外の世界で生きるには、少々スペックが足りていないようです。
-ジリリリリ〜ン
年季の入った目覚まし時計の鳴らす気の抜けた音に目を覚まし、徐々に意識が覚醒していく。
ダンジョン騒動から一夜明け、外の世界はどう変化したのかと思いテレビの電源を入れ、情報番組に目を向ければコメンテーター達の過激な意見が飛び交っていた。
無責任なコメンテーター達の意見は、ダンジョン攻略は自衛隊が率先して行うべきであり、早急に事態の解決に乗り出すべきだとかなんとか。
また、警備隊の到着が遅れ数カ所のダンジョンに侵入した若者達への法的な対処が云々。
ダンジョン関連での事案に対処するために、政府関係者以外の立ち入りは禁止するべきだとかなんとか。
海外で起きた魔物の氾濫についてはあまり触れずに、他人事のように意見を述べるコメンテーターに呆れるしかない。
「せっかく面白そうな世界になったんだ、指咥えて見てるだけなんてそりゃ無いぜ。」
「お父さ〜ん、はじめ〜、朝ごはんにしますよ〜」
微妙に間延びした声の主は、会社を辞め引きこもりとなった後も変わらず優しくしてくれている母である。
その負い目からか、どうにも逆らえない人の1人である。
母の声に従いリビングへと向かえば、堅物の父とばったり遭遇。
昨日の夜に長々と小言を頂いた身としては実に気まずく、引き攣る頬は仕方がない。
「お、おはよ。」「...おぅ、おはよう。」
父にしては珍しく吃った挨拶に首を傾げながらリビングへ向かえば、テレビから食料を巡った争いで数名が怪我を負い、傷害事件へと発展した事案があると聞こえてくる。
(あぁ、昨日の晩に散々説教したのに現状がこれじゃ気まずくもなるか)
父の内心を伺い知れて、親子揃って気まずい顔を浮かべていれば母からの鶴の一声がかかる。
「お父さんも、はじめも済んだ事をうだうだ考えても仕方がないでしょ〜、朝ごはんを済ませてから皆んなで考えましょ〜」
どうにも堅物の父も母には勝てないらしい。
いつもと変わらぬ食事を摂って、食後のコーヒーを啜りながら両親の話しを聞くことに。
「ダンジョンとやらが何なのかは私には分からないが、会社を休む事は出来ん。昨日は色々と言ったが、食料問題に関してはお前に任せる事にする。」と、父が言えば。
「はじめは色々と知っているみたいですし、必要なものは任せてしまうわね〜」と軽い感じで母が言う。
久々に感じる頼られる感覚にズキリと痛む胸に、相変わらず情けないなと苦笑いしながら、僅かに震える声で両親に「ばっちり任されたよ。」と返す。
さて、久方ぶりの外出だ。
今後の展開は読みきれないが、幼女神の告げた4年という期限は攻略を考えるなら短いが、普段の生活を思えばかなり長い。
食事は人の生活には欠かせないものだからこそ、聡い者は早々に行動を起こし収集に走った筈だ。
そして、それを知った群衆もそんな危機に気が付き騒動を起こした。
既に手遅れ。
完全に後手に回った形ではあるが、全てが買われたわけでは無いはずだ。
狙いは防災用の保存食料と薬品関係。
ならばスーパーやショッピングセンターなどではなく、ドラッグストアなどの規模の小さい店舗をいくつか回るべきだ。
携帯端末を開き周辺地図を確認すれば、家の近くに店舗を2か所見つけることができた。
「計画的に使えよ。」と有り難い小言と共に預かったお金は10万円。
どれだけの食料品を購入出来るかは分からないが、十分すぎる額だ...自身の装備をこっそり購入しようだなんて思ってない...思ってないったら思ってない。チクショー。
さて、くだらない事を考えていたら出発の時間が迫ってきた。
久々の外出。ちょっぴり不安だが、たかだか買い物をするだけだ。
「やれば出来る子、頑張れ俺!!」
3年もの間、自分と外を隔ててきた扉を開き一歩踏み出せば燦々と照りつける太陽と周囲の喧騒にたじろぎ後ずさる。
引きこもりだした頃から、堅物の父は自分に頼る事をやめた。そんな父が久しぶりに自分を頼ったのだ、この程度で負けてられるか。
颯爽とマイチャリに乗り込み力いっぱいペダルを踏み込む。
-10分後。
「ぜぇぜぇぜぇ、きっついわこれ。」
先程の情熱は疲労を前に淡く砕け散り、今や自身の最大の敵は開店時間。
伊達に3年もの間怠けて生きてきたわけではないのだ。
体力は一般平均以下、筋力も一般平均以下、防御力だけは蓄えた贅肉により一般平均より上ではあるが移動速度にマイナス補正を与える残念っぷりを誇るのが引きこもりクオリティー。
果たして、主人公(笑)のはじめは両親の期待に応え食料を手にする事が出来るのか!?
ニートのダンジョン攻略は、まだ始まりを見せそうには無い。