疲れた身体には休息が一番です。
何事もなく拠点へと戻れば、出迎えに来たユイの熱烈な歓迎を受ける事となった。
「どーだった!?無事に試験は済ませる事が出来たの?え、どうにかレベルアップ出来たっ!?おめでとう!じゃあすぐにでもハジメの言ってたファンタジー理論の実験を行う事が出来るわね。早く研究室に行きましょ...え、疲れてる?そんな事は気合いでどうにかしなさいよ、大体疲れてるからって理由でのんびりしてる時間はハジメには無いでしょう?ならすぐさま行動すべきよ、さあ色々と話を聞かせてもらうわよ。」
有無を言わさぬユイの勢いに押され、欠伸をどうにか押し殺し、引っ張られる様にユイの研究室へと向かう事となる。
「さて、まずは正式な仲間入りおめでとう。うちも色々あって試験なんてものをする事になったんだけど、無事合格出来て良かったわ。どうぞ」
「あー、どうも。」
差し出されたインスタントコーヒーを受け取りながら、出発前にはやたらと敵対心を剥き出しにした様な態度だったにも関わらず、今は何処か最初に出会った時の様な尊敬に近い感情を感じる彼女に何処か不審者を見るような視線を向けてしまう。
「なによ?言いたいことあるなら素直に言えばいいじゃない」
「いや、特に何がとは言わないけど、変わったなって思ってさ。」
僅かに頬を赤らめながら俯向き、その、あの、と吃りながら謝罪を伝えてくる。
美人のユイにそんな姿を見せられては責める事も出来ず、なぜかこちらがたじろぐ羽目に。
(何があったら高飛車だったユイがこんなしおらしくなるんだよ...調子崩れるなぁ)
とりあえず話をしなければ先に進まない、とユイから留守にしていた間の出来事を聞くことにする。
「で、何か進展はあったの?まさか魔法が確認出来たとか?」
「え?いえ、魔法なんて確認出来てないわよ。でも、ゴブリンに魔石を与えた際にレベルアップの様な現象を確認出来たの。」
そう易々と魔法を手に入れる事は出来ない様だ。
実は拠点への帰り道でレベルアップによる恩恵を確かめていたが、どうにも分からない事が多いのだ。
「ハジメがレベルアップは魔法を使う為の肉体の変化だという話をしてたわよね、もし魔石が魔力の結晶化した物ならゴブリンのレベルアップ現象で説明がつくの」
「なるほどね、それで魔法の発現に役立ちそうな俺を攫う様にして研究室に連れ込んだわけか。」
一拍置いてユイが顔を赤らめて俯向きながら、そんな、連れ込むとかじゃ、などと呟いている姿はさらりと流して、文献-ラノベ-で得た知識の海に潜る。
ユイのおかげで魔力の存在は確認出来たが、レベルアップを経た自分には備わったはずの魔力を感じ取れない。
いや、正確には何かしらのチカラを感じはするが、魔法を発現するための方法が分からない。
考えろ俺、幼女神の与えたチカラはどんなカタチで現れるんだ。
ファンタジー、魔力、妙な特性を持ったモンスター、ドロップアイテム、魔石、レベルアップ。
モンスターの特性は何故生まれたんだ?
現代の科学技術を捨てさせるため?
なら次は何が生活を支える事になる?
レベルアップで得た魔力、魔力の結晶化した魔石が次なるエネルギーの代わりになるのか?
エネルギー?そもそもエネルギーってなんだ?
大きく考えれば、仕事を行う力の事を指すとすれば魔力はそれに代わる役割を持つ事になる?
ならどうやって魔力を利用する?
身体能力の上昇には魔力が関連しているとすれば、人は本能的に魔力を活用している事になる。
どうやって?人は無意識でも呼吸を行えるし、心臓の鼓動をいちいち意識していない。
その延長で魔力を利用出来ているのなら、意識する事でも魔法を発現することも出来るはず。
文献-ラノベ-を思い出せ、似たような物語はどのように魔法を発現していた?
描き出せ、今を変える為のチカラの形を。
「ユイ、ぶつぶつ言ってないで君の大好きな実験にいくよ」
「っな!?突然ぶつぶつ言い出したのはハジメの方じゃないっ!!邪魔しないようにと黙ってたのにそんなっ!」
ワーワーと騒がしい残念美人のユイを軽くあしらいながら思い付きを次々と試していく。
「ファイヤーボール!ファイア!トーチっ!エクスプロージョン!!」
「え?え?いきなりどうしたのよ!?」
普段なら恥ずかしくて口に出来ないような魔法名を叫びながら、次々と試していく。
隣で騒ぐユイには、黙ってろ、と視線を投げて静かにさせれば、次に挑戦する。
「我が身に巡る魔力を糧に、顕現せよ...灯火!高まる意思よ形を成せ、ファイア!古の契約に従いその力を示せ、イグニッション!」
「...じー。」
隣の残念美人の研究バカの向けてくるジト目が少しだけ心にダメージを与え始める。
挑戦する方向性が間違っている?
「なぁ、エネルギーって何?」
「エネルギー?そりゃ色々とあるでしょ。運動エネルギーだったり気力や活力だったり、資源エネルギーなんて言葉もあるし...それがどうしたの?」
ユイの言葉を反芻しながら考え直す。
運動エネルギーを魔力でカタチにする?それは今試したけど出来なかった。
「運動エネルギーなんかを形にしたらどんなのがあるんだろ。」
「んー、イメージしやすいのは台風とか?」
台風、台風か。
膨大なエネルギーを秘めた暴風。
レベルアップが足りずに魔力/エネルギーが足りていない?
「ユイ、魔石ってまだ残ってる?」
「何個かはあるけど、ゴブリンにでも使うの?」
んー、と曖昧に答えながら受け取った魔石を手の中で砕く勢いで握り締める...硬い。
「...魔石は異様に硬度があるから、握って壊すような真似はリュウでも出来ないわよ」
再び襲ってくるジト目を躱しながら、アイデアを試していく。
魔力がエネルギーなら魔石は電池のようなものなんじゃないか?
そんな考えから軽い気持ちで唱えた魔法。
「我が敵を穿ち貫け、炎槍。」
突然襲い掛かってきた脱力感に抵抗出来ず、その場で崩れ落ちるように倒れ込む。
意識を失う前に見たのは、部屋を照らす真っ赤な炎と驚愕に染まったユイの顔だった。
ニートのダンジョン攻略記、念願の魔法発現もどうにも格好の付かないハジメでした。