忘年会は死滅すればいいと思う件、の段
朝から穏やかでなく、お騒がせいたします。
さあさあ今年もやって参りました。年の瀬も押し迫り、何かと多忙な、そして雑多な高揚感に包まれる今日この頃。そんな雰囲気に水を差す滅法勘弁こうむりたいあの行事。その名も忘年会!
どこに居ても逃れられないかなしい宿命。それが日本社会といものです。
わたしは、ああいう非生産的なことは心底嫌いだ。声を大にして言いたい。嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、気合だ!
……変なテンションのあまり、違う人の言葉が入ってしまいました。
先の項で、合理主義うんぬんを批判していたのに、非生産を批判するなんて矛盾じゃないかと突かれそうですが、そういう意見には耳をふさぐことにして、とにかく愚痴を言いたいと思います。
よく言いますね、「飲み会で親睦が深まる」と。数々の飲み会を経験してきましたが、親睦が深まった試しがありません。むしろ、見たくない人間の側面を見て、幻滅・失望すること度々です。で、そういう側面を見せる人間に限って、「飲み会は良いことだ」という趣旨のことを言うんですね。阿呆か、というやつです。もう嫌んなります。
飲み会をすれば親睦が深まるというのは、ただ飲んで騒ぎたい人の意見の押し付けに過ぎません。世間の総意でも、人間の真理でも人間関係を円滑にするための極意でも何でもありません。親睦を深めるために必要なことは、仕事をするときに互いに真摯に向き合うということです。それに尽きます。
わたしは、職場外で職場の人と親睦を深めたいなどと一切思いませんし、お互いに仕事をきっちりやっていればそれに勝る信頼などありません。
何よりも嫌なことは、人との関わりを、「親睦を深める」という名目の飲み会あるいは忘年会という枠組みによって強制されることです。人と関わり親睦を深めるということが、なぜ飲み会でなければならないのか。親睦を深めるイコール飲み会という安直な図式では、むしろ良好な関係など築けないといい加減気づいても良さそうなものです。親睦を深めたいなら一生懸命仕事すりゃあいいんだよ! と叫びたいです。……わたしは誰に向かって言ってんでしょうね、この主張。
さて、ここで言っておかなければならないのが、わたしがすべての忘年会を否定しているわけではないということです。今の職場の人間関係は有難いことに良好ですし、友人同士での忘年会に限っては奮って参加します。ただ、飲み会・忘年会を行うのが形式的な意味だけならば、誰も幸せにはならないと訴えたいと思うのです。
と、いうわけで「意味のない」忘年会は死滅すればいいという所見でした。
とっちらかった議論で、なんとも失敬いたします!
だって、なぜか二回もあるんですよ、違う付き合いで。やってらんねえよなあ~世の中寒風吹きすさぶぜ、まったく。




