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楽器は乱暴に扱ってはいけません
「とうちゃーく。あそこにいるのがトロンボーンパートの佐曽利纓愛ちゃんよ。おーい」
それに気づき纓愛が2人に向かって手を振りながら近づいてきた。
「はぁー……はぁー……どうも、見学に来た名無歩無です」
歩無は呼吸の荒いまま自己紹介を済ませる。
「おおーどうぞいらっしゃいました。私は佐曽利纓愛です。トロンボーン吹いてる2年生の先輩ですよ~? 汚い所ですがどうぞおくつろぎ下さい」
「は、はぁ。お構いなく? トロンボーンってその持ってる弓みたいなやつですか?」
纓愛の言っていることに少し戸惑いながら、所持しているものが明らかに楽器では無いことに質問せざるを得ない。
「そうですよ~。今戻しますね」
纓愛の手に持っていた弓が光輝き長い金属の棒へと変化した。
「トロンボーンはね~ノビーンってなってプロロロロロって感じだよ? カッコイイでしょ? 武器だとね~私のボーンは弓型なのでちょっと特殊かもしれないですね~。戦い方はヒュン、バーンってかんじです」
「纓愛ちゃんそれじゃあ分からないわよ。演奏の方は後にして、ちょうどあの辺にいるの狙ってみて」
明姫の指差す方向には、先ほど仕留めたものと同じ種類の化物が6匹固まって空を飛んでいる。
「一番、佐曽利纓愛! イッキマース」
Uの字になっているスライド管を足でおさえるのと同時に、ベル部分をを思いっきり上へと投げる。
「我が命に従い真の姿を現せcon tutta la forza」
明姫と同じ呪文のようなものを唱えると。足でおさえていたスライド管は身の丈ほどの弓へと変化した。落ちてくるベル管は細長い矢筒となって纓愛の背中へと落ちる。
「仲良く死のうね! 『雷上動=クルトワ』」
背中に背負っている金の矢筒の中から野球ボールほどの大きさの濃い青と水色の光り輝く何かが出てきた。
「おい、纓愛。俺たちの力見せてやろうぜ。なあ氷破?」
「おうよ水破!」
――なんか喋ってる!!
少しは慣れていた歩無だったが人外のモノが話すことには驚きを隠せない。
その2つの光はよく見れば2頭身の人間のような外見にも見える。
「ふふふ、後輩君にいいとこ見せてあげようか! ガンバルンバ! おいで水破」
水破と呼ばれた濃い青色の妖精が矢へと姿を変える。
「ゴートゥーランナウェー!!」
対象を目で追い目標を定めると、纓愛は足を半歩ほど開く。弓を体の正面に構え、弦に手をかける。
―
――
―――
「あれ? おかしいな? 弦が引けないぞ?」
力を入れて弦を引っ張ているのだろうが、微動だにしない。
「纓愛。弓のロック外せ」
水色の氷破がまたかというように注意をする。
「おお、うっかりうっかり。次こそ本番です。う~んと距離は4ポジくらいかな?」
再び目標を定めるところからやり直し、弦に手を伸ばす。今度は弦が後方へと美しい曲線を描いている。
ヒュンという風を切る音と共に青い光を放つ矢が消える。遠くに飛んでいた6匹の化物を大きな円上の水が包み込んでいる。
「氷破、次お願い」
さっきと同じように矢へと姿を変えた妖精を空中へ浮く水の塊へと放つ。一種青白く凍りついた化物の群れは次の瞬間には粉々に砕け散っていた。
「これがトロンボーンだよ? ヒュン、バーンって感じだったでしょ? やりたくなっっちゃった?」
「え? ……あぁもう少し見てからにします」
歩無は曖昧な返事を返し心の中ではこう思っていた。
――それトロンボーンと関係なくない?
「じゃねー、いつでも待ってるよー」
手を振りながら纓愛が2人のお見送りをする。
「次は近接系でも見に行く? チューバなんて豪快でいいよ」
近接系とは戦いの場でのことであって、音楽のこととはまるで関係ないことを流石に歩無も理解していた。早く終わればいい、ただその為に明姫の提案に取り敢えず従っておくことが無難であると判断した。
「……お任せします」
歩無の体力がまだ十分に回復していないと判断した明姫は歩いて移動しながら、今ここにいる楽器について説明を始めた。
「『守異争囮駆部』の分類は大きく分けて木管と金管と打楽器の3つに分けられるの。今日は木管4人、金管3人ずついるからそれについて説明するね。何にも知らない君に分かりやすく言うと木管は穴がたくさん空いてて、リードっていう木の板を使うものが多いわ。金管は穴が空いてないやつで明らかに金属って感じのやつよ」
ざっくりとした説明に歩無なりに理解しようとする。
「うーん、あんまりわかりませんけど小鳥遊先輩のは木管ってことですよね?」
歩無は一瞬だけだが空中に浮いていた楽器に穴が空いていたのを見ていた。
「そうよ。私が吹いてるのはクラリネット。さっき見たのがトロンボーンっていう金管楽器よ。今日ここに来ているのは木管がクラリネット、フルート、ファゴット、サックス、金管がトロンボーン、チューバ、トランペットよ。楽器としての細かい特徴は帰ってから部員に聞きなさい。武器として使う時は技の木管、力の金管って感じね」
――武器として使うってのが意味不明なんだが……
歩無は色々思うことがあったが大人しく話を聞くことにした。
すぐに2人は目的の場所へと着いた。
「やあ、こんにちは僕は英仁チューバをやってる3年生だよ」
チューバのケースを脇に置き、右手を軽く挙げている。柔道部にいてもおかしくないくらいの頼りがいのある体に優しい声をしている。この部活動のポジションでは頼れる兄貴として仁は通っている。
「あそこにいるの見えるかい? ちょうどいいと思って残しておいたんだ」
少し先の通路にノロノロと動くトラック程の大きさの亀のような化物がいた。足元にある高そうな車がいくつも踏み潰され、今は見る影もない。
「歩無君、ここは危ないから少し離れるわよ」
明姫が歩無の手を引き仁から少し距離を取る。それを仁が視認すると、大きなトランクのようなケースを両手で持ち上げると勢いよく地面へと突き刺す。
「我が命に従い真の姿を現せcon tutta la forza」
不思議なくらいにスっと地面へとそれが吸い込まれると同時に、仁の周囲の小石が少し浮く、パチパチと静電気が発生するような音が鳴り、青白い幾つもの雷が地面から発生する。その雷はだんだんと数が増え、白と黄色の眩しい光へと色を変えた。
仁が見えなくなるほどの光が発生し豪快なまでの雷の落ちる音が鳴る。目の前のアスファルトが横に裂け、仁はその中に腕を入れ、思いっきり何かを引きづり出した。
「雷鳴轟鐵『ミョルニル=マイネルウェストン』」
3mはあるのではないかという程巨大な槌を軽々と肩にかけている。黄金に輝くそれは稲光を常に発していた。
軽く2人の方を向いてニコリと笑うと巨大な亀の化物に向かって跳躍する。ビルの屋上に届きそうなくらいの高さまで飛び、何十メートルもある距離を一気に縮める。標的の真上から槌を振り下ろし迫る。
巨大な槌と化物とが衝突する寸前に今までよりも大きな雷が空から落ちた。轟音と共にその化物は消失し、残るのは仁と巨大な穴を開けたアスファルトだけだった。
「どうだい? チューバいいだろう? メロディラインを担当することは少ないけど、ベースはやっているとどんどん楽しくなるパートさ」
爽やかな笑顔でそう語る傍ら歩無は思っていた。
――チューバって重そうだな……
「それじゃあ次行くわよ歩無君。今度は木管の近接系行きましょうか」
明姫はチューナを確認すると少しだけ笑った。
「次はフルートにしましょう。この子美人なんだけど結構変わってるから注意してね。あと武器状態にしたら絶対近づいちゃだめよ?」
「……わかりました」
元より歩無は近づくつもりは無かったが、あえて注意をしたことに何かしら危険なものを感じた。