第一話 エリートコース・並の人生・無職逆戻り運命の分かれ道
俺は畑の様子を確かめてから、耕作士官に声をかける。
「さすがティクシーさんです。あとの収穫は任せてください」
この世界式の敬礼で迎える士官にあとのことを任せて、俺はもう一度テントの中に戻った。
実際のところ、俺の仕事はこれで終わりである。残りは勉学のための時間に充てる。
なんと勤勉なことか。前世なら考えられなかったことだ。
だが圧倒的優位の状況で、それを守るためにほんの少し努力をするくらい、なんの面倒にもなりはしない。
何故ならこの世界では、頑張れば必ず結果はついてくるからだ。
以前のように頑張っても未来が開けるかどうかすら当てもなく、年齢だけで能力どころか書類さえ見てもらえない状況ではない。
全ての未来が全ての方向に向かって広がっている、これほど素晴らしい道はない。
できもしない難問を押しつけて、落第させていきがるような連中などこの俺がなで切りにしてやる。
そう呟ける俺が好きだろう、そうだろう。あーいい世界に生まれたものだ本当に。
俺はぱらりとこの世界の教科書に目を通す。著者は誰あらん我が父である。
先にも言ったが、この世界が謎の結界に封じられた時、既に魔法士としてそれなりの地位にいた父は、期限付きで食糧問題を解決する役目を負うこととなった。
そして今はグロウンの高祖と呼ばれる存在になっている。
今も聖都で健在の父は、この世界の要と言っても過言ではない人間なのだ。
それもあって関連した著書は多いが、しかし俺だけは知っている。この書物には漏れた記述、既に古くなっている情報も多いということを。
なら何故そんな本に目を通すのか? それは世界の現状と、自分の知識をすりあわせておくためだ。
俺自身が、この本から新たに学ぶことはもうなにもない。
だがこの世界にはこの本を必死で学び、そこからなにかを成そうとするものたちがいる。いや俺以外はみんなそんな人間である。そんな人間しかいない。
ここで俺が彼らと同じテキストから知識を得れば、彼らのやり方を予測し、そういった連中をすれすれのところで出し抜けるわけである。
優越感……
うむ、いい言葉だ。
既に古くなった情報を小出しにするだけで、天才ともてはやされ称賛される。こんな素晴らしい世界はない。
だが、そんな静寂を破ったものがいる。
長い前置きだったが、この物語はそんなろくでもない、ふざけた、腹立たしいめんどくさい、最悪の鬱陶しい避けがたい珍客を迎えるところから始まるわけだ。
それは唐突に小さな破裂音をさせ、光り輝きながらやがて消えていく光彩を放ち、その場所に実体を現した。
一瞬目を疑った俺は、なにかの攻撃を予感して構えたが、それは手のひらよりも大きなサイズで人型に結晶すると、大きく伸びをして「人間サイズなら」グラマラスな体をいっぱいに伸ばしていた。
ピクシーか……? この世界にそんな生物がいると聞いた覚えはないが。
それどころか亜人の類の存在すら聞いたことがない。
この世界には巨乳のエルフ妻とかいないことにちょっとがっかりしたくらいなんだから。
「あー疲れた。やっと追いついたで。ふむ、ふむ」
首を巡らして、透明に近い透けた羽をばたつかせるそれは、女性体の小妖精だった。
言葉づかいがあからさまに変だ。まるでケ○ちゃんだな。
「ふふ、その何日たっても使えない無駄知識、やっぱあんた転生体やな」
……ん? こここ、こいつは一体、な、なにを言っているんだ。
「とぼけたって、額にたっぷり脂汗浮いてるで。あんたが作られた天才児やってことは、とうにばれとるんや」
な、なな、なにをいっているのかなあ。この生意気な関西弁女は。
俺はその体をつかまえると、むぎっと指先で包み隠せそうなほっぺを左右に寄せてやる。
そいつは変顔になり、俺の指の合間でもがきだした。
一瞬で消えるその体。
残るのは鱗粉にも似た虹色の粉だが、それは実体を伴うものではないらしく、指の中であとも残さず綺麗に消滅していく。
気づけばまたぽんと軽い音がして、俺のすぐ左手にそいつが現れる。
どうやら大層ご立腹の様子らしい。
「いきなりなにすんねんええかげんにせえやあほんだら、美人が台無しになってまうやないか。傷物なってもあんたに嫁ぐんはごめんやで」
「悪いけど俺も人間以外はごめんだよ」
即答しながら俺は、生まれ(変わっ)て初めて感じる焦りと不快感を、あからさまに顔色に出していた。
それを見る憎たらしい妖精は、マッチ棒みたいな指先をビッと立てて、俺に笑いかけてくる。
そのにやついた笑い……消してやりたい。
「まあええ、あんたのことどうこうしよういう気ぃはないんや。ただあんたのその知識が欲しい。協力してくれたら見逃してやってもええで。っていうか協力してや」
どういうことなんだ……とにかく冷静に話し合おうじゃないか。
「今まで優位な位置におって安心してたんが、思い切りびびってんな? 説明したるからよう聞きぃ。最近この世界に、あんたみたいな奴がぎょうさんおるんや。うちはそういうのを狩る仕事をしとる」
こいつの言うことが本当なら、この俺も狩猟対象になってしまうのか……だとしたらやばいなんてものではない。
せっかく来世でつかんだこれからの幸せを、台無しにされてたまるもんか。
「そうそう、その心意気をこの世界の安寧秩序のためにちょこっと貸して欲しいんや。あんたみたいな単純な男やったら、うちの美貌と真っ当な報酬できちんと仕事してくれるやろ? ちょっとくらいサービスしたってもええで。そのかわりお触りはなしや」
その小動物はなんだか古臭い悩殺ポーズを取っているが、俺はそれを冷めた目で見ていた。
冗談ではない、こんなヨナグニサン(でっかい蛾)みたいな奴に欲情せずとも、俺の前途にはとっかえひっかえ可愛い女の子とのうはうはな人生が待っているのだ。
「鼻の下伸びてんで。そんなにうちが魅力的か? まあちょっと気持ち悪いけどええわ、ほな早速あぶり出す方法を考えよか」
勘違いしたそいつが、やけにイントネーションに違和感がある関西弁で喋る。
そうこの違和感はあれだ。非ネイティブの声優が、無理矢理関西弁キャラを演じた時の、あの違和感だ。
現実の関西女と違って、どこか上品さが感じられる作られた良さと、いい加減な喋り方のイラっと構造の二律背反が生み出すコレジャナイ感。
そのバランスがどちらに転ぶかは、声優の声質とキャラ人気次第なのだが、こいつの場合は現実の女並の性格の悪さで、もろに悪の方向に転がっている。
「なんか妙なこと考えてるな。まあええわ。うちを亡きものにして済まそうとか、夢にも思わんほうがええで。ちゃんとこの世界の神様が見てるからな。それにうちは半分以上不死みたいなもんや」
ぽんと軽い音がしたかと思うと、そいつは一瞬にして姿を消す。
かと思えば、即座に俺の視界の反対側に現れて、また声を発する。
俺は逆に首を向けてそいつの(人間大なら)艶めかしく見えなくもないボディラインと、深夜アニメみたいに露出がやけに多い衣装を見た。
実際にこういう格好を見ると、アニメキャラが本当にただの変態だということがよくわかる。
もっともこの世界の常識から考えれば、それほどおかしな衣装センスというわけでもないのだが。
「せやから手ぇ出したらあかんで。もちろんエッチな意味でもや」
それはないな、絶対ない。
「ところでお前……」
「お前言うな、うちの名前はフラッペ様や」
「フラッペサマーとかかき氷かよ」
「なんやねん、そのお約束みたいなボケは。笑いのセンスないなあ」
ぱんと手の甲でツッコミ風に俺のでこを叩くそいつは、ふわふわというよりはふらふらという感じで俺の目の前をちらちらと鬱陶しく飛ぶと、疲れたのか置いてあった水差しの上に座り込んだ。
いや止まったというべきなのだろう、この蛾人間め……。しかし股間の部分はやけに切れ上がってやがるな。
小さすぎて見辛いが……覗き込もうと視線を下げた俺を、そいつ、フラッペは毛虫を見るような目で見つめる。
ああ、なんだか懐かしいなこの視線。昔はよくこんな風に蔑まれて……っておい、どうした俺。しっかりしろ。
こんな奴に興味を示さなくても、今の俺には薔薇色の未来が待っているんだぞ。
こいつさえいなければ……。
「タカシー。起きてる?」
背後からかかる声に、俺は心臓を飛び出させそうになりながら驚いた。
テントの入口をめくって、遠慮なしに入ってくるのは、幼なじみのリオンだ。
首筋までの金髪に褐色の肌、露出のやけに多い衣装は本人曰く「動きやすい」ものらしい。
スカートにもなっていない裾を振りながら、生の足が闊歩する姿は、男たちの視線を集めて仕方ない。
しかし少しでもいやらしいことをしようものなら、その鍛え抜いた足技が即座に炸裂する。
そんな遠慮のない奴である。
俺はとにかくフラッペの姿を見られないように自身が盾になりながら、その顔にアイコンタクトを送ろうとした……ら、もう既にフラッペの姿はそこにはなかった。
また姿を消したのか。まあそれならいい。
俺はぎこちない笑みを浮かべながら、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「ああ、リオン。起きているよ。だけど前も言ったけど、入る前にノックくらいしような」
「次は気をつけるよー。それよりちゃんと顔洗っておしっこしてきた? オネショは駄目だぞー?」
それ寝る前に言わないと駄目だろ。
こいつは万事この調子である。
子供の頃から近所づきあいのあったリオンの家は、元は一族で旅の商人をやっていて、この国の出身ではなかったらしい。
しかし世界が結界によって封じられてからは、商人時代の旅経験を生かして、キャラバン隊を率いる仕事をしている。
リオン自身は、幼い頃は老齢で旅に出られなくなった祖父母に育てられた。
あまりにも優秀すぎた俺が、同年代の友達をなくしていく中で、リオンだけがしつこくお姉さん面でつきまとってくる。
そんなこんなの腐れ縁である。
ま、実際にお世話していたのは俺のほうなんだが。
オネショが中々治らなくて、泣きながら布団を干していたこいつに手を貸してやったのも俺である。
そんな幼少期を思い返すと、年頃になってめっきり女らしく健康にエロく育った体を見て、感慨深いものもなくはない。
この女は俺が育てたようなものだ。
魔法師団つきのキャラバン隊隊員を目指しているリオンは、今回もめざとく俺の遠征に合わせてこの旅に志願してきた。
そしてこの調子である。
「十歳までオネショの治らなかったリオンが言うことじゃないな。俺は大丈夫だ」
ふっと笑いながら、俺はニヒルにリオンに笑いかけた。
我ながらナルシストだが、この美貌に女は弱いものだ。
リオンには今ひとつ通じないが。
いや、この顔を見るに、やはり通じているのか……? ぽーっと時間が止まったように俺を見つめる顔からは、その心の奥は見透かせない。
そういえば、もう一人俺のフェイスフラッシュが通じない奴がいた。
ちょうどリオンの死角になる形で俺の前に再び姿を現したあいつ、フラッペである。
(ひぃーっひっひ、俺は大丈夫だ、壁ドンやって)
俺を見下すように笑う視線が、はっきりそう告げている。テレパシー能力まであるのかこいつは。
俺は苦いものを飲み下すように顔色を歪ませて、そいつを蚊のように叩き落としてやりたい衝動を抑えた。
さらにテントの入口が揺らめいて、新しい影が入ってきたので、俺はまたぎょっとしたが、今度もフラッペの奴は即座にその姿を消して、新しい影に気づかれることはなかった。
空中に微かに舞う七色の霞は、しかし俺以外に見えている様子もない。
「タカシ、ちょっと用があるんだが……あ、リオン。ご、ごめん、もしかしてお邪魔だった?」
登場時はやけに低い声でちょっとかっこつけながら、すぐにビクビクと小動物のように怯えを見せるのは、俺のもう一人の幼なじみヒロだ。
無理して男っぽく振る舞おうとするヒロは、見た目だけなら少女のように可憐な少年である。
いやなにを言っているかと思うかも知れないが、まあ察しのいい諸兄ならおわかりいただけるだろう。
いわゆるあれである。
しかしそれ故にヒロは子供時代からコンプレックスの塊だった。なにがなんでも男らしさを磨きたいと思っているらしい。
元々甲高い部類の声なのになるべく低音を響かせようとしたり、元々はぼくっ子だったのにも関わらず、わざと粗野に俺と言ってみたりする。
しかしそんな体裁も、少し動揺すると途端に崩れてしまう。
それがかえって女どもの人気の的になっていたりする。
本来なら俺のハーレム計画のために、潰しておかないといけない存在……ではあるのだ。
だが俺自身こいつのこのアンバランスな危なっかしさと、本当は人懐っこく寂しがり屋な、しかし極端な意地っ張りでもある性格を、つい可愛いと思って許してしまうようになっていた。
そばにいると好対照に俺との比較になるのもいい点だ。
女どもが白の熾天使と黒の智天使、魔法師団候補生の天使の一対と俺たちを称していることは知っている。
二人で並んで歩いていると、とても絵になるそうだ。
当然その先の腐りきった想像もしていたりするんだろう。それはちょっと気持ち悪くなくもないが、まあいいだろう。
どの時代にもどの世界にも、そういう奴は一定数いるものだ。
まあ比較してヒロのほうがいいとか言う大馬鹿女は、密かにチェックしてブラックリストに載せることで、今後のハーレム計画から除外してやるつもりではいるが。自ら不幸を呼び込むとは愚かな女よ。
あくまでヒロは俺の引き立て役でなければならない。
しかしこいつのコンプレックスは、自然女嫌いの側面も持っていて、当面のライバルにはなり得ないことはよくわかっている。
リオンとも幼なじみだが、当のリオンも俺に世話を焼こうとするほどには、ヒロと仲がいい様子もない。
ヒロ自身もリオンの気持ちは俺に向いていると知っているのか、横からちょっかいをかけようなんて素振りも見せたことはない。
まあそんな奴である。いつか俺が取り巻きの中からいい女を見繕ってやろうと思う。
「いや別になんでもない。どうかしたのか?」
「うん、それが天候のことなんだけど。遠見師によると夜から少し荒れるようなんだ」
「そうか、ならテントを固めて防壁を作ったほうがいいかもな。どの方向から来そうなんだ?」
「……丘を越えて南西方向から。嵐になるわよ」
さらにテントの入口から新しい声が聞こえる。
その虫唾が走りそうな声は、俺の最も苦手とする天敵の声だ。
幼さの残るあどけない声質のくせに、態度はいかにも刺々しい。
それも俺相手の時にだけ、というけれんみたっぷりな奴だ。
このキャラバンで唯一の魔法師団所属、俺たちの一年先輩に当たるユナ。
青いショートヘアに涼しげな白く透き通る肌、そしてぺたんこで華奢な、女になりきっていない体つき。
生意気にも十二歳で魔法師団の入団試験に合格した俊英だ。現在十三歳になる。
俺はその道を選ばなかった。
ただでさえ目立つ存在だった俺が、飛び級などしようものなら、どれだけやっかみが増えてやりにくくなるか、知れたものじゃない。
そのために俺はわざと目立たないように振る舞い、十八歳になるまで試験を受けなかった。
だがこの女はそれをさらりとやってのけ、そして先輩面で堂々と年上の俺にこうして命令するのである。
この女が俺を嫌うのは、今に始まったことではない。
初めて会った瞬間からこの調子なのだ。
一見無表情でなにを考えているかさっぱりわからない顔と声なのはいつものことだが、それにしても俺にだけ異様と言っていいほど刺々しい態度である。
もちろん人間のできた俺様が、それに切れるわけにもいかない。
必死で笑って従いながら、いつかどこかで泣かしてやろうと思わずにはいられない、絶対仕返ししちゃるリストの筆頭人物である。
童貞の執念深さ舐めんなよ。
だが今は反撃の機会ではない。生まれ変わって、俺も少しは気が長くなったのだ。
一瞬にしてユナへの思いを飲み込むと、だぶだぶに長いローブの裾をひらひらさせながら睨みつける上官に、俺は敬礼を返した。
「はっ、すぐにカンデヤシを育成し防壁作成に当たります! リオン、ヒロ、用意の手伝いを頼む」
「了解」
「りょーかいだよ」
「もう終わった」
……は?
「私が全部やっといたから。ノロマ」
呟きを発するように俺を華麗に罵ると、その女はくるりと踵を返してテントを出ていった。
唖然とする俺とリオンとヒロ。
俺を罵るためにわざわざ報告にやってきたのか、あの女は……。
血管が切れるほどこめかみに力が入っているのが、自分でもわかったね。
俺の美しい顔は笑っているのに、何故か力が入っているのは、ヒロにも感じられたらしい。
慌てておろおろしてなにかを言おうとしては、その唇を途中で止めているのが、視界の端に見えた。
ぽんとまた不用意に出てくるフラッペの奴が、腹を抱えて笑い出す。
俺はぎょっとしたが、どうやらその姿は俺にしか見えていないらしい。
ふわりと移動するフラッペがいた空間、つまり俺の視線の向いている場所に、そのままリオンが入ってくる。
それはまるでギャルゲの立ち絵切り替わりのように自然だった。
「まーたいじめられたねえ、よしよし」
「なんであんなに嫌われているんだろうね……タカシは」
「なにかエッチなことでもしたんじゃないの?」
するかよ……というかさっきからタカシタカシ言うなよ。その名前はいやなことを思い出す。
そう、俺はこの世界ではティクシーなのだ。
だがこいつらは子供の頃からずっと、二人して言いにくいと俺のことをタカシと呼ぶ。
ティクシーティクシー……タカシー、タカシ。そんなわけあるかっ!
がしょん、がしょんと音が鳴って、テントの外が騒がしくなった。
あの音は……
「あ、マリミちゃんだ」
よしよししていたリオンは、もうそれも飽きたのか足早にテントの外に出ると、そこを歩いていた巨大な鉄板人間に声をかけていた。
シュコーシュコーと声のするそれは、歩くというよりは引きずる感じで重々しく鎧を移動させている。
地面には当然の如く轍のように跡が残る。
「おはようございます、みなさん」
聞こえてくる声は朗らかで明るいものだが、鎧の中で反響するせいか、ボイスチェンジャーを通したように歪んでいる。
「おはよー。今日も訓練大変だね」
張りまくりの声で、リオンが鉄板の塊にパンチを繰り出している。
ごんと鈍い音がするが、あまりにも分厚い鉄板のために、中に衝撃はほとんど伝わらないそうだ。
逆にリオンの指がどうなんだというくらいの音だったが、こいつは装甲兵を見かける度にこれをやっているな。
俺とヒロも続いてテントから抜け出すと、相変わらず巨大なその鉄の塊に目を向ける。
まるで合体ロボである。
いや溶けながら前進して攻撃する巨人ほどのサイズもないか。
二人で行動している装甲兵は、恐らく朝の訓練中なのだろう。鎧を着込んでただ歩くだけでも、足がぶっとくなると評判の重量である。
一人はもうとっくに先を歩いていたが、もう一人、マリミと呼ばれた少女の装甲鎧は遅れをとって、俺のテントのそばに佇んでいた。
この装甲兵の彼女も、魔法師団に欠かせない縁の下の力持ちである。
魔法師団というからには、もちろん魔法を使う。
だがその詠唱は隙だらけで、時間もかかるものだ。戦いとなると、その時間を稼ぐために、重装甲の防護兵は必須となる。
場合によっては敵の攻撃を一人で受け止めて、立ったまま死んでいることもある、それほどに過酷な仕事であるこの装甲兵のなり手は多くない。
元々この世界では、魔法の素養が全くないものは二級民として登録されることになっている。
装甲兵は、そんな二級民の中では唯一の成り上がりの手段とされている。
装甲兵として戦うものは、一級民と同じ待遇が得られるのだ。
彼女も自分の運命を切り開くため装甲兵となった、本来は魔法の素養を一切持たない人間だ。
バイザーを上げると、それでもほとんど見えない顔に、大粒の汗が浮かんでいるのが辛うじて見えた。
やっと声の通りがよくなる。
こうしてたまに聞くだけでもそれなりの美声だが、そういえば生身の彼女の顔はまだはっきりと見たことがない。
「いえ、これが自分の仕事ですから。おいしいご飯と恩給の分はがっちり働かせてもらいます。では、訓練の続きがありますのでこれで!」
快活に宣言する声の終わりに、シャキっとバイザーを降ろすと、その鉄塊はまたずるずると動いて、這うように地面に跡を刻みつつ、歩みを進めだした。
小走りに通り過ぎれば、簡単に追い越せるほどのスピードである。
俺は詠唱のモーションを思い出して、すかさずその背中の後ろでいくつかの手印を刻む。
いつか戦いが起これば、こうして彼女に守られながら、その背中を見て俺は華々しく攻撃を繰り出すのだろう。
その時は任せたぜ。
「くっぷっぷ……なんやねんそれ。笑いが止まらんわ」
ああ……この生意気女、まだいたんだな。
俺がせっかくかっこよく感慨に耽っていたというのに。
みんながいる前じゃ、口に出して怒ることもできやしないので、仕方なく盛大に無視することで俺は視線をそらして振り返る。
その視界に入ったのは、同じく魔法師団入りがほぼ決まっているエンダの姿だった。
伸びた髪を一体いくつにくくっているのか……ドレッドヘアーとは違うな。なんと表現すべきかわからないざんばら髪が、奇跡的にバランスよく美しさを作っている女は、なにやらせっせと荷物を運んでいた。
「エンダ、なにをやっているんだ?」
「あ、色男のにーちゃん。相変わらず若い子に囲まれてるね」
お前も十分若いけどな。
「そんな褒められても……飴いる?」
器用に片手だけ腰のポケットに手を伸ばすエンダは、なにやらよくわからないキャンディの包みを取り出した。
いつも持っているのか、それ……誰かにあげるために?
「リオン、飴くれるってさ」
「わーい」
考えなしにそれを受け取るリオンが、早速ころころと飴をしゃぶり出す。
そんな姿を満足げに、まるで元気のいい孫を見るような目で眺めるエンダは、れっきとした俺と同い年の若い娘である。
魔法師団に入るからには、ヒロもエンダもそれなりの才能と実力を持っている。
もちろん俺には遠く及ばないが……ま、それは自慢しても嫌味になるだけだから、ここではよそう。
だが同期の候補生の中でも、エンダの腕は中々のものだ。
若干気の弱いところもあるヒロと比べると、その能力は別格で、冷静で手も早い。
当然俺を除いてだが、新人のメンツの中では将来性を一番感じさせる奴である。実力的にも、そして美しさにおいても。
なの、だが……
「はーどっこいしょ。それじゃおばさんは仕事に戻るよ」
そう、この変に婆臭いところが玉に瑕だ。若々しさとはとんと無縁なこの性格。
おばあちゃんに育てられたことでこうなったらしいが、それならリオンもそうなっていないとおかしいわけで、やはりキャラ作りなのだろう。
勿体ないところである。
そんな彼女を見送ると、リオンもヒロもそれじゃ、と俺から離れていく。
また一人に戻った……わけではない。
一番厄介な奴が残っていたな。
俺はもう一度テントの中に戻ると、一度外を覗き見して用心してから、奥へ振り返った。
そこにはのうのうと、髪を弄って毛づくろいをしているフラッペの奴がいた。
退屈そうにしているどこかのワガママ女のような仕草で、しかしこいつは俺の目の前にいきなり爆弾を投げ込んできた。
「なあタカちゃん。どうやらこのキャラバンの中、それも多分さっき接触した連中の中に、おるみたいやで……転生体」
なにか言ってやろうとした機先を制するように呟かれたフラッペの言葉に、俺は絶句するしかなかった。




