センセーショナルな某疑惑について
ぼかしているが、隠しきれるものなどではない。
もし、とある機関ととある大学ととある企業ととある行政(も?)が関わっているとされるとある甚だしく由々しき疑惑が事実だとして、それを個人レベルの責任問題へと寄ってたかって矮小化させようと心血を注ぎかつ、それらを承知の上であの会見に臨んだ人間が立場に関係なくあの場に一人でもいるとするならば、疑惑の当人の所行よりそのことの方がよほど空恐ろしい。常軌を逸している。
とある機関・大学・企業・行政(も?)を一本の線でつなぐもの。それは「金」
とある甚だしく由々しき疑惑については現時点では推測の域を出ない。
ただ一つ、確実に言えることは、個人が執拗にバッシングされるとき、それはその裏に隠さなければならないほどの衝撃的な事実が存在する、あるいは、全うではない何らかの問題を継続的に常態化して(特に組織が)抱えている状況があるということ。
何十年も前のとある密約に、ある形で関わった個人が世間からの大バッシングに晒されたという事例がある。それを彷彿とさせはしまいか、件の疑惑は。
その時に、わたしは生まれてすらいなかったが。




