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より速く、鋭く。
カケルの離脱により動き出した戦場にて加速度的に上昇していく熱気に当てられる様に、心を燃やす。
足りないものはナニかで代用し、より効率的に無駄を削いでいく。
身体に纏わりつく無駄な贅肉は失われ、その身に残るのは今この瞬間に必要なだけの筋肉。
かつてリュウから学んだ八極。
拙いながらも習得した震脚、踏みしめた大地から伝わるエネルギーを無駄なく伝え金狼にぶつける。
その衝撃に金狼もたまらず吹き飛ぶが、金狼を殴りつける度にハジメの拳からも血が滴り落ちる。
(見た目に反して異様に毛皮が硬い、せめてリュウの様に上手く徹しが使えたなら勝ちの目も見えそうなもんなんだけど、無いものねだりしたところで仕方ないか。)
浅く無い怪我を負ったカケルの復帰はまだ遠く、銀狼を抑えるリュウとタモツにそれほど余裕はない。
唯一の救いはメグによる援護射撃だが、先ほどの一射以降は厚く硬い毛皮に阻まれ金狼へのダメージはそれほど見込めそうに無い。
ゆらりと立ち上がる金狼を視界に収めながら反動に備えてどっしりと構える。
次の瞬間、一気に加速。
噴き上がる爆炎の軌跡を辿れば、ハジメと金狼を綺麗に結び、そして金狼が弾けるように吹き飛び不可視の壁へと激突する。
戦いが始まり何度も行われたこの行為も徐々にハジメの速度域に慣れ始めた金狼により均衡が崩れようとしていた。
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ハジメが直接戦闘に出張る影響は銀狼と対峙するタモツたちにも出始めていた。
ケセラセラの強化支援の低下による純粋な戦闘能力の低下。
これにより前線にて均衡を保っていたタモツが苦し気な表情を浮かべながら銀狼を押しとどめるも、じりじりと押し込まれ始める
せいっ、と小気味のいい掛け声とともに放たれた一撃が銀狼に突き刺されば、先程の連撃を警戒して引き下がる銀狼。
だが、いつまでも騙していられるほどに甘い敵ではなく、徐々に銀狼の攻撃は苛烈さをましていく。
「踏ん張れよ、ここでお前が崩れたら後がねぇ。」
すでにユイによる支援を切らしているリュウがやや痛めた拳をほぐしながらタモツへと檄を飛ばし、自身も銀狼へと突貫しその拳をぶつける。
リュウの戦いの真髄は適正である衝撃魔法とこれまで学んできた武術を組みわせた、名付けるなら魔闘術である。
カケルやハジメのように派手さはないが、どんな体勢、どんな状況下でも体の中で練り上げた魔力を拳に乗せることで常に全力以上の威力をもった一撃を放てる。
そんな攻撃を幾度となく受けても未だ衰えを見せない銀狼のタフさは流石は階層主だと、思いながら、その鋭い爪を掻い潜りさらに一撃。
躱しきれなかった爪撃により頬に滲む血を乱暴に指で払い、リュウもまた加速する。
二度と後悔せぬよう強くその拳に力を込めて。
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「ふぁああ、暇じゃの。しばらく菓子も食べておらぬし、ハジメでも呼び出して貢物を持ってこさせるとするか。」
見るからに退屈ですと言わんばかりにぐてーとしていた猿神が、突如思い立ったがの如く立ち上がり神託を使いハジメを使いっ走りにしようと目論んでいた今日この頃。
この猿神、なかなかにゲスである。
さてさて、どれがいいかのぉ、等と呟きながら以前入手した(ユイに貰った)焼き菓子の目録を覗きいくつか目星をつけていく・・・大量に目星を付けていく。
何だかんだで菓子の総額が諭吉三人を超えたあたりで神域への侵入者に気が付く。
「なんじゃお主か、今はちと忙しくてな。下らん雑談をする気はないぞ?」
「あら釣れないわね、折角このご時世入手困難な老舗の菓子をに手土産に持ってきたというのに残念だわ。」
そこからは速い。
一瞬のうちに用意された卓袱台と湯飲み、柔らかく漂う湯気の向こうには菓子の包みを見つめる猿神の姿。
「退屈しておったところじゃ、大して持て成しはできんがまぁ座るといい。」
「せめて目を見て言いなさいよ、目を見て。」
早速お菓子に手を付ける猿神に飽きれながら来訪者は告げる。
「世界樹の根が張り巡り終えたわ、顕現できた貴女には伝えておこうかと思ってね。」
「随分と早くはないかのぅ?期限はまだまだ先じゃろ?」
ずずず、とお茶を啜りながら怪訝そうな視線をやれば来訪者は苦い笑いを零す。
「思った以上に人類が残念だったのよ。いまだ活動してる国は数か所だけだし、それも次の氾濫辺りでで落ちるでしょ?そのせいか根の張る速度が予想の何倍も早くてね。」
「全世界を騙すとはお主相当に悪女よな。」
「仕方ないじゃない、彼らの頑張りが足りないのよ。」
最近の子は駄目ね、等と呟き菓子を口に運ぶ来訪者と猿神。
神々のため息に押されるように世界もまた加速を続ける。
世界の崩壊まで残り僅か。