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第四話 女といったら怖い、怖いといったらユナ隊長、ユナ隊長といったら……

 すっかり気落ちした俺に、フラッペが足蹴りをくれる。

「こんなことで落ち込んどる場合か。しゃんとせえやしゃんと。まだ確かめなあかんターゲットはおるねんで」

ええいうるさいわ。俺のハーレム計画にあんな×△○はいらねえよ!

なに言うとんねんこいつは……というあからさまに軽蔑する視線のあと、フラッペは肩を竦めふっと横を向いて、さらに侮蔑の表情を見せた。

「なんでやねん、ハーレム要員になってもええ言うとったやんかあの娘。なにが不満やねん。あんたが金稼ぐだけで、夫人の一人に収まる言うててんで」


ん……? そういえばそうか。

別に金持ちなら誰でもいいと言ったわけではないしな。

まずは第一キープとして、俺のハーレム計画の第一歩は記せたわけか。

「テンパって状況見えとらへんかったな。そんな調子でほんまにハーレム作り成功させる気ぃなんか。まともに女の子と話もできてへんやん」

「ふっ、俺はまだ若い。今の俺は、既に確定した未来に進むために、最後のハードルをクリアしている段階なのさ」

キラッと自分の白い歯が輝くのが、俺に見えるわけはないが、自分の中にそのビジョンが浮かぶ。うむ、いい男だ。

そうだな、金に簡単に転ぶ移り気で危なっかしい女の子だって、俺の美貌と金で繋ぎ止めれば、それは俺だけの女ということになるのだ。

なにも間違いはない。俺は大人だなあ。

「その未来のためにも、はよ転生体見つけてや。それできなんだら未来もぱーやで」

「わかっとる。次のターゲットはエンダだな」

「その前にあの幼なじみ片づけといたほうがええんとちゃうか? なんやったかな、ヒロシくんとかいうの」

「ヒロだよ。あいつはハンカチくわえねーよ」

「くわえるんはあんたのほうやろ」


 そして俺はヒロを誘って水浴びをすることにした。

だがここは腐ったお友達を喜ばせるだけなので、大きく割愛しよう。

作戦自体は思った以上にうまくいった。さすが俺である。

特別に音声だけで内容をお伝えすることにする。



「砂漠暮らしも慣れてきたけど、やっぱり水の確保は面倒で大変だね。早くお湯に浸かりたいよ」

「ん、んむ……そうだな。というかヒロ。また言葉が優しくなっているぞ。ついでに言うなら、背中綺麗だな……」

「うんまあ、タカシくんしかいないしね。無理して男っぽく振る舞うのも、それはそれで結構疲れるもんなんだよ。あ、なにするの……?」

「いやまあ、男らしくなるようにちょっと傷でもつけてやろうかと」

「なんだよくすぐったいよー。ははは、ちょ、それ、あ……や、やめてよ……あぁ」



「予想以上にエロかったな、天使の水浴びは。覗き見しとる娘も結構おったで」

なに? あの恥ずかしいじゃれあいを見られていたというのか!?

「あんたほんまにぶいなー。それなかったら、もうちょっと二枚目路線もいけたんやろけど。骨の髄までブサイク時代が染みついとんねんな」

やかましいわあほんだら。

「へたくそな関西弁使うなや。それより、ユナも覗きに来とったで」

ん……? ほんとかそれ。


 俺は少し考えた。

もう残りの可能性はリオンとエンダとユナしかない。

しかしやはり本命はユナだろう。そのユナが覗いていたというのは、これはどう解釈すべきか。

もしかしなくても、かなりやばいんじゃないのか。

「転生体の背中に指文字を書くと文字が浮かび上がるという見分け方、知られたってことはないだろうな」

「どやろな、でも可能性はあんで。あの娘ぉの目は、なんか時々鋭くて気になるんや」

マリミとの間に割って入ったことも考え合わせると、やはりユナの行動は怪しい。

だが逆転する方法が俺には思い浮かばない。

あのきっつい女が黙って俺に背中を見せる可能性など、前世時代の俺がナンパに成功するより難しいぞ……。

もうこうなったら、エンダが本命である可能性に賭けるしかなくなってきたような気がする。

となれば、やはりここはあいつに見つからないように……。


「キモい」

俺が美しい尊顔を悩ましげに歪ませていると、すぐそばで最大の天敵がいきなり声を発した。

「おおう!? これはユナ先輩、いかがなされましたか」

俺は精一杯取り繕って畏まって見せたが、しかし彼女の目は、荒みきった親が俺を犬畜生のように見るときのそれによく似ていた。

「ちょっと話があって来た」

「はい、それはもうなんなりと……」

ってこれじゃただの媚びへつらいだ。

染みついた奴隷根性をいい加減洗い流せ、俺。

この世界には働かない俺に渋々親子の情だけでお小遣いをくれるスポンサーはいないし、もうそんな必要もないんだぞ。

ふっ、と決めポーズを取りながら気を取り直す俺は、できるだけ心を静めて、冷静な俺を演出してみせる。

そうだこの調子だ俺。例え先輩だろうと、年下のこいつに媚びることはない。

「で、なんの御用ですかスモールレディ」

スモールレディというのは、成績優秀で最年少魔法師団員となったユナの尊称かつ通称である。


彼女の入団が決まった時、それはもう周囲は大騒ぎだったものだ。

俺は涼しい顔でそれを受け止めていたが、やはり悔しくもあった。

だが今は自分を偽らなければ、あっさり潰されてしまいかねない。

案の定優秀すぎたユナは、随分疎外されて辛い思いもしたそうだ。

もちろん噂に聞いた程度で、彼女の口からそんな話を聞いたわけではないが。

というかこの女がそんな可愛いことを言うところを、一度でいいから見てみたいものだ。

全く想像ができないし、俺が相手となると、さらにこいつは態度を硬化させそうだが。


「貴方は一体なにを隠している」

……は?

なんだこれは。

もしかして探りを入れてきたのだろうか?

言いながら俺から視線を外したユナの顔が、何故かフラッペのほうを向く。


おい、お前見えてんじゃないだろうな。


その俺の小声には答えず、フラッペがふわりふわりとその辺を舞ってみせる。その動きを視線が追っている……ようにも見える。

だとしたら……どうなるんだ?

どうもならない気はしなくもないが、いやだとすると、変な妖精を連れている俺が、転生体であることがばれてしまうんじゃないか。

しかしその推理が成り立つということは、フラッペが見えているユナもまた、転生体であるという証明になる気がする。

これは先に白状させたほうが勝ちの、ミエミエのゲームか。フラッペの奴の言うとおりになってきたのか。

ならば俺が先手を打つ。

「一つ提案があります、ユナ隊長殿!」

びっと姿勢を正して、俺はいきなり片手を挙げた。

それにやや怯む様子のユナ。こんな顔もするんだな、この娘は。

よーし、そっちがその気なら、今からひいひい言わしてやるぞ。

「なに……」

「今から背中に文字を書きます。なんと書いたか当てたほうが勝ちというゲームをやりましょう」

「なにそれ……なんでそんなことしないといけないの」

「それは……」

「それは?」

「ここで雌雄を決してどちらが上かはっきりしないと、このままいがみあい続けることになるからです! ここらでいっちょう、どちらが本物の天才かはっきりさせましょう!」

ふっ決まったな俺。たっぷり挑発してやった。ここまで言えば、ユナも引くに引けまい。

これで合理的に勝負に持ち込み、彼女の背中に文字を書けば、その時点で俺の勝利は決定する。

ユナ、ぼくの勝ちだ……。


「いや」

「へ?」

「貴方に体さわられるとか、耐えられない」

「くーっくっくっく……」

見られているかも知れないというのに、遠慮なしにフラッペが噛み殺した笑いを漏らしている。

なんてむかつく女どもだ、こいつらは! 美形の俺をとことんコケにしてくれおって。

俺は天才で美しく華麗で凄腕で、とにかくすごいはずなんだぞ。先生じゃないけどすごいはずなんだ。

何故こいつらにはこの武器がとことんまで通じんのだ。何故だ!

「童貞やからやろ」

俺はシャー並のタイミングのよさでツッコミをいれるフラッペを精一杯冷静を装って無視した後、毅然とした態度でユナに向き直った。

だが、一瞬後には

「あのー……ユナ殿。何故そんなにぼくのことをお嫌いになられるんでしょうか。ええ、問題点は反省して次回にきちんと活かしてきますんで、是非このちんけな小男のあっしに、一つアドバイスのほどを」

揉み手でへりくだっている自分がいた。

ああ、はっきり言えない自分が憎い。いやさっき言ったような気もするが、長続きした試しがない。

さっきも言うだけ言ったはいいけど、すぐまた体育館裏に連れていかれてぼこぼこにされるんじゃないかとトラウマが蘇って、怖くて怖くて仕方なかったのだ。

やはり人間低姿勢に限る。やぶれかぶれで考えなしにブチ切れたところで、あとでさらに酷いことになるだけなのだから。

しかしユナはそれで態度を軟化させるような女ではないことが、すぐ証明された。

「隠しているから……」

「な、なにをですかな。とんと存じ上げませんが」

これじゃお代官様と癒着している越後屋だよ。

「貴方は何故か世の中のルールをいつも無視している。自分だけが知る真実を裏に隠し持っていて、他人を見下して、自分は高見からそれを眺めている」

「言っていることがよくわかりませんが……」

なんだこの攻撃的なアプローチは。

ユナはなにかを知っている。

やはり彼女が転生体で、こうやって俺を切り崩しにかかっているのか。

額に玉のような汗が浮かぶのが、自分にもわかった。

だがここで尻尾をつかませてはいけない。ポーカーフェイスだ、ティクシー……ここが正念場だぞ。

「その秘密を私は知りたい」

「え?」

次のユナの行動は驚嘆に値するものだった。

なんとこの俺にもたれかかって、そのまま胸の中に収まったのだ。

「ななな……なにを!」

動揺する俺は両手を上げて、まるでどこかの怪しげなおっさんのダンスのように、その手を振り乱していた。

笛の音と腰みのが頭に浮かばざるを得ない。

だが

「はい引っかかりました」

冷静、いや冷酷な声が告げると、彼女は俺の背中に円を描いていた。

「あ……」



しまったっぁぁっぁぁぁぁ!



最初からこれが狙いか、この女。

自分の性を武器にするとはなんと破廉恥な! 許すマジビッチ中○○め。

もう俺の胸の中に収まっていないユナは、さっさと離れて俺と距離を取る。

愕然とする俺の横で、「あちゃー」と目元を押さえるフラッペの嘆きが聞こえた。

俺の、俺のハーレム及び一生安泰の人生設計が、これで全て崩れる……

ああ、また惨めな四畳半で一人寂しくキーボードとモニタの前で、ネットだけの名前も顔も知らないお友達と談笑する日々が俺を待っているのか。

結構受けるネタを提供して、数人に絶賛されたこともあるんだぜ俺。

その十倍くらいは喧嘩売られて、本気で罵り合いもしたけどさ。


走馬燈のように駆け抜けていく、俺の次の人生の一コマ一コマ。


ヒロ、一緒に二人で食べた干しぶどうパン、おいしゅうございました。

リオン、いつも洗濯ありがとうございました。

マリミ、思ったよりも打算的な女だったけど、マシュマロおっぱい柔らこうございました。

でも鎧は結構臭うございました。

エンダはよくわからないけど、口説くまでいかなくて申し訳ありませんでした。

母上、貴方のおっぱいを吸った感触は、来世まで忘れません。

先立つティクシーをお許しください。


「ああ……」

「なに恍惚としてるの。気持ち悪い」

目を点々にして、その点を思い切り上下から挟み込んで引き伸ばしたような糸目で、俺を見つめるユナの顔が、そばで俺を見ている。


あれ、正体ばれた時点で終わりじゃないのか?

「正体ってなに」

「あ、いやー……で、今のは」

「背中に先に字を書いたほうが勝ちだっていうから、その通りにやってみた。私のほうが先に書いたから、私の勝ち」


……はぁ?


「つまんない、帰る」

呆然とする俺を置いて、くるりと踵を返すユナが去っていく。

なんだ……あれは。

「あほー、惚けとる場合か!」

げしっとフラッペの蹴りを後頭部に食らって、俺はそのままつんのめった。その先にユナの小さな背中がある。

慌ててその上着の裾をつかんだ俺は、もう一方の手を滑り込ませて、裸の素肌に指先を押し当てていた。

「!!」

驚愕に見開かれた瞳……ユナが感情を示したのを、俺は初めて見たのかも知れない。だがその顔をはっきりと見る前に、その手が俺の顔の前に来て視界を隠していた。

細く女の子らしい指が開いたと思った瞬間、俺の目の前が眩しい光に包まれた。

「昇天せよ」

短いワードとともに、テントの隅にまで吹っ飛ばされていた俺は、思った以上に痛みを感じてはいなかった。

いやその痛みは遅れてやってきた。

そう、これはあれだ……。

「ひた、ひたひ……」

やろう、なんてことをしやがる。

俺の美しい頬にこぶを押しつけていきやがった。

俺は昔話の爺さんみたいに顔を腫らしてしまう。

忘れていたが、あいつはアンチヒーリングの名手でもあったのだ。

こんなイビリ方、イジメでもありえんぞ。

しかしユナは振り返りさえせず、すたすたと俺から離れそのまま去っていった。

「あふ……うぇぇ」

間抜けな顔と声で、俺は痛みに耐えて頬をさする。

「あかんな、光は出んかった。やっぱあの娘とちゃうみたいやな」

なんだって? ここまでやられてユナじゃないっていうのか。

じゃああいつは純粋に、ただのイタズラで俺に抱き着いたりしたっていうのか。

ちょっと信じがたい。

そんな無邪気であどけないところもあったなんて。

あいつが転生体じゃなかったことも加えて、俺は頭を抱えて混乱してしまった。

いや今は痛みでそんな余裕すらないのだが。

「女心のわからんやっちゃなあ。そらあの娘も怒るわ」

呆れ顔で俺を見るフラッペの顔も、俺の視界には入らない。もはやそれどころではない。とにかく痛いのだ。

全ての神経が頬に集中する。喋るどころか、息をするのも痛い。

俺は自前のヒーリング能力でなんとかその痛みを軽減しようとしたが、しかしユナの能力には及ばず、結局腫れが収まるまで、一晩中ひいひい言わされる羽目になった。

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