第四話 学生寮Ⅲ
学生寮は旧シャイローズ伯の邸宅を改築したものだった。
ユーリの祖父や祖母がもともと住んでいたらしい。それを改築し、今は学生たちのために貸し出しているとのことだった。
「とはいえ、まだ住んでいる学生は少ないのです。あなたを含めても5名程度のものですよ。これから増やしていく予定なのです」
ギャラハット氏はシャイローズ伯の考えを聞いている唯一の人物である。彼が言っていることはシャイローズ伯の考えを多分に含んでいる。恐らくシャイローズ伯は、この土地を多くの学生に貸し出すつもりなのだろう。
「これから入ってくる学生ってのは、予定にあるんですか?」
「それがさっぱりでして。伯は考えはあってもなかなか行動までには移せない人でして」
そうなのだ。
基本的に事なかれ主義を通すのがシャイローズ伯である。彼は学生たちを受け入れるという気持ちがある反面、自分の庭を荒らされるのではないかと心配に思っているところもあるのだ。
「まぁ、そのほうがあなたたちもゆっくりできるでしょう。部屋は多いので、少しさびしいかもしれませんが」
ギャラハット氏が薄く笑った。
この老齢の執事は、たまに薄く笑う時がある。それは得体が知れない笑顔で不気味さを感じさせたが、見方を変えればそこはかとない暖かさを感じる笑顔でもあった。
「さて、では中にどうぞ」
案内されて入った邸宅は、とにかく広かった。いくつも窓がある関係上、廊下も明るく照らされてはいたものの、その奥行にただ圧倒されるばかりだった。人間族をはじめ、全ての種族の貴族たちは金さえ持てば色々と贅沢する。
しかし、ディビルレイの貴族たちはそこまで資源があるわけでも、裕福なわけでもない。
一部地域には支配地域が豊かな貴族たちがいるが、彼らとて贅沢をしているわけではない。開祖たる秋津島吾郎が質素倹約を旨としていたこともあり、多くは金は持てどそれを温存する傾向にある。
そのため、ディビルレイでは飢饉が起きても、あるいは戦争が起きても、その潤沢な資金を使って危機を回避する能力があった。
その土地で育った月影も、この趣向には何か鼻がムズムズするような、何か不快なものを覚えた。
それを察したのか、ユーリは月影の後ろで苦笑いを浮かべている。
「悪い意味じゃないから、怒らないで聞いてね。でも、あなたたちにとってはここはとても居心地が悪いでしょう? あなたたちの美徳からすれば、あまりにかけ離れているもの」
「大丈夫だ。怒りはしないよ。本当のことだからな。しかし、その点で言えばシャイローズ伯なんかは俺たちに近いと思うんだけどな」
「そうよ。松陰様とずっと旅してたから。今や精霊族の中では名門の出でありながら、最も貴族らしくないなんて呼ばれているわ」
「いいじゃねぇか。素晴らしいことだ」
「さて、お話はそこまででよろしいですな? 寮に住んでいる学生を集めました。と言っても、恐らく4人の中の三人はあなたが知っている人物。本当はもう一人いるのですが、学費を稼ぐのに忙しい関係で、今日もバイトに出ております。学業が疎かにならなければいいのですが」
連れて行かれたのは食堂だった。
そこではメイドたちが並び、お茶の準備をしている。アクアディオスでは決まった時間にお茶を飲んで過ごすのが日課らしい。
柔らかく、上質な茶葉の香りが鼻をくすぐる。
そういえば、ここまで連れてきてくれた海賊船の船長が、自分は酒よりもお茶のほうが好きだと言っていたことを思い出す。
月影は酒を好んで飲むが、これからはこういう嗜みを広げてもいいかもしないと思った。
「どうぞ」
一人のメイドからティーカップを渡され、テーブルにつくように促される。
しかしそんなこと苦手で、少し戸惑っていたところに声がかかる。
「そうだろう? お前も苦手だろうよ? 俺もそうなんだ」
この声には聞き覚えがあった。昔から聞きなれている幼馴染の声だ。
「カスト! カスト・アーカイム!!」
「久しぶりだな。月影!」
カスト・アーカイムはディビルレイの構成国『ガルツ』の第二王子だった。つまるところ、境遇は月影と一緒。兄貴がいるがために家の跡を継ぐ資格は今のところなく、しかもサポートに回らなければならない。そういう役回りの人間だった。
容姿は赤い長髪、頭の側面から大きくねじれた羊のような角を日本生やしている。目の下には赤い縦縞の模様がついており、瞳も同じように赤かった。
真っ黒なローブを羽織っており、その手には真っ赤な水晶が埋め込まれた杖を握っている。
「すげぇだろう? この杖お前も見たことないか?」
「あるとも、お前の兄貴が持ってたやつだろう? 後継者しか持てねぇんじゃなかったのか?」
「兄貴がさ、俺には全く魔術の才能がないから、俺に持ってろって。ここに来る記念に贈ってくれた」
杖の名は『ブラッドスクリーム』。何ともおどろおどろしい名だが、それこそがガルツを支配してきた王が代々身に着けていた杖である。彼は魔族の父と、精霊族の母親を両親に持っていた。しかし、かといって魔術に長けえていたわけではない。しかし彼の兄はそれ以下だったのだろう。
「お前がいるってことは、あいつもいるんだろう?」
「いますよ。久しぶりですね、月影」
「アルフォンス! アルフォンス・フェローレ! お前はカストみたいに杖を持たないのか? 魔術師のくせに」
「私はこれで十分」
そういって外跳ね気味のはちみつ色の髪をした青年。彼はタクトのような短く細い棒を取り出して言った。しかしそのタクトの先は、キラキラと何かの力で輝いている。
「魔術は力押しではなく、また魔力量でもない。ただ器用さと効率性こそ重視するべき。これがお師匠様のお言葉でして。私はそんな魔術しか使えないので」
「お前は天才だったからな。お前みたいなのが器用さと効率性を学んじまったら、どんな魔術を繰り出すってんだ?」
アルフォンスは人間族の父親と精霊族の母親を両親に持つ男だった。彼の父親は魔術師から王の座に上り詰め、母親と夫婦の契りを交わして以来賢者として100年来を生き抜く伝説の人である。そんな二人の一人息子がアルフォンス。
彼はいずれ、ディビルレイの構成国フェローレを継承する存在だった。
そして、彼は幼いころからディビルレイの中では神童と言われている。魔術を繰り出すための源となる魔力量は決して多くないが、その中から魔術を効率的に繰り出す能力に長けていた。誰しも、魔力量が多ければ、後は詠唱さえ覚えればいくらでも魔術を放つことができる。
しかし無詠唱で、なおかつ効率的に魔術を使うことができるのは幾人かの天才にしかできないことなのだ。
「ところで、残りの一人は?」
「あなたの同郷ですよ」
「てぇことは、あいつか?」
「悪かったな。あいつで」
「いいや、会えてうれしいぜ。宿敵。そして親友」
最後に現れたのは、月影と同郷の秋津島からやってきた男。名を神楽主水といった。
月影のように髪を伸ばしてはおらず、かなり短く刈り込んである。目はしゅっと吊り上っており、かなりシャープな印象を与える男だった。体もそれほど大きくはなく、鍛えられてはいるがマッチョではなかった。
「神楽流の腕は?」
「お前に負けないくらいにはな」
「言うじゃねぇか。ところで、何でここに来た?」
「随分な言いようだ。お前の監視役ってところだな。親父さんがちゃんと勉強するように監視しておけってさ」
神楽家は代々秋津島家に仕える軍師の家系だ。
その主人に対して親父さんってのはあまりに不謹慎な物言いだが、主水はあまりその点を気にしない男だった。だから、彼はこれから先最も出世できない人間と目されていたのである。今回のお目付け役も、そういった面倒な役回りかと思われていたが、本人は大いにこの状況を楽しんでいた。
何せ、ここで最先端の勉強を学べるわけだ。しかもタダで。
さらに、目の前には荒覇刃牙流の免許皆伝者。神楽流はそれに対抗するために編み出された流派である。お互いの剣をぶつけ合うことができるのだから、武人としてはこれ以上の楽しみもなかった。
「まぁ、監視するつもりなんてないんだけどな。仲良くやろうぜ?」
「大賛成だ」
そんな感じで軽口を叩きあっていた中に、最後の住人が入ってくる。
「あら、遅かったじゃない。ターシャ」
流れるような乳白色の髪をたなびかせて入ってきた美人。
彼女の名はターシャ・ナイトロード。
これが月影とターシャの初めての出会いだった。




