け、空気を入れ替えた。それと同時に、景色に違和感をもつ。
「道、違ってんぞ、」
「いいの。これからランチして、買い物して、ボーリングとカラオケも行くから。あ、映画でもいいなあ、」
「はあ?」
しかめる僕に対してチズは、なんのためにこんなに早く呼び出したと思ってるんだと、理由を述べた。
「だってこれからは、フミとこんなふうに遊べなくなっちゃうじゃん。」
此度の帰省は兄の祝言だ。
幼い頃から僕を散々振り回してきた幼馴染みは、もうすぐ姓を変え、僕の義姉になる。
「そういえばね、冬子さんも今週結納なんだよ、」
おめでたいことって続くよね。そう笑うチズに、自分で言うなよと僕は憎まれ口を叩いた。
僕は上京後、姉夫婦である仲村家に身を置いて、四年間大学に通った。
当初は独り暮らしの予定だったのだが、上京前に姉の二人目懐妊が判明し、お互いに色々と都合が良いからと、僕の同居が決まったのだ。
姉とは勿論、義兄である君享さんと僕の仲はすこぶる良好だし、甥の君依もよく懐いてくれている。僕はすぐに仲村家に馴染んだ。
ただ同居中に一度だけ、後に何も残らない程度の小さな諍いを、姉との間で起こした事があった。
「まさか今さら二人目を産むなんて、計画外だったわ。」
発端は姉の何気ない一言だった。
腹を撫でながら冗談混じりに溢した笑顔に、僕は一緒になって笑ってあげられなかった。
姉は十代の頃から早い結婚を望み、二十のときに歳の離れた交際相手との間に子供を作り、念願の結婚に至った。以降の結婚生活はごく円満で問題も無かったが、今回七年ぶりに授かった第二子を彼女は、「計画外の子」と溢したのだ。
姉に悪意は無かったのかもしれない。
意味こそ特に無いのかもしれない。
だが僕には、その発言が不快だった。まるで、結婚に必要なノルマはもう果たしたのに、というふうに聞こえたのだ。
「姉ちゃんさ、冬子さんのこと、嫌いだった?」
姉からしたら、突拍子もない質問だったんだろう。虚を衝かれた表情が物語っていた。しかし僕には大いに、有意義な質問だった。
「計画外の子」。その一言で姉が結婚に至った経緯と、いつか冬子さんが語った理想の未来を思い出し、同時に、少女のころの姉が、女勢力で冬子さんの陰口を叩いていたという過去も思い出した。
もう十年も前の話だ。しかもチズからの不確かな情報。
でも、真相を明らかにするなら今しかないと思えた。
「笹森冬子のこと?」
「中学まで同級生だったよな?」
女のフルネーム呼びは友好的でないことを表す。それを踏まえて更に問いただすと、姉はふう、と浅いため息をついて少し遠くを見た。
「そうね。好きではなかった、かな。」
「姉ちゃんの友だちも、みんな?」
「そうね。みんな、かな。」
「何が気に入らなかったんだよ?」
僕は少し不機嫌にきいた。
「色々、それぞれ、よ。好きな男の子を盗られたって子もいれば、ただ気に食わないって子もいたわ。中には、みんなが嫌っているからって子もいたしね。」
「姉ちゃんは、どうだったんだよ、」
今度は恐る恐るきいた。これ以上、敬愛する姉に幻滅したくない。
「思い知らされたから、かな。」
姉は視線を遠くしたまま呟き、そして、
「家にも、親にも、容姿にも恵まれて、性格も成績も良くて、男ならみんな味方してくれる。なんでこんな女が存るんだろうって、考えちゃってたのよね。小さい頃は何も思わなかったのに、年頃になると煩わしかったのよね。」
淡々と、ひといきに説明した。
何も知らないくせに。
冬子さんのこと、知らないくせに。
喉まで昇ってきた声を無理やり飲みこんで、代わりにこうきいた。
「冬子さんを敵視したこと、後悔してんの?」
敵視なんて大げさね。姉は笑う。そしてまた淡々と続けた。
「後悔したところで、冬ちゃんは最初っから私なんて眼中に置いてないわ。あの子は、特別だもの。」
冬ちゃん。
突然出てきた思いがけない愛称が遠い過去の二人を物語る。
女はくだらない。めざとくて、感情的で、身勝手で、嫉妬深くて、図太い癖に、脆い。
だからこそ女同士にしかみえない世界や規則があって、それはこれ以上、僕が言及しても何も得られない領域だった。
「冬子さんも、姉ちゃんをトモちゃんって呼んでたよ。」
小さな諍いをそんな言葉で締めくくった。
「そう。」
うっすらと口元を緩ませながら、姉は腹を撫でる。
次は女の子だって、君享さんに報せたのか?
ううん。内緒にしておくの。君依のときは聞いちゃったからね。
名前、決めるのせわしくなるぞ、
大丈夫。次は私から一文字取るって、前々から話し合ってたから。
僕らは話題を変えて、仲睦まじい姉弟に戻った。
「フミってさ、正直あたしが苦手だったでしょ、」
丸一日連れ回された帰り道、チズは唐突に、小さい頃の話を始めた。
そりゃあ溝に落とされたり、背中に毛虫入れられたり、ケーキの苺取られたり、家出に巻き込まれたりもすれば、苦手になるだろ。ここぞとばかりに、僕は遠慮なく答えた。
「でもさ、なんだかんだ見放さないよね。」
「後が怖えからな、」
昔話をしているうちに、車は僕らの町に近づいてゆく。陽はどんどん落ちてゆく。
すっかり暗くなった懐かしい景色を眺めながら、ずっと気になっていた件について切りだした。
「あのさ、おまえは会ったことあんの?」
「誰に?」
「冬子さんの旦那さん……になる人、」
「そりゃあね。」
僕が退職してすぐ、チズは入れ替わるようにして『せきと』に就職した。
アルバイトではなく正規雇用だ。彼女が勤め始めてすぐの頃、『せきと』が何かのテレビ番組に取りあげられて、しかもその際訪れたのが人気俳優だった影響もあり、もともと好調だった客足が更に潤ったのだという。
となれば当然人手は足りなくなるわけで、チズ以外に板前なんかも雇ったらしい。今回冬子さんが嫁いでしまう穴埋めにも、新しく何人か雇うという。
そんな変革があってか最近では男性客のみならず、遠方からの女性客や、家族連れも多く来店しているらしい。
チズは変革の時代を含め、もう四年近くも冬子さんの傍にいるのだから、縁談の件について尋ねるのは妥当だと思った。
「相手、何歳?」
「冬子さんより年上。」
「いくつ上?」
「五つか六つ。」
「地元の人?」
「ううん。」
僕の決死な問いに対してチズの返答はあまりにも薄く、少しむっとした。
「冬子さんさ、なんて苗字になるんだ?」
しまいには無視だ。答えないどころか急に運転に集中しだして、こっちを向こうとすらしない。
僕はますます苛立って、思わず「おい、」とすごんだ。
「本人に直接ききなよ。」
チズの反撃の強さは相変わらずだ。言い返してきた彼女はアクセルを強く踏んで、荒い運転で僕を『せきと』に連行した。僕はというと、情けないことにそこから言い返すことも、チズの突然の行動を把握することもできず、ただぽかんとしてしまった。
「連れてきてって頼まれてたの。お義母さんたちには、あたしから言っておくから。」
呆気にとられている僕のシートベルトを、無理やり外して肩を押す。
「は? 連れてこい、って……冬子さんが?」
「他に誰がいるの。」
やっと状況が理解できると、動揺が襲ってきた。
結局心の準備も無いまま車から押し出され、圧勝したチズは悪戯に笑い、最後に小箱を押しつけてきた。
「なんだよ、これ、」
「フミからってことにしていいから。どうせお祝いなんて思いつかなかったんでしょ?」
中身ね、簪。びしっと指差して事前情報を付け加える。
「あたしだってさ、伊達に冬子さんの傍に居たんじゃないんだからね。」
得意になって笑う彼女はそのまま僕を放置して、暗い田舎道に消えていった。
暖簾の先が明るい『せきと』の入口には、臨時休業を伝える貼り紙があり、踏み入ることを躊躇わせた。「連れてきてって頼まれてたの。」……チズの言葉を胸の内で復唱し、覚悟を決めてから扉を開いた。
「あら、フミちゃん。」
冬子さんは居た。
割烹着に夜会巻き。白い肌、彫刻のような顔。長い手足をもった長身。品のある物腰、艶のある声で僕を呼び、迎え入れてくれた。
「おかえりなさい。」
三度目だ。
僕と冬子さんの、三度目の別れに出逢ってしまった。
「おめでとうございます。」
お久しぶりです。のあとに一礼を挟み、祝福を告げた。
冬子さんは、あらまあと目を細め、礼を返す。それから僕をカウンターに招き、何を飲むか尋ねてきた。
「今夜はご馳走させてちょうだい。」
せっかくフミちゃんが来てくれたんだもの。そう微笑む冬子さんは以前より痩せてみえた。薄化粧の手法も、前と少し違う。
ビールを頼むと冬子さんはまず、僕のグラスになみなみ注ぎ、それから自分のグラスにも半分ほど注いで、「乾杯、」と無邪気に言った。
「フミちゃんとお酒飲むなんて、なんだか不思議、」
「そういえば初めてですね。」
「フミちゃんて何歳になるんだったかしら、」
「今年で二十二です。」
「あらまあ。私がおばさんになるはずだわ。」
「姉も、だいぶ老けこんできましたよ。」
「あらまあ、」
そんなふうに笑い合って近況報告を交換しながら、冬子さんは様々な料理を並べてくれた。
蛸の唐揚げ、鯛の昆布しめ、だし巻き卵、なます、ほうれん草の胡麻和え、筑前煮。揃いも揃って懐かしい味のなかでも、やたらと甘い筑前煮に僕の頬は緩んだ。
「冬子さん。あの、これ、」
しどろもどろしながら、チズから渡された小箱を差し出す。
「大した物じゃありませんが、お祝いさせて下さい。」
チズが聞いたら怒るであろう台詞も、付け加えた。
「まあまあ、ご丁寧に。」
小箱を受け取る冬子さんを前にして初めて、この人が嫁いでしまうという実感が、急に湧いてきた。
「結婚、するんですね、」
酒の力もあってか感情による発言が、弛い。
「ご主人は、どちらの方なんですか?」
思わず呟いてしまったことを打ち消すように質問した。
「東京よ。フミちゃんとばったり会うかもね。」
「すごい確率ですよ、それ。」
「ふふ。」
「年上の方なんですよね、」
「ええ。今年で三十六、」
「冬子さん、なんて苗字になるんですか、」
「一ノ瀬。」
一ノ瀬冬子。瞬時に浮かんだ新しい名前に、また実感が襲ってきた。
一ノ瀬、冬子。
結婚、する。冬子さんが結婚する。
「フミちゃん。酔いざまし、いかない?」
顔を覗きこんできた冬子さんは、しゅるりと割烹着を脱いだ。
酔いざまし? 首を傾げる僕を目配せで外へ誘う。目的地はきっと、あの庭だ。
「この子たちね、三代目。」
予想通り、誘い込まれた庭で兎を抱き上げながら、冬子さんは言った。僕も「三代目」のキヌを抱き上げる。
「俺、ばかみたいに通ってましたね、ここ。」
「あら、可愛かったわ。」
「褒めてくれてるんですか、それ、」
三代目キヌの気性は荒くて、おとなしく腕に収まっていてくれなかった。
手に薄い引っ掻き傷をつけられ、柵に戻す。一方の三代目ロロは冬子さんの腕のなかで、心地よさそうにおとなしくしていた。
「本当に、ほんとうに可愛かったのよ。」
ランドセル背負って、息切れしながら現れて、きらきらしながら、その日あった出来事を隅々まで話してくれて、たまにちょっと生意気で。
時折くすくすと思い出し笑いを含みながら、冬子さんは幼いころの僕を語った。
「私、この子たちと一緒にフミちゃんまで飼った気でいたのね。」
そしてロロを撫でながら、小さく息を落とした。
ゆっくりと落ちつき払った声と拍子を合わせるように、深いまばたきを一回、二回繰り返す。
くっきりとした二重は幅が広くて、何年かぶりに思い出した。
こんなにもきれいな人だった。
白い肌も、彫刻のような顔も、華奢で高い背丈も、どこか影のある面立ちも。
……ちがう、それだけじゃない。
「ごめんなさいね。手放してあげられなくて。」
独特の艶がある甘ったるい謝罪は僕の心臓をえぐり、二人の今までをひきずり出した。
ランドセルを背負ったまま、まっしぐらに走った放課後。
雨の公園で拾ってくれた、傘から覗いた顔。
青春に脇目も振らず、懸命になったアルバイト。
頬を包んだ細い指の感触。額同士の体温。
甘さが際立つ、独特な味付けの筑前煮。
この人はもうすぐ結婚する。
苗字を変えて、この町を出て、『せきと』から居なくなる。この庭から消える。
きれいなひとだ。人当たりも気立てもいい。料理も上手で品もある。冷静に考えれば、放っておかない男なんて星の数ほどいただろう。それでも、可能性を夢みていた。
―――結婚も、しないんですか、―――
―――かもね。―――
あの言葉を信じたかった。
結婚する
冬子さんが結婚する
結婚してしまう
「冬子さん、俺―――」
衝動的に肩を掴んだ。
薄くて、少しでも力を加えれば砕けてしまいそうだ。
いつからだろう。彼女の目線が、自分より低くなったのは。
僕を見上げる冬子さんは一切の動揺もみせず、穏やかに微笑んだ。
「フミちゃん、私ね、元希さんが好きだったの。」
突然の告白が僕の言おうとした覚悟を塗り潰す。
「ずっと好きだったの。」
もう一度、はっきりと告げてきた。
なんで、そんなこと、
「なんで、俺に言うんですか、」
「フミちゃんだけだったのよ。私のこと、見て見ぬふりしてくれた男。」
冗談よ。言ってくれるのを待った。
いつもみたく妖艶に、母性的に、時々あどけなく、あらまあと笑ってくれるのを待った。
「ばかねえ、本当に。私も充分、ひとでなしだったのよね。」
待てども期待の言葉は無い。
彼女はただ、独り言のように呟く。今にも崩れそうな繊細な声で、僕を仰いで呟く。
「冬子さん、」
彼女を抱き寄せて声を震わせながら、振り絞った。
「幸せになってください。絶対。兄貴や、チズや、姉貴なんかより、ずっとずっと、」
当然じゃないの。腕のなかで冬子さんが笑う。
「私とあなたは、同じ質なのよ。」
彼女は小さく背伸びをし、僕の鼻梁にキスをおとした。
やっぱりそうだ。
気づいてしまった。
きっと憧れの延長とか、あの頃嫁いでしまった姉の影をみていたとか、他のバカな男達より特別扱いされている優越感とか、不思議な部分への好奇心とか、きれいで儚げで、女子達を敵視させてしまう彼女への庇護欲とか、
雛が、最初に見たものにつき従う、刷り込みのようなものだとか……
理由もいいわけも、充分なほどに用意していた。
でも、全部違ったんだ。見て見ぬふりをしていたのに、気づいてしまった。
「チズ、俺さ、」
冬子さんが好きだったんだ。
迎えの車の中で、僕はチズに代理の告白をした。
「なんであたしに言うの、」
呆れて笑うチズに僕も、わかんね、と、へらっと笑って返すしかなかった。
「今さらバカみたい。そんなの、とっくの昔から知ってたよ。」
ばかみたい。チズは繰り返す。その罵声にしみじみと共感した。
「ほんとバカみたい。言えばいいだけなのに。」
「そうだよな。だから兄貴は、チズを選んだんだよな、」
「ばーか。あたしが必死に元希さんを捕まえたの。」
車内にはまだ染毛剤の香りが残っている。彼女の、薄闇でもわかる髪の艶と肌のきめが、今週に控えた式への期待を物語っていた。
「おまえってさ、幸せになる質の女だよな、」
「なにそれ、」
チズちゃんは、幸せになる質の子ね。今なら、あの意味がわかる気がする。
式は穏当に終わった。
白無垢とは不思議なもので、あのじゃじゃ馬でもちゃんと花嫁になっていて、今日からこの人は義姉になるのだと、認識させてくれた。多くの祝福のなかで、チズはもちろん、あの堅物な兄も幸せそうな顔をしていた。
惨殺された二羽の兎が発見されたのは、その翌日、冬子さんの結納の日だった。
第一発見者はチズだった。日課の餌やりのために訪れた庭で、変わり果てたロロとキヌをみつけたのだ。
ロロは耳と四肢をバラバラに切断され、内臓が引き摺り出されていた。
キヌは絞殺だった。ロロに比べ原型こそ留めていたものの、ロロの大量の血を意図的に塗りたくられていて、真っ白だった体が赤黒く染められていた。
死骸の状態から人の手による可能性が高く、その猟奇的な犯行には、いくつかの動機が推測された。
愉快犯か、動物虐待を悦楽とする異常者か、婚姻を決めた冬子さんへの歪んだ愛のなれはてか。
「あたしは冬子さんへの逆恨みだと思う。」
それがチズの推理だった。
「逆恨み?」
電話口で聞き返した僕は、最初こそ理解できないでいたが、その謎はすぐに解消された。
人気俳優、一ノ瀬成彦の電撃入籍が報道されたのは、僕と姉家族が東京に戻ってすぐのことだった。
一ノ瀬成彦は若手の頃から「イケメン俳優」として人気を博し、実力も相まって映画・ドラマ・舞台と活躍の場を広げ、今では視聴率を約束する実力派俳優だ。私生活も清廉で、悪い噂もスキャンダルも無く好感度も高い。
そんな彼の電撃入籍の相手は、三十歳の一般女性。
公表された情報は僅かだったが、僕にはすぐに冬子さんだとわかった。
「おまえは知ってたのかよ、」
「そりゃあね。」
裏をとるとチズはすんなり認めた。
「だって、これから失恋しにいく人間に対しちゃ酷な話だったでしょ?」
ごもっともな意見にぐうの音も出ない。
「冬子さんってさ、顔で損してるよね、」
話題を戻すついでに、彼女は声をあらためた。
「三十歳の一般人、なんていってるから祝福ムードだけどさ、これで顔写真でも公開したら、日本中の女を敵に回すんだろうね。きっとどこかで情報が漏れたんだよ。一ノ瀬成彦の熱狂的なファンが冬子さんに嫌がらせしたんじゃないのかな。」
チズの推理と自論に、僕は概ね賛成しておいた。