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<悪童>参上。

別々の車に乗せられた検証班のメンバーを乗せ、どこかも分からない目的地へと運ばれて行く。


視界を奪われた状態で揺さぶられ二十分くらいだろうか、そろそろ俺の弱い三半規管に看過出来ないほどにダメージが蓄積されてきている。


「なぁ、休憩とか無いのか?」

「もう少しで着く。」


聞く耳を持たない同乗者の男に一蹴されるのも、これで四度目である。


「せめて空気の入れ換えとか」「黙ってろ」


これである。

交渉の余地も無いほどに堅物な男。


いっそのこと狭い車内空間にブチまけてやろうか、と思った頃に訪れる連続した急カーブ。


揺れた、それはもう盛大に揺れたのだ。

当然のように車酔いをしていた俺の身体も、ぐわんぐわんと揺れる。


限界が見えた状態からの激しい揺れに耐え切れず、逆流する俺の朝食。


-げろげろげろ〜


咄嗟に構えていたエチケット袋を口元へ運ぶも、車内に充満する酸っぱい臭いに同乗者の男も顔を顰めている事だろう。


ざまぁみやがれ、とやってやった気になったが自分への被害も甚大である。

今はそう、口を濯ぎたい。


「せめて飲料水とか無いの?」

「...もう少しで着く。」


酸っぱい臭いに包まれながら、車は目的地へ向けて走っていく。


その後二度ほど吐いた後、ようやく目的地へ到着する。


視界を解放され、よろよろと弱々しい足取りで車から降りれば、先に着いていた検証班のメンバーが迎えてくれる。


「ちょっ、大丈夫?」

「なははっ、ハジメは乗り物に弱いからそうなるよなっ」


ほらっ、と渡された水を受け取りひと息入れたところで施設内へと案内される。


「はぁ、散々な目に遭わされたよ。せめて空気の入れ換えくらいしてくれれば良いのに...」


そんな事を愚痴りながら、案内されるままに進んでいけば見知った顔を見つける。


「タモツ、現状に納得はしてないけど、とりあえずはご苦労さん。」

「すまないカケル、俺の力が足りないばかりに君たちを守れなかった。」


橋下タモツ、俺たち検証班のメンバーであり、捕まったリュウの解放に動いていたはずのメンバーがそこにいた。


「こうなったら以上は腹括るさ、それで?リュウはどうなったのさ」

「すまない。リュウも俺と同様にダンジョン対策本部にいるから安心してくれ。」


聞き慣れない単語に訝しげながらも、口を開くことなく付き従うようにして歩を進める。


幾分か回復した気分を再び落とすようなエレベーターの出現にげんなりしながら乗り込み、胃の持ち上がるような浮遊感をひたすら耐える。


随分と降りた後、ようやく到着したダンジョン対策本部とやらを目にしため息をつく。


おそらくだが、国家の危機に瀕した際の特別な対策室なのだろう。

見るからに頑丈そうな鉄壁に囲まれた広いフロアには、如何にもなモニターや通信機器、慌ただしく動く黒服達、そして見たこともないような武装の数々。


「タモツ、ここがダンジョン対策本部ってやつなのか?逃げ腰を見せる国家の運営する施設とは思えないほどの盛況ぶりじゃぁないの」

「からかうなカケル、彼等とて国民を守りたいと思う気持ちはあるんだ。ただ、その手段が無く今はこうして様々な検証を重ねているんだ、俺たちのようにな。」


タモツの言葉を聞きながら浮かんだのは呆れ。

何も知らずに聞いたのならば、彼等を称え応援もしたくなるが、自分達は安全な場所にいながら、国民を守る為にモンスターへの対策を考えてますと言われても呆れるしか無い。


そんな事に税金を、この広い空間を利用するくらいなら両親や行く宛てのない国民を避難させてくれた方がありがたいと考えてしまう。


「おぅ、お前らも連れて来られたのか。」


声を掛けてきた男に視線をやれば、そこにいたのはタンクトップ姿の井上リュウジ。

検証班のメンバーで、魔力切れで眠っていた間に起きたゴタゴタで捕まっていたというメンバーの一人。


「リュウ、なんだ元気そうじゃん。心配して損したぜ、一発殴らせろばかやろー。」

「悪りぃ悪りぃ、どうにかタモツに連れ出して貰えたはいいものの、直ぐにキッツイ目ぇした嬢ちゃんに連れ込まれてよ。まぁ飯はうまいし、設備も整ってるから案外悪くねぇぞ。」


どこか現状を満喫しているようなリュウの事は初対面から苦手だったが、無事だったことは素直に喜べる。


事の顛末は知らないが、動けない自分を逃す為に拘束に来た自衛官や警官相手に、一人で大立ち回りを決めたらしいのだ。


「リュウ、その一件ではお世話になりました。」

「あ?別にお前がどうこうって訳じゃねぇから感謝なんかすんなや、それよりちったぁ動けるようになったのか?子豚ちゃん」


僅かにこちらを見遣った後に告げられた言葉は想像通り過ぎて笑えてくる。

照れ隠しにも程があるだろ馬鹿野郎。


無事に検証班のメンバーが揃ったことで、少し緩んだ空気を打ち壊す、面倒くさい女の登場。


「さて、検証班の皆さんお集まりのようですし、全員こちらへ。」


促されるままに会議室のような場所で検証班のメンバーと橘林檎、そしてヨレたスーツ姿のおっさんを含めた八人でテーブルを囲む。


「皆さんにいらして頂いた理由は、これまでに得た情報の提供及びダンジョン対策本部への参加協力をする為です。もちろん個人の意見は十分に取り入れるつもりですので、ご意見のある方は遠慮無く仰って下さい。では」

「はいっ、協力出来るような事は何にも無いので全員帰っていいですか?」


早速の悪童カケルの先制ジャブに、下を向き笑いをどうにか噛み殺す。


「協力しないという選択肢を取られる以上は、守秘義務の契約書にサインをしていただき自宅に帰られて結構ですよ。」

「あ、そうなの?じゃあサインして帰らせてもらうわ、ほら早く契約書持ってきなよ。」


強気の姿勢で会話をする姿は、今も昔も変わらない。そんなカケルに交渉事は全て任せてしまい、ダンジョン対策本部の現状を把握しようと周囲に視線を巡らせる。


「...帰宅された後は監視の下、これまでのようなダンジョンへの関与は出来ませんが、よろしいのですか?」

「へ?ダンジョン法に規約されたのは、ダンジョン及びスタンピードへの干渉禁止でしょ?でも避難が完了していない現状の逃げ道として、所有財産の防衛に関しては許されてる。これからも自宅を守る為に戦うから、そんな心配しなくて大丈夫だよ?ほら、早く契約書出しなって」


まさかっ、あそこに見えるのはパイルバンカーか!?浪漫武装を堂々と持ち出すとはダンジョン対策本部、侮り難し。

それにパワードスーツっぽいのもあるじゃん!

うはっ、実は日本にもこんな映画みたいな組織があったとは知らなかった。


「ダンジョン法はあくまで目安でしかありません。こちらが決めた基準を越えた行為をされる以上は拘束する事になりますよ。素直に協力関係を築いた方が賢明なのでは?」

「わぉ、法律なんて所詮は建前でしか無いってか。それはつまり脅しって捉えてもいいのかな?誰が素直に言うこと聞くかよ。それより契約書出しなって、それとも何か?理由もなく監禁出来るほど権力があるってか?冗談じゃ無いぜ。とっとと失せなよ世間知らずのお嬢さん?なははっ」


あそこゴブリンいるじゃん。あれは、何してんだ?あれかっ、まだ武器の検証実験してんのかっ!?ユイなんて一日で見切り付けたのに、根性あるなぁ


「...こちらが契約書になります。この施設を出た後で外部に情報を洩らした場合は拘束の対象となります。それと、施設を出て自宅へ送り届けた後は高遠さんは銃刀法違反、久遠さんは毒物所持の疑いで逮捕される事になります。本当に宜しいのですか?」

「ふーん、それで?罪には罰だよね、仕方ないかな。一応聞くけど、物的証拠は出てるのかな?一緒にいる間は彼女達がそんな危険人物には見えなかったから。まさかとは思うけど...状況証拠だけでごり押そうなんて馬鹿な事考えてる?やめときなって、そんなの通用しないから。ほいっ、サインしたし出口まで送ってくれるかな?」


おお、あれってもしかしてコボルトか!?スタンピードで発生するのは別のモンスターの可能性もあるのか?という事は各ダンジョンの内部構成が違う可能性が高いってことか?


「分かりました。こちらの意向を無視して頑なに意見を曲げないお積りなら構いません。出口どころか自宅までエスコートして差し上げます。」

「わぁ、自宅まで送ってくれるの?それじゃあ、うちの所有するビルまで送ってもらえるかな?スタンピードのど真ん中辺りにあると思うけど、言質取ってるし、いいよね?」


幼女神はダンジョンの最奥で待つって言ってた以上は何処のダンジョンでもいいと思ってたけど、もしかしてハズレのダンジョンもあるのか?それとも最終到達点は同じ?


「あくまで安全が確保された各自の自宅へ、という意味です。ダンジョン対策本部に協力的な人員を無駄に危険に晒すことは出来ませんので。」

「...自宅が安全じゃない場合は?行く宛のないまま自宅で震えてスタンピードに飲まれるのを待ってろってか?スタンピードに抗えばお宅らに拘束されるらしいし?素直に死ねって言いなよ」


ダンジョン内部に関しては実際に潜って確かめる以外に方法はないか、いっそ規制の緩い海外でも探してダンジョン攻略の旅でもした方が簡単か?


「そういう訳では...こちらも避難区域の住民に関しては十分な配慮を行なっています。それにダンジョンの危険性に関していえば、一般人よりも私達の方が理解している以上、避難は優先事項として行われています。」

「じゃあ発生しているスタンピード周辺の避難の達成率はどの位なのさ、避難を行なった人達への補償は?今後のスタンピード被害の予測範囲はどのくらいなの?推測じゃなく、きちんとした根拠を持った情報で説明してくれよ。」


気がつけば目の前でえらく白熱した議論が交わされていた。

カケルの口八丁に踊らされる橘さんを憐れに思いながら、スーツ姿の男に目をやればバッチリ目が合った。


急に逸らすのも失礼かと思い、軽い会釈を交わせば向こうも友好的な感じで会釈を返してくる。


ヨレたスーツを見る限り、中間管理職の苦労人なのかな、などとどうでもいい事を考えながらカケルへ視線を向ければ、ヒステリックな橘さんの相手に飽きたのか帰り支度を始めていたので、苦笑いが溢れる。


「カケル、どんな感じに決まったの?」

「こんなバカ女相手じゃ話にならんっ、とりあえず契約書にサインして帰る。権力をチラつかせてくるようなバカに付け込まれるようなミスはしてない、ダンジョン関連の動きは親父の敷地内でしかやってない以上はダンジョン法に守られるし、銃刀法違反?毒物所持?証拠持って来いよって話だ。」


えらくお怒りの様子に、おー怖っ、と茶化しながら契約書にサインを済ませる。


ユイとメグも契約書にサインを済ませ、来た道を帰ろうとした所で、最後よっ大人しく協力しなさい!と雄叫びをあげる橘さんに憐れみの視線を向ければ、何よっ、とボールペンを投げつけられた。理不尽だ。


「...リュウとタモツはそっち側?」


先程まで沈黙を決めていたメグが口を開いたと思えば、単刀直入に検証班のメンバーである二人へ質問を投げ掛ける。


「そう、だな。元とはいえ自衛官であった以上は協力するつもりだ。」

「俺は実際に罪状あるしなっ、とりあえずは言いなりになって大人しく尻尾振ってるわ」


そう、と短い返事と共に踵を返しカケルを追うメグ。


交渉決裂か、カケルは俺の為に断ったのかな、と少し緩んだ頬をいかんいかん、と気合いを入れ直し出口へと向かっていく。


これまで以上に動き辛い環境にはなるが、カケルとならどこまでも行ける気がする。


「君たちの望みは何かな?」


橘さんの隣でずっと黙っていた、ヨレたスーツの男性がようやく動きを見せる。


「自由。」「両親の安全。」「研究施設。」「...お風呂。」


自由って答えズルくない?とカケルに言えば、これくらいの答えで丁度いいんだよ、と返され納得し、隣の悪童が悪そうな笑みを浮かべたのを見て確信する。


まだ終わってない、いやようやく本番か。


どうやら帰れるのは先になりそうだ、と覚悟を決めて、カケルの背に気合いを込める。


-パシィン。


任せとけ悪いようにはしねぇ、と座りながら呟いたカケルに行く先を委ねた。

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