5
ビルの屋上は少しだけ強い風が吹いていた。遠くの景色までビルが立ち並び、人の生活などまるで感じられない、赤と緑に分かれた空には星すら輝いておらず、ただただここは現実の世界ではないのだと物語っている。
そんな中を1人の男が赤茶色い棒のような物を担ぎ、街を見下ろしている。
「あそこにいるのが劉恵君ファゴットの二年生よ。恵君見学なんだけどちょっといい?」
劉は140センチ程の大きさをもつ巨大なスナイパーライフルから目線を外し再び視線を戻す。
「見るだけなら構わない」
愛想の無い返事に歩無が戸惑いを見せると代わりに明姫が楽器の説明をする。
「ファゴットって言うのはすごい難しそうな楽器よ」
「え? 終わりですか?」
「私よく知らないのよ、ダブルリード全然分からないの。低中音の音域を広くカバー出来て、やたら穴が多くて、初心者にはとっつきにくい楽器かもしれないわね。音はお爺ちゃんって感じでひょうひょうとしてるイメージよ」
歩無が情報からどうゆう楽器なのかを想像していると劉が口を開いた。
「おい1年、1番取ってくれ、ケースの中だ」
「えっ? い、1番? ってなんですか?」
「ハイ、これでいいの?」
明姫が歩無の代わりに返事をして、ファゴットのケースの中から銀色のへの字に曲がった棒のようなものを手渡した。その棒には小さく数字の1が刻まれている。
劉がそれを受け取るとスコープに変化しそれをライフルに装着する。
スコープを覗き、狙いを定めると鋭い爆発音が空へと飲まれる。ボルトハンドルを引くと役目を果たした弾薬が勢いよく飛び出る。地に落ちるのと同時にその姿は消えた。
「あの……小鳥遊先輩、あの近代兵器は例の楽器ですか? それと今のは化物倒したんですか?」
歩無がチューナーを見つめる明姫耳打ちをする。
「あれは『ブリューナクBRASER Fg93-ピュヒナー』っていう武器よ。うーん、私も見えてないからなんとも言えないけど、反応が1つ消えてるから倒したんだと思うわ」
それが聞こえていたのか、少しだけ不機嫌そうな顔をした劉はスナイパーを元のファゴットに戻し分解し始めている。
「ファゴットは『守異争囮駆部』の中では地味な役回りが多い。派手な活躍をしたいなら他の楽器にした方が懸命だ」
「そ、そうですか……」
「恵君なんでファゴットしまってるの?」
「すまない部長。今ので弾が無くなった。後でJDRに行ってくるが今回はもう役にたてそうにない。ほとんど敵は残ってないし問題ないだろう」
「……そう、じゃあ後で合流しましょう。ふふ、恵君次はちゃんと自分で教えてあげなさいよ? じゃないとMrオプションって呼んじゃうぞ?」
Mrオプションという言葉を聞いてビクッと劉の体が跳ねた。
「……それはやめてくれ、すみませんでした。次はちゃんと教えます」
――小鳥遊先輩は何か弱みでも握ってるのか?
歩無がそう思うほど愛想の無い男が素直に言葉に従うと誓った。
「いよいよ最後ね。なんか反応が近づいて来てるわね」
ビルを降りると金色の髪を振り乱しながら駆けてくる女の子がいた。
「ハーイ! キタな坊主、遅いぞ! 見とけミトケ!!」
2人の目の前に来るなり微妙なニュアンスの日本語で話し始めた。その後方からは1匹の化物が少女の後を追う。獅子のような鬣をなびかせ突進してくる化物に向かって金髪の女の子も同様に突進する。牙を剥くその獣をヒョイと軽々避ける。
「あの子はアルトサックスの色摩リオンよ。アメリカからの留学生でちょっと日本語間違えちゃうことあるけどあんまり気にしないでね」
「我が命に従い真の姿を現せcon tutta la forza」
化物の一瞬の隙をつき、右の肩に掛けていた星条旗柄のソフトケースを真上に放り投げる。中から黄金に光るアルトサックスが回転しながら飛び出る。一層眩しい光を放ったそれに向かい、リオンが体を1回転させながら跳ぶ。光りは2つに割れそれに向かって踵から足を振り下ろす。
「ジャンクフードにしたるデ! 『セルマー型源氏八領-月数・日数-』
着地したその脚には膝までを覆う金と銀の煌びやかなブーツが装着されていた。
着地を狙うライオンのような化物に鋭い爪で引き裂かれたかと思う瞬間ふっとリオンの姿が消えた。いつの間にか化物の横へと移動したリオンは右足で思い切り蹴り上げた。
力強い蒸気の発する音と共に装着したブーツの側面にあるいくつかの丸い穴が開く。
地面が割れ、蹴り上げた化物よりも早い速度で飛び上がると顔にめがけて右足を大きく振り抜いた。
岩を砕くような音とガラスの割る高い音と共にライオンの化物はビル群を突き抜け、3つ目のビルを貫通するところでようやくその勢いは止まった。
「ドウだ! ホメていいぞ!」
――なんていうかあれだな。なんでもアリだな。
「今ので最後みたいね。皆来たし、それじゃあ今日の締めやりますか」
明姫の周りには他の部員達が集まってきている。それぞれの手には武器の姿をしたものではなく楽器が持たれていた。
「歩無君はお客さんってことで聞いてて」
7人は馴れたように半円状に並び、明姫が全員に目を向ける。全員がリードやマウスピースに口を当て準備が出来た返事を目で送る。それを見てから明姫歩無に向かって優しく微笑んだ。
1度クラリネット下に向け大げさな呼吸音を立て、始まりの合図を出した。
歩無も聞いたことのある曲、出だしから引き込まれる神出鬼没の大泥棒が歩無の脳内に現れる。
仁のチューバと劉のファゴットが全体の音を支え土台を作り骨太い音楽に組立て、曲のメインとなるメロディをサックスのリオンが官能的なまでの演奏をする。メロディラインを補足し曲に飽きさせない工夫を蜜のフルートと明姫のクラリネットが作り、曲のアクセントを音萌のトランペットと纓愛のトロンボーンが奏で、力強い味付けをする。
お互いがお互いの顔を見合わせ、指揮者のいないアンサンブルが鳴り響く。
演奏曲は「ルパン三世のテーマ」
―
――
―――
――――
演奏の終わりと同時に光が不思議な世界を包み、歩無は再び目を閉じていた。
彼らは異世界に移動した時と全く同じ場所に戻り全員が楽器の手入れを行っている。さっきまでの出来事がなかったかのような景色の中、外の暗さと時計だけが唯一、時間が経過したことを語っている。
「で、どうする? なんの楽器やる?」
クラリネットの手入れをしながら明姫が聞く。
――この部活には入らない……と思っていたけど……最後の演奏はかっこよかったな
「……俺なんも楽器できないし全然音楽とかわかんないし戦うとか意味分かんないから、入っても邪魔になると思います……」
「誰でも最初は初心者よ? カッコいい楽器を吹きたいと思った、女の子にモテたいから音楽をやりたい、1つくらい特技が欲しい、なんかぶっ飛ばしてみたい、理由なんてなんだっていいのよ。やってみたいの? やりたくないの?」
――俺は……
「やっぱりやりたいです。最後の演奏……俺も仲間に入りたいって思いました」
「よろしい、楽器はさっき見た種類だけじゃないのよ? 今日は疲れただろうから明日また来なさい。続けて楽しいと思える楽器に出会えたらそれは君がその楽器に選ばれた者ってことよ」
――歩無の帰ったあとの部室
「で、部長あの1年に何やらせるんだ?」
劉が明姫に質問する。
「自分も気になってたッス。わざわざ見学させてたッスけど、全体のバランス考えると選択肢無いッスよね?」
「……すぐ辞めるかも」
音萌と蜜がその話を聞いて心配そうにしている。
「さすがに始めから強制的にコントラバスやらせるなんて可哀想だからね。最終的に才能あるとか適当に誘導すればいいのよ。ただでさえ人数が少ないからこういうことも必要よ?」
そんなこととは露知らず歩無は明日から始まる部活動のある学校生活に胸を躍らせるのであった。
中途半端な感じですがこれで終わりです。