第6話 アクアディオス共同大学
誰もが平和を望んだはずだ。
しかし、全ての種族は互いに反目しあい、そして戦いに身を投じた。
誰が好んで、これまで親しかった友人を殺したいと思うだろうか。たとえ、種族が違ったとしても。
しかし、それは起きてしまった。
長い間、戦争は続いた。そして多くの人々が死んだ。
戦争が終わって、種族は新しい街を共同で作り上げた。平和の象徴として。
そこは全ての種族の文化が融合した、荘厳で美しい場所だ。
新たなる文化が生まれ、大いなる英知が行き来する。
そして私の友人、アル・タリスは新しい街アクアディオスに、全種族が、そしてどんな階級の人々も通えるような大学を建設することにしたらしい。
何でも、名をアクアディオスというそうだ。
――――――ドミニオ・シャイローズ
初代シャイローズ伯の手紙にあるように、アクアディオス共同大学を設立したのは彼の友人だったアル・タリスという人族の男だった。彼は戦争を生き残った魔術師のうちの一人で、荒廃した世界で困った人々を治療して回った後、アクアディオスにたどり着いたようだ。
歴史家の中では、アル・タリスは幾つかの称号を持った者としても有名だ。
例えば『人族最高の賢者』『癒しの魔術師』『最も賢明な者』というような呼び名を持つ。
そして彼が設立したアクアディオス共同大学は、1000年以上の歴史を誇る学び舎であり、当初の志通り様々な種族の学生が、そして様々な階級の人々が通う。
「こりゃあ賑やかだな」
「この人数が一つの大学にいるってことだろう? 俺たちの国の大学なんて、比べ物にならないな」
カストも主水も、まずは学生の数に驚いていた。
ちょうど授業が終わって学生たちは次の教室に向かっているところだった。
広い敷地には幾つもの建物がそびえたっている。建物の形はこれまでに見たこともないほどシャープな印象を与えた。建物の美しさで言えば、やはり精霊族のものが一番だと言われている。しかし機能性に関しては人族、建物に対して魔力付加を施す技術にかけては魔族の右に出る者はいない。その全てが融合したような建物が、目の前にあった。
「それで、今からどうしたらいい?」
「そうだな。教頭にあいさつしに行かなくちゃな。一応親父たちからも何らかの形で打診がいっているはずだが、出自が出自だから。シャイローズ伯の推薦状を持って行ったほうがこれから動きやすい」
「ありがたくて涙が出そうだぜ」
そんなことを言っているが、カストの顔はニヤニヤ笑っている。時折道行く女子学生とすれ違うたびに、彼女たちの姿を追っている。
仲間内でもこの男の女好きは有名だ。ある意味病気だと言っても差し支えない。
「ここではトラブルを起こさないように務めてくださいよ?」
アルフォンスが諌めるも、カストの返事は生返事そのものだった。これはどうも、あまり期待できそうにないなと思いながら、月影たちは教頭室に向かう。
中央に立つ学生塔の一角に教頭室がある。
教頭のワーレンは初老の人族で、きっちりと清潔な身なりをした人物である。いつも微笑を浮かべているような男で、誰からも好感をもたれそうだ。
彼はシャイローズ伯の推薦状を受け取り、それに目を通した。
「戦士学科に通われるのが2人。そして魔術学科に通われるのが2人ということかね?」
「その通りです。間違いありません」
月影と主水は戦士学科に通い、剣の腕や戦争の知識を深める。
カストやアルフォンスは魔術学科で魔術の研究をしたいらしい。
「ふむ。君たちの親からもこちらに入学させるとの話があったよ。しばらく話を保留にしてもらおうと思ったのだが、まさかシャイローズ伯から推薦状が出るとは思わなかった。こうなってしまうと、こちらとしても無下に扱うわけにもいかないな」
話を保留にしたかった理由は、今更聞くまでもない。
ディビルレイは全ての意味において、畏怖される存在だ。彼らの国家は得体が知れず、そして精強な軍隊で構成されている。
何より、混血種の坩堝だ。
そんな忌み嫌われるような存在を、大学においておけばどうなるか。それが彼らにも想像できなかったからである。
「しかし、君たちにとって大変な学生生活になるだろうことは想像に難くない」
「そうでしょうね。差別しない人間のほうが少ないでしょう」
「それに君たちは王族だ。必ず派閥に組み込もうとする奴らや、君たちをつぶそうとする奴らが出てくる」
「派閥? そんなものが学生の間であるんですか?」
ワーレンはため息をついた。
実は彼にとって、月影たちの存在などどうでもいいのだ。この大学は全ての人間が学ぶ権利を有するのだから、結局のところは拒否する理由など何もない。月影が思っているほど、この男は差別主義者ではないのである。
しかし、月影が入ってきたことによって、大きな波乱が起きる可能性があることが彼の悩みの種だった。
「あるのだよ。これが。特にソードランドの学生たちとジルバレイ王国から来た学生たちの派閥がひどい。彼らは主張が真っ向から対立しているし、立ち振る舞いも真逆だ。ただ、どちらも荒くれ者を揃えているところでは同じだ」
「主張ってのは?」
「ソードランドの学生は、自らの国の強さを証明するために武闘派ぞろいだ。奴らは戦士学科での決闘騒ぎを日常的に起こしている。そこで負かした学生を自分たちの陣営に取り入れて、暴力行為をさせているのさ。それに対してジルバレイ王国の学生はソードランドの学生が騒ぎを起こした時に、それを取り締まるために動いている」
「何だ、ちゃんと歯止めをかけてくれる奴らがいるんだな」
「そうだ。ただし、双方ともにやりすぎなのだよ。人数も多いし、ぶつかれば多くの学生が巻き込まれている。まだケガ人で住んでいるものの、このままじゃどうなるか分からない」
情けない話だが、大学ではこれに対して手を打っていない。
それには大人の事情という奴があった。
「しかしソードランドも、ジルバレイ王国もこの大学のパトロンでね。運営資金の多くを賄ってくれている。だから下手に彼らの行動を抑制することもできないのだよ」
そうはいっても、迷惑している学生が多いのも事実。彼らはなるべくそういった連中に関わらないように、こそこそと大学に通っているのだという。
よく辞めないなと月影は思うわけだが、一度入って学ぶ機会を得た以上、どの学生も何とか卒業までに様々な知識を得ておきたいのだろう。
「君たちにも必ず接触してくるだろう。なるべく話を避けて、問題が起こらないようにしたまえ」
「そうしますよ」
ワーレンの忠告を聞いて、四人は部屋を出た。
しかし不安というほどの不安はない。
何よりも、彼らはこれから始まる学園生活のほうが楽しみだった。




