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ぼんやりと覚醒していく意識の先で聞こえてくる喧騒の中、なんとも言えない酩酊感に僅かばかりの吐き気を催す。
うっ、と零れた呻き声に枕元に控えていたであろう人物が動きを見せる。
「...ユイ。水が欲し...ぃ?」
どこか違和感。
まず間違いなくそこにいる人物のシルエットはユイなのだが、これほど無茶したというにも関わらず、怒鳴りもせず、叱りもせず、泣きもせず、嘆きもしない。
(まず有り得ない。)
ユイに対しての圧倒的な信頼といえば聞こえはいいが、二人の在り方を知らぬ者からすればなんとも言えぬ微妙な判断方法である。
未だぼんやりとしている頭をどうにか稼働させ、自分が現在置かれている状況を再確認する。
(確か、39階層で三体のワーウルフと戦闘してて)
『馬鹿みたいに魔力を使って絶賛昏睡状態じゃよ。全く、階層主を前に全力を出し切ってしまうとは愚かとしか言いようがないの。』
先程まではユイそっくりのシルエットが、朧げに揺れたかと思うと徐々にカタチを成していく。
「猿神様...なんで貴女がここに?いや、違う。ここは一体どこですか?俺は一体どうなったんです?」
意識が一気に醒める。
湧き上がる疑問と溢れ出す不安に心が圧迫され息苦しく感じ、最悪を想像した頭が割れそうなほどに警笛を鳴らす。
『そう焦るでない。お主はまだ死んではおらんし、仲間達も欠ける事なく階層境界まで辿り着いておるわ...大体、厳しい戦いが起こる度に意識を無くしては介抱され、更に厳しい戦いになると堕ちるお主が1番心配されとる事を自覚せんか。』
「す、すみません。」
呆れた様に少しばかり棘のある言葉に吃りながらも、先程よりも落ち着きを取り戻す事ができ、一旦深呼吸を挟めば感じる自らの鼓動に深く息を吐き出す。
『疑問に思っておるだろうから説明をするが、分かりやすく言うならば、ここはお主の夢の中じゃ。』
「夢、ですか?」
『そう夢じゃ。身体の傷は既に治っておる様じゃが、ある程度まで魔力が回復するまでは意識は戻らん様じゃし、それならば妾が話し相手にでもなってやろうかの、とわざわざ足を運んだ次第じゃ。』
ふふん、と腕を組み堂々と立ち振る舞う猿神の姿に内心苦笑いを零しながら、どこか嬉しく思う自分がいる。
この感情は眷属としての部分がそうさせているのか、純粋に猿神様のことを好ましく思っているからか、浮かんでは沈んでいく思考の海に答えは見つからず溜息を零す。
『なんじゃ、せっかく妾が来てやったと言うのに溜息とは、随分な眷属もおったものよ。おお、そういえば!餓鬼に堕ちた際にも手を貸したにも関わらず碌に挨拶にも来ん眷属がおるんじゃが、心当たりはあるかの?この辺りでいっぺん締めておかねばならんと思ってなっ!』
ぷりぷり、と怒りを散らす猿神の言うことは至極当然であり、対価を支払ったとはいえ神である猿神に挨拶も無しにダンジョン攻略を再開させた事はハジメ自身申し訳無く思っていた為、すぐさまご機嫌取りに走れば、何処から情報を仕入れてきたのやら、幾つかのお菓子を希望した為にどうにか神罰を逃れる事が出来た。
「40階層の主を討伐した暁には、ご希望のお菓子と魔力の奉納を行いますので、どうか不出来な眷属である私にご慈悲をー!」
『うむ。きちんと理解しておるのであれば妾としても何ら異存はない。おかs...ゴホンッ、魔力の奉納を行う為にも40階層ではお主の持てる力を十全に発揮し困難を乗り越えるが良い。』
神との対話にしては、どこか気の抜けた雰囲気ではあったが、お陰で緊張も解す事が出来た為、わざわざ足を運んでくれた猿神様に改めて感謝の意を込めて深くお辞儀をすれば、別れの時間。
『餓鬼に堕ちた事、計らずも大鬼を取り込んだ事、他にも様々な事柄が絡み合い、紡がれ、形を成した事でお主はチカラを増しておる。だが、お主は未だ只人でしかない、あまり無茶ばかりするでないぞ。では、またの。』
「わざわざ足を運んで頂き、有難うございます。次にお会いする時には、今よりも自分を誇れる様になっておきます。では行ってきます。」
深くお辞儀をした後、瞳を閉じてグッと力を込める。
目を開いた時に飛び込んできたのは、心配そうにこちらを覗き込むユイの姿だった。
「おはようユイ。」
「散々心配掛けさせといて、寝坊助さんは随分といい夢を見てたみたいで安心しました。」
「あはは、ごめんよ。夢の中で猿神様に逢ったよ。今度お菓子を持って挨拶に来いって言われたよ、付いて来てくれるかい?」
「はぁ、なかなか起きないと思ったら何してるんだか。ハジメを一人にしてるとどんな大怪我して帰ってくるか分かったもんじゃないから、当然付いて行くわ。」
あははー、と苦笑いを返事代わりに返しつつ、凝り固まった身体を解しながら次を思う。
視界の先には40階層への境界。
女神の大魔石獲得のための最後にしては最大の強敵がこの先に待ち受ける。
-ぐ〜
「...とりあえず、腹が減ってはナントやらって言うしユイ〜ご飯頂戴〜。」
続く。