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最初で最後の、本気の恋

作者: 美作きらら

こんなにも恋が苦しいとは、思わなかった。

こんなにも愛することがつらいとは、思わなかった。

こんなにも好きな人の悲しみが重いとは、思わなかった。

それなのに逃れられない恋に、私は、落ちてしまった。


もう6年の月日がたつ。

悲しみのどん底に落とされてから。

彼と付き合い始めたのが7年前だった。

その半年後に、悲劇は起きた。

あの事故が、起きてしまった。


彼は見る影もなくやつれた。

桜が咲きほこることにも気が付かないほど何も目に入らなくなり、

私の前で泣き叫び、

教室で遠くから見る姿は、いつも呆然としていた。


私の心には大きな穴があいた。

車を見ると、気を失いそうだった。

救急車の音を聞くと、涙が出た。

彼以外の人との距離が、一枚ベールで仕切られたように遠くなった。


「もう目が覚めないかもしれない」

そうその日のうちに医師に言われたという。

「はやく生き返れって」

彼が無理にそう言って笑ったのを電話越しで聞いた。

哀しみのあまり涙も出なかった。


私は願った。

もう二度と目が覚めないなんて悲しいことを彼に負わせないで。

目が覚めるまで、何が何でも私が支えてみせる。

私が倒れても、彼を守ってみせる。

だから、目を覚まさせて。


その願いは確かに叶った。

一週間ほどたつと、目が開いたのだと。

これで、時間はかかるけど元の生活が取り戻せるかもしれないと、錯覚した。


戻らなかった。

新しい記憶は残らない。

会話ができない。

日常を取り戻すことは、できない。


もしかしたら、5年先10年先、社会復帰できるかもしれない。

その残酷な医師の言葉がむしろ彼を蝕んだ。

いつかよくなるかもしれないし、よくならないかもしれないと、

その不安と悲しみに、耐えきれなかったのだろう。

私だって―いつか終わる哀しみなら一緒に乗り越えようと思った。

いつまで続くかわからない哀しみを一緒に背負うことが、こんなにもつらいと、思っていなかった。


不安は絶望に変わった。

もう、6年たつ。

もう元には、戻らないのだと、言われなくてもわかっている。

いつか終わる苦しみだと勝手に思っていた。違った。現実は変わらない。

受け止め方がどう変わるか、だったのだ。


私がそして、その家族の一員となる。

その日を迎えるのはもう遠くない。

私は耐えられるのか。

時を超えて彼を愛せるか。

彼の家族を守れるか。


自分の身に降りかかった不幸なら、自分でどうにかするしかない。

愛する人に苦しみが襲い掛かるとき、

他人でしかない自分に何ができるか。


私はたくさん泣いた。

彼と一緒に。彼のいないときも。

でも彼も私のいないところでどれほど泣いただろう。

私の何倍も苦しんでいる彼を知っていながら、私は笑顔などみせていいのか。

私は彼と同等の苦しみを味わうべきではないのか。

私は私なりに、苦しんだのだ。


でも。

苦しむことでは誰も助からない。

笑顔になることで、救われるものがあるかもしれない。

私は一筋の希望の光に、なりたい。


自分の無力さを、

自分の弱さを、

自分の醜さを、

知ってしまった。


守り切れなかった。

私自身があまりにも落ち込んでしまった。

私が彼の身代わりになれればと無茶な願望を持った。


でも。

もう、立ち上がろう。

しなやかに生きよう。


彼と別れることはできなかった。

ほっとけなかったから。

もし別れたら私は彼から逃げるのだと思ったから。

でも今は違う。

心から、彼を愛していると確信しているから。


愛が形作るのは幸せや希望だけじゃない。

人を愛する心がなければ人は苦しまないかもしれない。

それでも、愛することをやめられない。

だれだって、そうだと思う。


まだ私は、苦しみの中にいる。

出口の見えない洞窟の中のように。

外の明かりを見る前に、私の命は尽きるかもしれない。

それでも私は、

共に生きる。

そんな私に、どうか力をください。


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