才能とは時に変態を生み出す。
-ブゥウゥゥンン
カケルの背にしがみつき、振り落とされないよう気を付けながら駆けて15分。
ようやく止まった場所は工事中のビル。
「さて、一応ここが攻略最前線の入り口なわけだが...あ、いたいた。お〜い、メグ〜」
そう呟きながら、どこかに手を振るカケル。
次の瞬間にふらりと姿を現した女性に驚く。
「彼女は高遠恵-たかとうめぐみ-俺たちはメグって呼んでる。メグっこいつが今日から参加するはじめだ、よろしくしてくれ!」
「どうも周防元-すおうはじめ-です、よろしくお願いします。」
どこかこちらを探るような視線を投げかけてくるメグに戸惑いながらも挨拶を済ます。
「ふぅん、見た感じ前評判通りの見た目だね。彼が期待の新人で、行き詰まった現状を打破出来るその道のプロなの?そうは見えないけど...ま、よろしくねハジメ。」
明らかに過度な評価を受けている。
行き詰まった現状なんて把握していないし、なにより何のプロかは知らないが特化した技能も知識も持ち合わせてはいない。
「おい、お前どんな説明したんだよ」
「いやぁ、どんなも何もハジメを入れたいって言っても皆が簡単には頷かないだろうからさ...てへっ」
カケルの盛りに盛った説明の所為で、明らかに過度な期待を背負ったスタートになる事を理解したハジメがまずすることは現状の問題把握とカケルへの八つ当たりである。
げしげしとカケルを蹴りつけながら、案内に従いビルへと入っていく。
工事中のビルという事で照明等は完備されておらず、薄暗いビル内はやけに音が響く。
カツンカツン、と靴音を響かせながら進んでいけば背後から軽い衝撃が走る。
次の瞬間には組み伏せられ首元に添えられた鈍い煌めきに背筋が凍りつく。
「ぅえっ!?カケルっ!!」
「はーい、ストォオオップ!!そこまでにしといてね〜」
軽い調子のカケルに戸惑いながら、背中に掛かっていた圧力が退いたのを確認し安堵する。
「おい、コイツが期待の新人って本気か?」
「おーぅ、マジのマジで本気だよ〜。ていうか、身体的な能力は低いって伝えたじゃん?あんま虐めないでくれないかな〜」
どこか胡乱げな顔でこちらを見るのは、筋骨隆々な大柄な男性。
「ハジメ、この乱暴者は井上龍二-いのうえりゅうじ-俺たちの間じゃリュウって呼んでる。」
「ど、どうもっ周防元です。よろしくお願いします。」
「おぅ期待はしないでおくから、簡単には死んでくれるなよ〜」
前言撤回、お互いによろしくされたくない系の人間だった。
組み引かれた際に付いた埃を軽く払いながら、カケルにジト目を向ければ、彼も苦笑いを洩らす。
「悪い奴じゃないんだよ、ただ皆んな現状にフラストレーションが溜まってるから苛々してるんだよね、許してやってくれ。」
「さっきから不穏な単語を耳にするんだが、討伐は上手くいってないのか?」
先程から攻略が上手くいっていない様な口振りで話す様子に、率直に疑問をぶつけてみる。
「んー、一応レベルアップやドロップアイテムだったりと検証自体は進んでるんだけどねぇ...ま、見せた方が早いか、付いて来て。」
案内されるがままに辿り付いたのは鉄製の頑丈そうな扉の前。
開けるにも一苦労なその扉を易々と開けるカケルの姿に驚愕しながら、その後を追っていく。
「あれ結構重いんだよね〜、レベルアップの恩恵でどうにかなってるけど、今のハジメじゃ開けられないんじゃない?なははっ」
あの頑丈そうな扉は、見た目通りの重さがある様で驚いたが、それ以上にレベルアップの恩恵という言葉に惹かれる。
(レベルアップはやはりダンジョン外でも相当な恩恵を与えているのか、それにダンジョンが現れてからまだ2日しか経っていないのに、あれほどならばダンジョンの最奥は...)
「ハジメ、着いたぞ。」
そんな思考に没頭していたら声を掛けられ現実に戻される。
そこは言うならば拷問部屋、いや処刑部屋と言うべきか。
ありとあらゆる武器や道具が揃った棚が並び、部屋の中央には拘束されたゴブリンの姿。
そんな場所が似合わない綺麗な女性がこちらを見つめていて、その容貌に場違いにもどきりとしてしまう。
「彼女は久遠結衣-くおんゆい-俺たちはユイって呼んでる。ユイっ、こいつが期待の新人ハジメだ。色々と話も合うだろうし、よろしくしてくれ。」
「どうも、周防元です。よろしくどうぞ。」
どこか冷たい印象を与える彼女の瞳が自分を捉えたかと思うと、瞬間に花開く。
「おぉ〜、君が噂のハジメ君か!ささっ、早速だが専門家の君の意見を聞かせてくれないか!!これまでも色々と試してみたんだが、全然効果が出なくてね。そこで既存のものでは無く、独自で作ったものでも試したりもしたのだが効果は薄く、メグ辺りからクレームの嵐でね。おかげで貴重なサンプルを一体失う事になった。そこで得た情報ではやはりレベルアップという不可思議な現象以外には解決方法は無いのでは、と思うようになってきたんだよ。勿論、研究者としては探究を止めるつもりは到底無いのだが、結果が伴わない以上は現状のまま闇雲に失敗を繰り返すのに時間も労力も無駄に出来なくてね。そんな中、その道のスペシャリストが参加するって言うから大喜びもするさ!!未知の領域を照らす光を持つなら、まずはその光が照らす場所で情報を集め、そこからアプローチの方法を考えていく事が現状最も有効なんだっ、さぁ私をこき使って構わないから君の叡智の一端を私に分け与えてくれないかっ!!」
それはもう強烈だった。
美人に言い寄られて嫌な気はしないが、生憎と同じ名前の人違いである。
専門的な知識などは持っては無い、こちとら三年引き篭もっていた動けない系男子なのだ。
戸惑いながらカケルに視線を投げかける、おいこら笑ってないで助けろっ。
「まぁまぁ、現状も碌に分からないままじゃ流石のハジメもどうしようもないからさ、とりあえず落ち着きなって。」
「そ、そうだね。まず現状を知りたいかなぁって...あはは。」
視線に込められた意味を理解したのか、存分に楽しんだからなのかは分からないが、カケルから助け船を出され全力で乗っかる。
ようやく彼女も落ち着いた様で、すまない、と若干頬を染めながら少し乱れた髪を直す姿は非常に綺麗である。
だが先程、彼女の深淵の一端に触れた身としてはそれ以上の感情は抱けそうにない。
残念美人なユイとカケルから先程から疑問だった現状の問題点を聞き出す。
曰く、ダンジョンから出てきたモンスターに対して銃火器の類いは効かない、もしくは効果が低いのは分かっていたが、実際に対峙してみると近接武器から弓矢等の飛び道具に入手可能な毒物の類全てが効果を発揮しなかったらしい。
唯一効果があったのが肉弾戦による直接攻撃のみ。
また、重量のあるものをモンスターにぶつけた場合は与えた衝撃は緩和されるが、モンスターの上に落とす事で質量で埋もれさせ足を止める事は可能だと言う。
その結果、現在はモンスターを複数人で囲む様にして肉弾戦で退治しているらしい。
思った以上に厳しい状況の様である。
「さっき言ってた既存の武器や道具ではダメージを与えられないっていうのは、あくまで無効化ではなく軽減なんだよね?」
「えぇ、レベルアップを殆どしていない私でも多少の傷は付けられる事から無効化では無いわ」
得た情報を文献-ラノベ-の知識から似たような状況を探し、解決策を探していく。
「なら血液の凝固剤なんかは効果があった?」
「いいえ、一定以上を投与したらリセットされる様な感じで効果が無かったわ」
(現代の科学力を利用した物は尽くアウトか)
似たような状況の文献-ラノベ-では、ドロップアイテムが鍵を握るがどうだろうが、このマッドな研究者な彼女や同じく文献-ラノベ-を好んでいたカケルが見逃しているわけは無いだろうし。
「カケル、ドロップアイテムってどういうものなの?武器とか?まさか魔石とか?」
「ん?あぁ、想像通りだよ。小石程度の魔石?っぽいものが幾つか確認出来てる。武器なんかだと簡単に事が運びそうなんだがな。肝心の魔石の利用法もサッパリ検討がついてない。」
(ドロップアイテムは魔石か。現状は利用法が分からないか、魔法とか使えるようにならんかなぁ)
徐々に行き詰まってきた状況にアイデアが次々と浮かんでは消されていく。
既に思いつく限りを行ってきたユイが先駆者としている以上、よほど変わった事でもしない限り状況を変える一手は出てこない。
そんな状況の中、どうにか絞り出した案はカケルもしくはユイによって潰されていき、次第に部屋を嫌な空気が支配していく。
「魔石をゴブリンに与えたらどうなるの?」
「ゴブリンが魔石を吸収する、それだけよ。」
僅かな違和感。
「魔石を複数個与えた場合は?ゴブリンの進化等は起こり得るの?仮に進化すると仮定するなら、カケルっ上位個体は確認出来てる?」
「ん?あぁ、上位個体は一体だけ確認は出来てるけど、見た限りでは多少大きくなったゴブリンって感じだけど取り巻きが多くて手は出せてないな。」
可能性が生まれる。
「討伐はまだなんだ、じゃあドロップアイテムに変化がある可能性もあるね。武器か素材が出たらラッキー程度でゴブリン進化論に挑戦するべきだね。」
「おぅ、それじゃその方向で動いてみるか!魔石掻き集めてくるわっ」
今も昔も有言即実行なカケルは、動きだしたらその行動は早い。立ち上がり駆け出したカケルは数秒もせずに見えなくなってしまった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。ゴブリンに魔石をいくつか与えた事はあるけど、ゴブリンの進化なんて起きてないわ!貴重な魔石のサンプルを捨てるような真似はしないで!」
「ああ、無駄になんかしないさ。これが失敗したら魔石をどれだけ与えてもモンスターは変化しないって証明出来るじゃないか。決して無駄じゃない。」
ようやくエンジンの掛かり始めた脳の活動を止めたくは無い。
まずは自分の価値を証明するために、現状の問題解決に動かなければいけないのだ。
文献-ラノベ-から得た知識を全て思い出し今の状況と照らし合わせ知識を選別していく。
(現状のままではスタンピードは抑えきれないどころか、ろくな抵抗も出来ず終わってしまう。考えろ俺、なぜモンスターには現代の武器が効かないんだ、その理由を考えて知識を活用出来る状態へ持っていくんだ。)
「なぁ、なんでゴブリンなんだ?神の試練なら天使とか悪魔のほうがらしいだろ」
素朴な疑問が湧き出てくる。
思わずユイに問いかける。
「はぁ?知らないわよ、あの女神って存在が適当に考えたんじゃないの?それよりも—」
「それだっ!!」
思わず肩を掴んだせいか、ユイを驚かせてしまったようだが気にしない。
根本的な所から問題だったのだ。
今の状況は神の試練によって引き起こされたものならば、あの幼女神は何を思い試練を与えたのか。
考えてみれば事の発端は人類の身勝手さが原因だったのだ、ならば身勝手な人類の生み出した武器や道具、兵器など使用を許されるはずがない。
古来より人は自然を恐れ崇める事で共生してきたのだ。
自然を蝕みその傲慢さによって神の怒りを買ったのならば、その身ひとつで試練へ挑まなければならない。
だが、幼女神は人類にチカラを与えたと言った。それはレベルアップだけなのか?答えは否。
何かあるはずだ、自然と共生してきた時代の様に神が認めるナニかが!
ドロップアイテムによって得られた魔石は何に使う?魔石とは文献-ラノベ-には魔力の凝固したものであるというのが定説だ。
ならば込められているのは魔力。ならば、ゴブリン達モンスターを構成するのも魔力?
そもそも何故ゴブリンなのか、神の試練ならばもっと別の形もあったはずだ...ファンタジーが人々に受け入れられやすいから?
「カケルっ!一旦魔石持って戻ってこいっ!!」
急ぎカケルの後を追いかけ叫ぶ。
幼女神の与えたチカラはレベルアップの恩恵による身体能力ではない、魔力に耐え得る身体だ。
かつて想像した魔法が実現するかも知れない。
あくまでも推測でしかないのに、心は弾み、期待でいっぱいになる。
「ハジメあなた何を掴んだの?私にも教えなさいよ!」
「えーい、マッドな研究バカは黙ってろ、まだお前の言う証明ってやつが出来てないんだ!」
厨二な心はかつての熱を取り戻し、自棄になったように付きまとうユイの腕を振り払い、カケルの到着を今か今かと待ちわびる。
その瞳は熱を持ちさながら大志を抱く少年のような輝きを見せる。
ニートのダンジョン攻略記、青年よ大志を抱け!乞うご期待!!