第八話 犯人は、お前や
叫びたくなる気持ちを必死で抑え、緩む口元をなるべく閉じて、俺はなるべく唇の左右の端を落とさないように釣り上げて立ち上がった。
誰かが息を呑む声が聞こえた。
「ま、ままま、まあ……ルールはルールだし、とりあえずちらっとするくらいで、いいんじゃないか?」
「あかん、また童貞くんがテンパってもうたで」
俺はわざと空中で蚊を追い払う仕草でフラッペに掌底を食らわせてやろうとしたが、もちろんあいつは小生意気にもそれをさらりとかわしやがった。
「そうですね……それじゃお願いします」
マリミンは観念したように俺のそばまでくると、みんなに背を向ける形で恥ずかしそうな顔をしながら、自分の上着の裾を持ち上げて、俺に差し出した。
小さなおへそが覗いている。いやそんだけめくって、俺にさらにめくらせようと?
「恥ずかしいから、一気にお願いします。それと一瞬だけですよ?」
そう言われて俺は鼻血を噴き出したい衝動を堪えながら、言われるまま従順に、素直に、大人しくマリミンの上着の裾を手に取った。
ただでさえ薄い布地を握る距離にいると、彼女の細い首筋から、なだらかに盛り上がった胸元のラインがいやでも目について仕方ない。
俺の指先はガクガクと震えていた。何故かまだムーっとしているリオンと、はらはらしているヒロの顔が背後に見える。
一人指を咥えて、自分もして欲しそうにしているのもいるが。
「ええい、ままよ!」
俺は一瞬だけのつもりで、くんと指を持ち上げてマリミンの肌着のような薄い上着をめくりあげた。
はっきり見える二つの胸の膨らみと、その頭頂部の色づく形……。
「あ、今日ブラしてなかった」
改めて言うが、この国にはこの国の言葉もあるが、情緒が足りないと思った時は意図的に自動翻訳機能を働かせる。
この場合も余計な説明はいらないだろう。
そして俺は、その場に血みどろ殺人事件の死体のように転がっていた。
駄目だ、童貞にこれは刺激が強すぎる。
「あーら、ぼうやねえ。でも、私に少しは感謝しなさいよ?」
うむ……まあいいだろう。多少感謝くらいはしてやろう。とりあえず音声くらいはクリアに聞こえるように補正してやってもいいぞ。
俺は血まみれになった鼻を紙布で押さえながら、なんとか戦列に復帰した。
こんな役得を逃すわけにもいくまい。
ではヒロくん、次にいこうか。
「ぼろぼろなってんのにまだやりたがるか。執念やな」
誰のためだと思ってるんだ。羽毛布団に練り込んでやろうかこいつめ。
「王様だーれだ」
「一番が三番にケレンテ」
「こんだけあったあとでまた俺か! しかもなんだそのいやすぎる攻撃。三番が女の子だったらただのセクハラじゃないか。というかユナは俺を標的にしてないか」
「どうやって?」
「う……」
「ごめんね、これも王様の命令だから、えい」
「グガッ!!??」
カクホウタルアキヤー!
「なんとか神話で事実知って発狂した時みたいな叫びやな」
ち、ちなみにケレンテは金的の……ことだ。
死ぬ。
俺はその場に突っ伏して、瀕死の状態でピクピクと全身を震わせた。
今にもベ○ータにとどめを刺されそうな状態である。なにも考えられない。
「楽しいねえ大王様ゲームって。これヒロとタカシが考えたの?」
リオンが無邪気に聞いている。それに困惑の顔を見せるヒロ。
「え? これってリオンの国のゲームだってタカシから聞いたけど、知らないの?」
「全然。おばあちゃんにも聞いたことないよ」
あ、あが……しまった。こんな場面で嘘がばれるとは。
だがダメージが大きすぎて俺は行動不能で、この場をごまかすこともできない。
「あら、じゃあこのゲームの発案は誰なの?」
「さあ、ぼくはタカシから聞いただけで」
「考えたにーちゃんだけがぼろぼろになってるとは、なんとも哀れな結果だねぇ」
「自業自得」
「でもちょっと可哀想な気がします。ここまで不幸が重なることって中々ないですよね。それに王様がこうも同じ人に集中することもないです」
「ユナ隊長の引きのよさはちょっとすごいよね」
俺は崩れ落ちた砂の上に両手をつくと、少しずつ顔を上げて不敵に笑った。そうだ、今俺は笑っている。
やはり、予感は的中したようだ。
こうやってレクリエーションにごまかして隙を見せれば、必ず尻尾を出すと思っていたんだ。
「ふ、ふふ……ふぅ、ひいひいふぅ」
俺はゆっくり立ち上がると、まるでテンカウント寸前で立ち上がって、ゆらゆらと揺れながら構えを取るボクサーのように、両足をしっかりと地面に着けた。
立ってんだからさっさとカウントを止めろよ、レフェリー……ふふふ。
そして顔にたっぷりとついた砂を片手で大きく払いのけ、余裕の笑みをさらに深めていく。
「それは妊婦のいきみ方や」
フラッペの嘲笑の声さえ、今は俺の中で勝利のファンファーレに変わる。
毎回発売時期になると、ゲームショップで永久リピートになる勇ましいあのテーマ曲。今はあの曲もみな懐かしいぜ。今のBGMは間違いなくあれだ。
俺はもう一度髪についた砂を払うように華麗にポーズを取ると、視線を下げて視界からわざとその敵を除外した。
「謎は全て解けた。もう一度言う、謎は全て解けた」
溜めて溜めて、ここで一気に解放だ。
「この一連の不可解な事件の謎を解く、正義の名探偵ティクシー様の名推理がお前に狙いを絞っていたなど、思いもしなかっただろう。だが俺は知っている。天が知る地が知る、人が知る……」
続きなんだっけな、忘れてしまった。
微妙な空白が空いてしまったが、まあいい。俺はきっと目線を上げて聴衆を見渡す。
犯人をいぶり出すチャンスは今しかない。
「この中に一人、知るはずのない情報を知るものがいる。そう、ただ一人の転生体、……犯人は、お前やー!!」
ふっ、決まったぜ俺。
って決まってねえよ。思わず噛んじまった。これじゃコ○ンのつもりが嘉○○夫だよ!
しかも俺は、いきなり視線を上げたものだから、思わず差すはずの相手を外して、自分の中ではとっくにブラックアウトしていたある場所に指を向けていた。
周囲の空気が「は?」と寒い。
「一体なにを言ってるのかしらねえ、この人。私が転生前の記憶を持っているなんて、どこに証拠があるって言うのよ」
ピキーン。張りつめた弦が激しく高い音を掻き鳴らす音が、俺には聞こえた。
恐らくフラッペにもそうだったのだろう。ユナも厳しい顔をしている。いやお前は関係ないだろう。
俺はすかさずもう一度指をぐんと突き出して、どこかの弁護士のように確固たる声で叫んでいた。
「お前やー!!!!」
「し、しまったぁぁァァ!!!!!!」
周囲は俺たちの会話を唖然として見守っている。なにが起こったかさっぱりわからない、そんな顔だ。
そりゃあそうだろう、転生なんて言葉を聞いて、すぐにピンと来る奴なんていない。転生体以外は!
「だが……マヌケはみつかったようだな!」
「くっ、こちらの正体を知らないと思って泳がせておいたのが仇になったようね。だけど、残念ね色男の童貞さん。貴方のことはとっくにお見通し、情報は全てもらったわよ。もし私がここで死んでも、私の組織は、貴方のことを……」
「ああ、その組織やったらもう、うちの手のもんがしばき倒してるで」
「なんですって!?」
フラッペは胸を張って威張り散らすと、観念せいとばかりに、俺より頭二つほど上に昇って、オカマ男を見下す。
どうやら現状フラッペの姿はカマ男にも見えているようだ。どういう原理だよ全く。
ステルスモードを解除した割には、俺とカマ男以外にはフラッペは見えていないようだし。
「その時間稼ぎのために泳がせておいたんや。わざとタカシをうろうろさせることで、あんたに余裕かまさせたんも計算のうち。その間に別働隊がしっかり作戦を成功させてる。どや、うちらもやるやろ」
一人で誇っているフラッペを、相当ダメージを受けているのか愕然と見上げるオカマ。きいっとハンカチを噛む時の顔をしている。
しかしこいつは俺と遊びながら、一体裏でなにをどう工作していたんだか。
最初から言うこと全てが嘘だらけで、まるで信用できんぞ。
というかこの場合、別働隊のオトリ役は俺のほうだよな。なんたる仕打ちか。
さんざん戦争している裏でいきなり和平派が湧いて出て、いきなり最後主人公なんの関係もなしに終戦したアニメを思い出さざるを得ない。
フラッペの声は俺とオカマ以外には聞こえていないので、会話が繋がらなくなった周囲は、困惑してお互いに顔を見合い始めていた。
ここは俺がさっさとまとめてやらんとな。
「最後に一つだけ聞いておきたい、カマ男くんよ」
「私はオノノって言ったでしょうが。覚えなさいよ、どうせあんただって前世はブ男のくせにっ!」
「ではオーノーノさんよ、あんた、前世は女だったのかい? 美人だった?」
「そりゃもう、美魔女と噂されるくらいの美人だったわよ。それがなんでこんな筋肉臭い男なんかに……」
「あ、もういい。年増に用はないから」
「し、しどいわ。あんただって同じような年齢じゃない!」
「ふっ、嫉妬は醜いぜオールドレディ、それじゃ……」
「そろそろおしおきといこか」
俺とフラッペは、初めて気が合ったようにぱきぱきと指を鳴らしながら、その元おば、もとい転生体に近づいていった。
「もしかしてオラオラですかー!?」
「イエスイエス! お前の行く先は因果地平の彼方だ!」
俺はその手をかざしてカマ男に向けた。
「我が力は絶えざる光。力の源は黄金の珠、猛る生命の風向きを、歪めて示せ我が前に。悪なるものに正義の鉄槌を」
俺の長い詠唱はばっちりと決まり、その言葉とともに男に変化が現れる。
それはこれまで俺を散々陰に陽に苦しめたカマ男にとって、最も苦しみを与える一撃となるであろう。
「!!?? ひぃぃぃ!! なによこれ、ヒゲが、ヒゲがぁぁぁァァ!!!!」
うるさいほどの悲鳴を上げる男の顔から、びっしりとヒゲが伸び生えていく。それも随分と汚らしいヒゲだ。
「お前の発毛能力を歪めて顔に増幅集中させた。今のお前の顔は金の玉と同じよ。この俺をここまで苦しめた報い、その身を持って償うがいい! よし、ではとどめを刺してやれ、フラッペ」
「命令すんなや、まあええわ。ほな、いくでー」
フラッペは背中を向けて逃げようとするカマ男に、おもむろにその体では支えきれないほどの巨大ハンマーを取り出し、そしてそれを振り下ろした。
「光になれよ……」
黄金の輝きの中で、今はおっさんになったババアが消えていく。いや、一度分解されて再び構成され直したというのが正しいらしい。
気を失ったおっさんは気がつくと、周囲をきょろきょろと見回してから、自分がなにをしていたのか、全く思い出せないまま首を振っていた。
「おい、どうなってんだフラッペ。こいつ大丈夫なのか?」
俺は小声でフラッペに話しかける。
もちろんフラッペの正体がばれることを気にしてではない。俺がひとりごとを言う、変な人に見られないためである。
「大丈夫や、中の人はもう強制送還されて、ここにおるんは正真正銘オノノというこの世界の男や。今後不自然に疑われることもないやろ。うちの姿も声も、もう二度と感じられんはずや」
「ならいい」
きょとんとしたまま俺たちのやり取りを見守っていたほかのメンツが、なんとも言えない視線を向けるので、俺はやっとそちらに振り向いた。
頼むから、その本当におかしくなった人を見るような目で見るのはやめてくれ。辛い記憶がまた掘り起こされる。
俺には俺の何故そうしたかという理由がちゃんとあるのに、いくら説明しても「なに言ってるんだこのおっさん」と視線で言われ、相互理解も放棄されて「ただの奇人」として脳内情報にインプットされ、そしてそのあとなにをしていても「おじちゃんなにしているの?」「しっ見るんじゃありません!」な母子のように汚れたものの扱いを受けるのは、今の俺には耐えられない。
理解力がないのはそっちなのに、何故真実に正直に生きている俺が変人扱いを受けるんだ。
おかしいだろう、この感じなくてもいいはずの悔しさ。なあそうだろう?
俺は本当は嫌だが、すかさずオノノのおっさんの手を取り、その手を掲げて聴衆に挨拶したあと、深々と頭を下げて街角の芸人のように挨拶した。
「変態一座二人の余興でした」
ジャストタイミングでユナがそんなフォローをしてくれたので、ほかのメンバーも困惑を七割超顔に出しながらも、なんとか納得してくれたようだ。
俺は素早くおっさんの妙に暖かい手を離して席に戻る。
おっさんはこの中で一番不可解な顔をしながらも、やはり大人しく席に戻った。
思えばこのおっさん、これまで中の人のばあさんに操られて生きてきた人生を、ほぼそのまま自分の業として受け入れて再構成された、全くの別人なんだよな。
年齢は二十代後半くらいだろうが、言うならばこのおっさんは、いきなり他人が歩んできた二十年以上の人生を、丸ごと押しつけられてしまった赤子と同じじゃないんだろうか。
俺とは全く逆の人生観と経験。それはそれで悲劇な気がするな。
そして俺の中にも、ずっと眠っている別の誰かがいるのだろうか。
「あんたにしては随分難しいことを考えたもんやな。確かにそういう考え方もできんことはない。でもちゃうで」
フラッペは少し遠い目をして語りだした。俺はいつも通り行動だけは周囲に合わせながら、黙ってそれを聞いた。
「ほんまは転生して過去の記憶を受け継ぐなんて、死にとうない人間や、自分の大事な人に死んでほしない人間が見る、ささやかな夢でしかないんや。せやけど今のこの世界では、そのちっぽけでささいな願いがなんでか現実になってもうとる。それを否定してまうだけの力は、管理者たるうちらにもないんや。この世界で一番強いんは人の願いやからな」
俺はフラッペの呟きにも似た説明を聞きながら、脳内ではピンク色の主人公が交通事故にあうアニメを思い出していた。
今の状況は、空のほうもだが、どちらかというと海のラストに似ている気がする。
ということは、その願いがある限り、俺も死ぬことはないのだ。多分、きっと。
「せやけど時空の順応、修復させる力は大きい。このおっさんも自分の生き方に疑問を感じたり、後悔するようなことはない。多分今回のようなことがなくても、やっぱりこのおっさんはこういう人生を歩んどったんや。せやからタカシがそれを気に病むことはないで。せやけどその気持ちは大事にしいや。その気持ちがあんたにある限り、うちもタカシをどうこうしよとは思わん」
俺はフラッペにだけ首を縦に振って頷くと、人知れず目尻を下げていた。
つまり俺のハーレム計画を阻むものは、今のところないということだ。そうだよな?
……計画通り!
え、違わないよな俺の考えていること。
「……食事を続けよう。なにはともあれかんぱーい」
俺はヴァジュルーヌの杯を手に取ると、何度目かの乾杯を繰り出した。
周囲もそれに倣い、自分のグラスを掲げる。
グラスを空けると、刺激の強い香りが鼻をつく。お子様にはまだ早い、鼻の奥がキュッとくる刺激だ。
俺はなんとなく梅干しを思い出していた。
だがそんなヴァジュルーヌを一番口にしているのは、一番お子様であるはずのユナの奴だ。
アルコールは入っていないので問題はないのだが、こいつの健啖ぶりには周囲も舌を巻いている。
先程から料理の減り具合も、ユナが一番早い。
「いっぱい食べて大きくなるんだよ」
リオンが両肘を突いたポーズでしみじみと言うが、そのポーズをその胸でやるのは中々反則技である。
「これ以上大きくなりそうもないけどな」
俺が言った軽口の意味を理解しているのかいないのか、ものの二秒もたたないうちに、ユナの手が俺の頬のすぐ横で光った。
「アホやなあ」
フラッペの言葉よりも先に、口内に走る痛み。
「も、もうこぶはやめて!」
俺の悲鳴も虚しく、また俺は慣れ親しんだ激しい痛みに襲われることになった。
せっかくこんなに働いてシリアスに決めたのに、軽口一つでこんな制裁かよ!




