運命の朝がきた、筋肉痛と共に。
身動ぎのタイミングで軋む身体に尋常では無い違和感を感じ、急速に覚醒していく意識と共に身体を起こそうとすれば違和感の正体に気付く。
筋肉痛。
それもここ数年の怠け切った身体を作り変えんとばかりに、強烈な痛みを伴ったものだ。
「ぅぐっ、んんっ!?」
...起き上がれない。
昨日の情熱はまだ心に燃え盛っている。いや、むしろ昨日よりもその勢いを増しているのに、思いとは裏腹に身体が動かない。
やっとの思いで転げ落ちる様にベッドから抜け出せば、机の上の携帯が着信を告げる。
這々の体でどうにか携帯まで辿り着き、携帯を確認すれば画面に表示された御堂カケルの文字に慌てて電話を受ける。
「もっ、もしもしっ!」
「お?やっと出たか、おっせぇから寝てるのかと思ったぜ」
ケラケラと軽快な笑い声と共に電話口から聞こえてくるカケルの声に申し訳無さそうにしながら、現状を告げる。
「昨日ちょっと張り切り過ぎてさ、久々の筋肉痛で悶えてるところだったんだよ。あぁ、準備は昨日済ませてるから大丈夫。」
「へっ?筋肉痛?なははっ、流石は凡人の英雄さまは、最初の敷居を下げることに余念が無いねぇ〜」
からかい混じりのカケルの言葉がグサグサと心に突き刺さる。
「悪かったよっ、まさか筋肉痛で動けない程になるとは想定してなかったんだ!」
「なははっ、悪い悪い。冗談だって。あ、ぼちぼち到着するから出迎えよろしくな〜」
相変わらず軽い調子で謝罪と爆弾発言を投下してくるカケルに驚きと呆れを覚えながら、軋みをあげる身体を解しながら着替えを済ませ急ぎリビングへ降りていく。
「はじめ、朝ご飯出来てるわよ〜」
「母さんおはよ、もうすぐカケルが来るから一人分追加出来るかな?」
リビングに向かうと聞こえてきた母の声に応えながら、カケルの分の朝食を頼む。
「あらカケル君が来るの?懐かしいわね〜」
「あんまり危ないことしちゃダメよ〜」
「昔から二人揃うと悪さばっかりして〜」
と、懐かしい思い出を口に出しながらもテキパキと準備をしていく母に苦笑いを返していたら、来客を告げるチャイムの音に戦略的撤退を決める。
「いらっしゃい、よく来てくれた」
「おっ、動いて大丈夫なのかい?なははっ、冗談だって!お邪魔するぜ〜」
久々に会ったカケルの開口一番の冗談にジト目で返しながら、家へと招き入れる。
「母さんが朝食用意してくれてる、食べてくだろ?」
「おぉマジか!やっぱ持つべきものは料理上手な母を持つ友人だなっ!!」
ばかやろっ、と肩を小突きながらリビングへ向かえば食卓についた両親の姿と並べられた朝食。
「父さんおはよ。こっちはスタンピード対策で協力してくれる友人の御堂カケル、子供の頃からの付き合いだから信用できるし、頼りになる奴なんだ。」
「どうも、お久しぶりです。中学以来ですか、ご健在の様で何よりです。」
堅物の父の前では、普段の破天荒な姿を上手に隠した猫被りなカケルの姿にほぅ、と感嘆しつつ席に着く。
うちの母は料理が上手い、そりゃあ高級レストランなんかと比較されるとあれだが、食べ慣れた素朴な料理は舌に合う。
ガキの頃から転がり込んでは飯を食っていたカケルも母の料理を絶賛しているから、身内びいきな思いを差し引いても、やはり上手なのだと思う。
「いやぁ、やっぱりはじめのお母さんのご飯は美味しいですねっ」
「あらあら、ありがとね〜」
案の定、カケルの賞賛の声にうんうんと頷きながら箸を伸ばせば凄い勢いで減る料理に、はっとカケルを見やれば満面の笑みで頬張る姿に危機感を覚える。
(このままだと全部カケルに食われる!?)
焦った様に箸を進めようとすればボソリと聞こえる魔法の言葉。
「...はじめ、ダイエットは食事制限からだよ」
ぐぬぬと妬みを込めた視線をやれば、したり顔のカケルの顔に怒りが湧く。
そんな茶番を見た母の「まだまだあるから沢山食べなさい。」との声に、カケルも悪怯れも無く「しばらく保存食生活だしなー、今のうちに食っとけよ〜」と言い放ってくる。
ダイエットは昼食からスタートだ。と、思い切りダメ人間の発想で朝食を食べていく。
そんなこんなで朝食を終えた後、母の淹れたコーヒーを啜りながらカケルを交えて話をしていく。
それは、カケル達が日々戦いダンジョンの性質だったり法則だったりを検証している事。
現状のままいけばスタンピードを鎮圧化出来るのはかなり先になる事。
その解決のために表沙汰にはしていないが、こっそりと有志を募っている事。
はじめを連れていく事で特別な才能の無い一般人でも力になれるという証明をする事。
ダンジョン攻略の最前線に立つ以上、全てを終えるまで帰れないだろう事。
そして、命の危険がある事。
全てを説明し終えた頃には、両親は反対したが最後には悲痛な顔をしながらも「頑張って来なさい」と送り出してくれた。
もう此処には戻れないかもしれない。
そんな恐怖が改めて襲ってくるが、昨日の震える両親の姿を思い出し、弱気になった心を奮い立たせる。
「父さん、母さん、行ってくるよ。引き篭もりだった俺が外の世界に踏み出そうとしてるんだ、笑って送り出してくれよな」
そんな軽口を叩きながら、まとめてあった荷物を背負いカケルの待つ玄関へ向かう。
「はじめっ、体には気を付けなさいっ」
「いつでも帰って来なさい、あなたの家はここなんだから」
背中から掛かる声に声に別れを告げようと決意するも、溢れ出す涙は止まってくれない。
凡人の自分がダンジョン攻略の最前線へと赴くのだ。
最後まで生きられる可能性はかなり低いだろう事は分かっている。
正直、スタンピードが起きなければ部屋に篭ったまま動かずにいただろうと思う。
だけど、スタンピードは起きた。
それも数週間もせずに我が家を、これまで自分を見捨てずいてくれた両親を飲み込むような緊迫した状況だ。
守りたい。
自分には特別な力はないけれど、すぐそばに特別な存在がいてくれた。
変えたい。
両親を脅かす今の状況を、そして何も出来ない自分を。
自分にはそのチャンスがあるのだ、その才能があるので。
特別なんかじゃない自分が、皆の憧れる特別と肩を並べる事が出来たなら。
それは特別じゃない誰かの勇気になり、希望になるのなら行かなくちゃ。
歩みを進め、カケルと肩を並べる。
「覚悟は決まったかい?凡人クン?」
「あぁ、こっからは這いつくばってでも付いてくぜ俺のヒーローさんよ」
「なははっ、上等上等!なら行こうか、ダンジョン攻略の最前線へ!付いてこれなきゃ置いてくぜ!!」
「分かってるよ、俺は変わるんだ。大事なもんを守れるように、その為にはもう止まれないよ」
決意を新たに歩み出した二人。
特別と平凡が今、肩を並べて神の課した試練へと挑んでいく。
「行ってきます!!」
ニートのダンジョン攻略記、新たな決意を胸に抱き、いま歩み始める。