第九話 終局へのご招待、伏線回収して天国へ行きましょう
「しかしようやったなタカシ。あの状況でなんで犯人を言い当てたんやか、うちにもようかわらんのやけど」
宴も終わり、全員が解散した後、俺は痛む口を押さえながらテントに戻ってきた。
一仕事終えて余裕綽々のフラッペがなにか言うが、俺の口はしばらくなにを言う気力もなかった。
「だまっとらんと説明してや。なんであのオノノが犯人やおもたんや?」
「ホモでない……」
「そんな弁明せんでも知っとるで。それともそっち方向ほんまに目覚めたから、慌てて否定してるんか?」
「おもっデなイったんだよ。ホれはオノノを差すつもりじゃな……っんらロ」
そう、俺はオノノが犯人なんて思っていない。
というか最初からあいつは、物理的にも心理的にも圏外だった。
俺が見当をつけていたのは、あからさまに怪しかったマリミンのほうだ。
心理的にはマリミアートのほうを疑いたかったが、彼女の出世欲はあからさますぎた。
それと比較してマリミンは極自然に、自分の立場を煙に巻くことに成功していた。
二人のマリミとして、俺にそれと知らせず接触してきたこと。
そう、ユナの次にテントの外で会ったのは、マリミアートではなくマリミンのほうだった。
もう一人のマリミアートマリミの強烈なキャラクターに隠れて、ひっそりと自分を目立たせなかった手腕。
そして自身の美貌で俺を間接的に誘惑したこと。
冷静に絡まった糸を解きほぐしてみれば、やはり全ての疑惑は彼女に向けられるものになっていた。
「……なんか途中から頭いたなってきてんけど。ほななにか? オノノが自白したんはただの偶然、ちゅうことやな」
今までにない呆れ顔で、目を線のようにしながら、最大級の侮蔑の視線を向けるフラッペ。
なんてやつだ、俺の活躍あってこその大捕物だったというのに。
「マリミが二人おるって話は、あんたが勝手に勘違いしてただけちゃうんか? 別にマリミンに隠そういう意図はなかったやろ。それにいつマリミンが誘惑してきたんや? あんた宴会前はマリミンのこと全く知らんかったやろ」
それは出会った瞬間からだ。
気障なセリフだが、運命を感じさせるだけのものがあった。お前にはわかるまい。
「……世界中探しても、それわかる奴あんた以外どこにもおらへんわ。もうええ、ようわかった。もしオノノがあんなアホの子やなかったら、今頃光になって前世戻っとったんはあんたやで、間違いなく」
歴史にifなどあり得ない。勝利が全てなんだよフラッペくん。
「あ、あかん……一瞬でもこんなボンクラ見直したうちがアホやったわ。ほんまに寝込んでしまいそうやわ。信じられん……ほんまに信じられへんレベルのアホや」
「ほれより、まっ……りみぅら、ほんろに転生らいひゃないんだろな」
「ああ、それはない思うで」
「ならおれのはーれむにくみほんでも、もんらいはないな」
やっと腫れが引いてきて、言葉がまともに出るようになってきた。ユナの奴め、最後まで呪ってくれるぜ。
思えば割とすぐに痛みが引いたあたり、あいつも多少は手加減していたのだが、それに思い当たったのは少し後になってからのことで、この時は気づけなかった。
「向こうが大人しく組み込まれてくれるようにも見えんけどなあ。どうせあんた口ばっかりやし」
「ほんと、口ばっかり」
ビク! と驚いて振り返ると、いつの間にかユナがテントの中に忍び込んでいた。
まさか夜這い……なわけはない。
フラッペも慌ててふわりと俺から離れようとするが、今度こそはっきりとユナがそれを視線で追っていた。
「もしかして、うちのこと見えてるんか?」
「見えてた、ずっと」
「ちょ、ちょっと待った。なんだって? それは一体どういうことなんだフラッペ。まさかユナは……」
「しゃあないな……あんま使いたなかったけど、フェアリーアーイ!」
……なんだそれは。
俺は背筋が一気に寒くなった。
セリフも酷ければ、取ったポーズがまた酷い。
とても説明できないレベルの黒歴史である。こればかりはいかなる描写も許されない領域だ。
「うるさいわ、うちかて恥ずかしいんやこれは! しかしどういうことや? あんたうちの姿見えてるわりには、いっこも前世の記憶持ってへんやないか」
ほう、前世の記憶を探るなんて、そんなことができるのか……って、ちょっと待て。
それ使ったらオノノの正体も即座に判明したんじゃないのか!?
「今それはええねん」
なにがいいんだ。俺の苦労は一体なんだったというのだ。
俺がいくらブツブツ言っても、どうせ聞いちゃくれないんでしょうけどね。ええ、もうわかってますよ。じゃあ話の続きをどうぞ。
「うじうじくんやなあ。まあそれやったらさっさと話進めるわ。もうとっくに気づいとるやろけど、本来ならうちの姿が見えるんは転生体だけや。なんであんたはうちが見えるんや? 事と次第によっては、あんたにも消えてもらうことになるで」
「知らない、本当に」
じと目のフラッペと、元からじと目のユナが睨み合う。俺はその間でおろおろするだけだ。
「まあフラッペ、ここは一つ穏便にいこうじゃないか。ユナも悪気はないようだし、俺としても助かった面はある。いやユナは小憎たらしいしすぐ攻撃するし、そりゃあ恨みもあるが……」
「そういう問題やないんや。あんたはちょっと黙っとき」
まるで子供をたしなめる親みたいにすげないフラッペは、キッとユナを睨みつけ直す。
「なにを隠してんのや? あんたは最初から気になっとった。絶対秘密があるはずや」
詰問調になる声、険しくなる顔は、今までのフラッペからは想像もできない厳しさだ。
こいつの行動原理は結局今になってもさっぱりわからないが、ユナの存在はそれほどまでに危険なものなのだろうか。
「思うんだが、そもそもオノノは一体なにをやったんだ?」
俺はフランクに話しかけてみたが、フラッペの険しい顔は微動だにしない。それでも俺は食い下がる。
「あいつはあいつなりに前世の記憶を持ちながら、この世界で生きていただけじゃないのか? 一体あいつが処罰されなければいけない理由はなんだったんだ」
俺の問いかけに、嫌々という顔で、それでもフラッペが振り返る。
「それはあいつの背後にいた転生体が、自分がこの世界に定着するために、ある存在と取り引きしたからや。本来なら絶対関わってはいけない闇の存在と手を組んだ時点で、その転生体はただの転生体ではなくなり、罪を持ち処罰されるべき対象になる」
「だったら! 俺やユナは関係ないだろう。それでいいんじゃないのか」
俺はなんとか食い下がってみるが、やはりフラッペは微動だにせず、再びユナの顔を睨みつけていた。
「この娘がほんまにあんたの味方か、わからへんで。優しい顔して近寄って、寝首かくつもりかも知れん」
いや、優しかったことは一度たりともなかったように思うが、それは今問題にしてもしょうがないか。
「私はなにも知らない。ただ……」
その後、ユナは信じられないような行動を取った。
俺の胸に飛び込んできて、その中にしっかりと収まったのだ。
俺がなにを言っているのかわからないと思うが、俺もわからない。ありのままに話すとこうなのだ。
俺は手をマヌケに開いたまま、俺の胸に顔を埋めるユナのつむじを見下ろしていた。
あれ、前もこんなことあったよな。だが俺は以前と全く同じで、動揺するばかりだ。
「貴方を見ていると、胸が苦しくなる……何故かわからないけど」
「いや、あのユナさん? その隙をついてこう、またこぶをぐさっとか髪の毛全部抜くとか、そういうのはなしでお願いしますぜ。俺としましても、こういう行動は予測不能といいますか、対処不能に近い行動でして。いやそれはもう、ハーレムに入ってくれるなら少しくらい年下でもばっちりオッケーではありますが、さすがにそれは成人してからということで、今はちょっと落ち着きませんか? ねえユナさん……?」
なんとも格好の悪いことだが、俺にはやはりどうにもできない。
思い切って抱きしめるべきなのか? この場面は。
それともダッシュで逃げたほうがいいのか。危険フラグがばりばりに立っているような気がしてしょうがない。
だが実際の俺は、全く身動き一つできず、振り上げた腕を空中に静止させたままで、ユナの抱擁をただ受けるだけだった。
振りほどくことも、抱きしめ返すこともできない。その二つの選択肢は、等しく俺に重石となってのしかかってくるだけなのだ。
ああ、経験さえ許されなかった童貞が憎い。
それを訝しげに見ているフラッペの表情が、次第に感情を薄れさせていく。
「もうええわ……好きにしぃ」
やっとそれだけ言うと、フラッペはふらりと独特の軌道を描いてから、止まり木のようにテントに置かれた小さな机の上に降り立った。
そこでテントが開いた。
「タカシー……あー!!!!」
「タカシ……これは、ごめん。お邪魔しました。まさかユナ隊長となんて、想像もしてなかったよ」
「にーちゃんもやるなあ」
「タカシさん……そういう趣味の人だったのですか」
「私もして欲しいなあ」
なんでお前らこんな時に限って全員ここに来てるんだよ。
ばっちり抱擁シーンを見られた俺は、慌ててユナから離れて弁明しようとするが、各々勝手な誤解の元に、俺に不信だか嫉妬だか、もうよくわからない視線を突き刺してくれた。
ついでに言っておけば、オノノの奴も後方から長身で覗き込んで「女に飽きたら私もいるわよ?」とでも言いたげににたにた笑っていやがる。
しかし、やはり、最も酷かったのはユナの態度だった。
「!!??」
抱擁シーンを見られて激しく動揺し、感情を露わにしたユナは、また俺に手をかざした。
もしかしてまたこぶですかー!!??
本当の地獄は、今ここから始まるのかも知れない……俺が一体なにをした。
俺は……俺は! ただ純粋にハーレムが欲しかっただけなのに!




