狂気、鋼の意志、旅の終わり。
階層境界を抜け、踏み込んだ先に待っていたのは金と銀。
「ワーウルフ共の親玉が少し大きいだけの金ピカ狼とは思えねぇ、気抜くなよ。」
緩慢な動きで首を擡げる金狼と目が合った瞬間に強烈な悪寒。
「避っ「六地蔵っ!!」
ビシリ、と何かが砕ける音が響くが、金狼が放ったであろう衝撃波が盾より後ろに届く事は無い。
「ケ・セラ・セラ。」
「レピィおいで、アスクレピオス。」
「...フェイルノート起動。」
「守護六天地蔵。」
「蛇装-纏式-」
「ん?あー、そういや聖剣に名前付けてなかったな。」
ギルドメンバーにケセラセラとアスクレピオスのバフが掛かり、不屈の英雄となる。
紫電を纏うカケルが駆け出した次の瞬間には金狼と激突。
身体能力、魔力、感性、鍛え上げたそれらを更にケセラセラに底上げされ、まさしく英雄と呼べる状態のカケルに真っ正面からぶつかる金狼が僅かに後退りする。
そのまま押し込み、超高速の戦闘の中で金狼に幾度か聖剣を叩き込むが、ワーウルフ同様に硬い毛皮に苦戦させられる。
「くそ硬いが全く通らない訳じゃあ無さそうだな。」
カシャリと聖剣を構え直しながら距離の開いた現状に独りごちる。
銀狼の方も同様に、盾を構えたタモツが六地蔵を巧く使って銀狼を抑え、隙あらばリュウの一撃が銀狼を削る。
幾つか散らばっている先端の折れた矢は、ユイの的確な援護射撃の跡なのだろう。
矢は刺さらずとも衝撃は殺しきれない。
いかに階層主と言えども自由に動けず、身体の内側に響く攻撃を受け続けるのは嫌だったのか、今は金狼同様に距離を置いてタモツとリュウを睨みつけている。
(戦いの滑り出しは悪くない。俺も早めに復帰してどちらかを倒せれば...)
失った魔力の回復を早める為にと、戦闘中とは思えぬ楽な姿勢で戦いを眺めるハジメの手に握られた魔石がまた一つ砕ける。
ケセラセラ発動に使用した魔力は九割前後。
まだ三割程度までしか回復出来ていない魔力に歯痒い思いをしながらも、今はただ静かに待つ。
敵に脅威だと思われぬ様、一切の殺気も覇気も発する事なく、ただ戦いを眺める。
ただ、静かにその牙を研ぎ澄ます。
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金狼を相手に孤軍奮闘するカケルの強みは速さ。
単純な速度だけでなく、超高速にありながらも雷の特性を活かした魔法かカケルの特異性か、普段通り、いや、それ以上のトリッキーさを見せ相手を翻弄するその戦闘スタイルは、金狼にその牙を届かせない。
「なははっ、どうした犬っころ。楽しい楽しい散歩の時間だぞっと!」
金狼の回避に対して一撃叩き込む。
金狼の一撃に対して二撃叩き込む。
金狼の必殺に対して三撃叩き込む。
「なははっ、もっとだ!もっとアゲてくぞ犬っころぉおおお!!」
カケルは止まらない、止まれない。
加速した思考と速度は更に先を目指す。
零れ落ちる涎に気が付かず、黒に染まる狂気にも似たその姿、まさに修羅のそれ。
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銀狼を抑え込む三人の中で最も際立って活躍するのは大盾を構えたタモツ。
土魔法と独自で編み出した六地蔵と呼ぶ魔法を駆使して強烈な攻撃を巧く捌き、銀狼の隙を生み出す。
そこに突き刺さるのは蛇を纏った巨漢の殺意。
目視出来るほどの衝撃波が銀狼の身体を打ち抜く様はまるで巨人の一撃ほどの迫力。
吹き飛ばされ宙を舞う隙だらけの銀狼を地面に縫い付けんとばかりに、幾つもの煌きが銀狼に襲い掛かる。
運良く毛皮の厚い部分で受けた矢は銀狼を貫く事は無かったが、何度か繰り返されたその光景は深くは無くとも銀狼の体に傷を増やしていく。
少しずつ動きが鈍くなっていく銀狼を相手取るタモツの動きは時間と共に洗練されていく。
「道を狭めて押し潰せ宝珠、除蓋障。」
タモツの呟きにも似た静かな指示を聞いた二体の地蔵が銀狼に向け動き出す。
迫る銀狼のルートをタモツの指示通りに狭めて、そのまま押し潰さんとする。
階層主である銀狼もそう易々と潰されてはくれないが、それすらもタモツの計算通り。
限定されたルートを辿って迫る銀狼などタモツからすれば直進しか知らぬ猪と変わらない。
容易く銀狼を弾き返す。
そこに突き刺さるのは双蛇の一閃。
英雄を英雄足らしめたのは確かにハジメのケセラセラがきっかけではあるが、それを支えるのはどこまでも強い意志。
意志を乗せた一撃は重い。
致命とはいかずとも銀狼の口からは金の粒子が溢れ、追撃を受けその四肢からも金の粒子が溢れ出す。
戦いは未だ序盤。
だが、出だしは好調であった。
戦いは続く。