第6話 ランチタイムの衝撃
裏協定のことはよく分からないまま、俺はいつも通りに午前の授業を受けたのだった。今は昼休みで、教室中がガヤガヤと騒がしい。今朝のドタバタもあって疲れていたので、俺は机に突っ伏して仮眠を取ろうとしていた。
「聞いたー? 水沢さんの話」
「ねー。事故で記憶喪失とか本当にあるんだねー」
その時、近くにいた二人組の女子が千夏について話しているのが聞こえてきた。もともと学年の有名人だから、いろいろと噂をされるのも仕方ないことだろうな。
「でも水沢さんって……たしか伊達くんと仲が良かったよね?」
「そうそう! よく話してるもんね」
うわっ、俺に飛び火した。こっちが聞いてないと思ってるのかな。あんまり変なこと言われなきゃいいけど。
「伊達くんも忘れられてたら可哀想だねー」
「でもさー、あの二人って付き合ってるの?」
「どうなんだろう? 伊達くん、たしか他にも仲の良い女の子いたよね」
「あー、秋乃ちゃんじゃない? よく引っ叩かれてるじゃん」
どんな印象だよ。いや事実ではあるんだけどさ。俺と秋乃は同じクラスにいるから、皆からいろいろ見られているのかな。
「あと……生徒会の桑折さんのお手伝いもしてた気がする」
「えー、なんでそんな可愛い子ばっかにモテるの? あんなのが」
あんなので悪かったな!?
「三人とも幼馴染って聞いたよー。小学校からずっと同じなんだって」
「へえー。じゃあ伊達くんは選り取り見取りなんだ」
そんなこたあない。……と、思う。
「でも幼馴染同士で付き合うってあるの? 私だったら無理だなー」
「えー、なんで?」
「なんかそういう雰囲気になるとか考えられないもん。嫌じゃない?」
「まあ、そう言われたら嫌かなあ……」
たしかに今朝、冬雪がぴったり身体を寄せてきたのにはちょっと困ったな。別に不快ってわけじゃないんだけど、なんか違うんだよな。うーん、あんまり言語化出来ない。
「あっ、噂をすれば」
「えっ、なに?」
女子二人の声色が変わったので、思わず顔を上げた。すると教室前方の入口から千夏が顔を覗かせ、きょろきょろと教室内を見回している。俺は反射的に立ち上がり、歩きだそうとしたのだが――
「どうした、千夏――」
「千夏じゃん! どうしたのっ、うちのクラスまで来て!」
「ぐおおおっ!!?」
どこからともなく現れた秋乃によって、強引に行く手を阻まれてしまった。机の間で通せんぼをされてしまい、千夏のもとにたどり着くことが出来ない。
「えっと……秋乃、だよね?」
「覚えててくれたんだ! そう、幼馴染の志津川秋乃だよっ!」
「ちょっ、秋乃……通れない……」
秋乃は俺の通行を必死に妨げながら、千夏とやり取りをしていた。今朝の話もあったし、俺と千夏を接触させないようにしているんだろうな。
「それで? 何か用?」
「うん。えっと……航平と」
「……航平に何の用があるのよ」
明らかに秋乃が不機嫌になった。背中から負のオーラが醸し出されているような気がして、足がすくんでしまう。しかし、千夏は表情を変えずに話を続けた。
「こ……航平と一緒にお昼ご飯が食べたいなって。もちろん、秋乃も」
「アタシも?」
「うん。いろいろお話聞かせてほしいな」
弁当袋を持ち、千夏はニコッと笑みを浮かべた。秋乃はハッとして、すぐに照れくさそうに頬をかく。
「……分かった。いいわよ」
「よかった! あの……航平も来てくれるよね?」
「えっ?」
千夏の言葉に、秋乃がこちらを振り向いた。睨みつけるように俺の目をじっと見ていて、なにかメッセージを伝えようとしているようにも見える。
協定のことだけ考えるなら、ここは断るのが良いかもしれない。でも……千夏は記憶を失ったのに、俺たちとの仲を再構築しようとしてくれているわけだし。断るのもおかしいだろう。
「うん、もちろん行くよ」
「……! ありがとう!」
千夏の表情がぱあっと華やいだ。それを横目に見ながら、秋乃が俺の耳元に顔を寄せてぼそっと呟く。
「……分かってんじゃん」
「いいのか?」
「断ったら千夏が可哀想でしょ」
そう言って、秋乃は俺の横をすり抜けていく。トレードマークの茶髪が揺れて、インナーカラーのオレンジが輝いて見えたのだった。
***
俺たち三人は校舎のウッドデッキに向かった。秋乃と千夏が向かいあうような恰好で、備え付けの四角いテーブルを囲って席についている。
「「「いただきまーす」」」
運動部サイズのどでかい弁当箱を前に、千夏が嬉しそうに手を合わせた。俺の前にはいつも通りの母親お手製弁当があり、秋乃の前には二個のおにぎりと水筒がある。
「相変わらず千夏の弁当は大きいわね」
「ん、そうかな? 部活に行けないから小さい箱にしたって言ってたよ」
「「それで!?」」
この弁当だけでも一キログラムはありそうだけどなあ……。流石はソフトボール部の主砲なだけあって、食トレも大切にこなしているというわけか。
「ん~、美味ひ~!」
千夏は幸せそうな顔で白米を頬張り、すっかり自分の世界に入ってしまっていた。本当にこういうところは怖いほど変わってないなあ。
「秋乃はやっぱり自分で作ってるの?」
「ええ、そうよ。うちのお母さん忙しいから」
「そっか。秋乃はすごいな」
「別に。秋生もいるから、アタシがちゃんとしないと……」
「ふぁ、あきお?」
「ああ、アタシの弟の名前。生意気なクソガキだけどね」
「ふぇ~(へえ~)」
首をかしげていた千夏が、再び箸を動かし始めた。それにしても、秋生ももう中学二年生くらいかな。昔はよく遊んでやったりしたからなあ――
「あっ、やべっ!」
考え事をしていたら、うっかり箸でつまんでいたハンバーグの欠片をズボンの上に落としてしまった。慌ててポケットを探そうとした瞬間、横から数枚のティッシュが現れる。
「もー、秋生みたいなことしないでよね」
「えっ?」
「ほらっ、じっとしてないとソースが垂れるよ」
言われるがままに固まっていると、秋乃が俺の下半身に覆いかぶさるようにして、丁寧に零れたあとを拭き取ってくれた。ギャルっぽい見た目とは正反対の、まるで母親のような行動に……思わず照れ臭くなってしまう。
「ちょっ、自分で拭くって」
「いいから。あー、やっぱりちょっと残っちゃった」
「家に帰ったらなんとかするよ。ありがとな」
「別にこれくらい、なんとも――」
秋乃が顔を上げた瞬間、至近距離で目が合った。驚いたのか、秋乃は飛び上がるように激しく反応して、小さな声を漏らす。
「ないっ! から……」
「そんなにビビる?」
「うっさい! 急に目の前にいたからビックリしたの!」
秋乃はやいのやいのと言いながら、自分の席に座り直した。普段は堂々としているから、こういう反応をしているのを見るとなんだか微笑ましく思えてしまうな。
「……航平と秋乃って、普段からこうなの?」
「「えっ?」」
「なんか距離が近いっていうか、スキンシップっていうか……」
「「いや……いやいやいや違う違う違う!!」」
千夏にあらぬ疑いをかけられているような気がして、俺と秋乃は慌てて否定した。
「なっ、なんでコイツとそんなっ……!」
「そうだよ千夏! 俺は秋乃と何もしてないって!」
「そうなの?」
首をかしげ、俺たちのことを訝しむようにじっと見ている千夏。その視線に耐え切れなくなったのか、秋乃が一気呵成に口を開く。
「ちょっ……勘弁してよ千夏! 航平とはただの幼馴染だから!」
「じゃあ、秋乃は航平のことが好きじゃないの?」
「すっ!? 好きって……あ、アタシが航平なんか好きなわけないじゃん! 胸ばっか見てくるエロガキだし!」
「じゃあ今度から尻も」
「あんたは黙ってて!」
「ふーん、好きじゃないんだ……」
「そっ、そうよ! 航平なんか好きでもなんでもない!!」
不思議な顔をしている千夏に対して、秋乃は不自然なほど必死に否定を続けていた。まあ、コイツは三人の中でいちばん協定のことを重視しているんだ。俺のことを好きになんかなるわけな――
「でも、秋乃は航平にラブレターを書いたことがあるんでしょ?」
「えっ」
「へっ?」
ラブレター? よりにもよって秋乃からそんなものを貰った記憶はないけどな。コイツが健気に恋文を書く姿なんてまったく想像できないし。いったい何を勘違いしたんだろうな。
「あのなあ千夏、コイツが俺にそんなもん書くわけ――」
「ななななっ、なんでその話知ってるのよ……」
「え?」
「なっ、なんであんたがその話を知ってるのよっ!!!?!!!?」
そこにあったのは、耳たぶまで真っ赤になって千夏に詰め寄る秋乃の姿であった――




