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第一話 追放宣告は昼下がりに

 昼下がりのギルドは、パン屋の匂いと古い地図の紙埃でできている。受付の鈴がちりん、と鳴るたび、冒険者たちの視線は片手で拾って片手で捨てられる。

 そんな眠たい空気のど真ん中で、ギルドマスターが宣告した。


「リオ。神託ガチャの結果が出た。君は——不適合、凡。以上だ」


 掲示板に貼られた羊皮紙。でかでかと刻まれた「ノーマル」の文字。

 俺は、喉の奥で笑いそうになった。いや、笑わない。ここで笑うのは一回目で学んだ最悪手だ。


 深呼吸。机の隅の家族写真——割れたガラス、欠けた角。ギルマスの指先がそこを無意識に庇った。

 見えている。細部は、選択肢だ。


 心の内側にある、ひとつだけのボタンを押す。皮膚感覚でそこにあると知っている、最弱スキル。


〈再挑戦〉——起動。


 視界がくるりと裏返る。床板の軋みが逆再生され、鈴が巻き戻しで無音になった。

 戻ったのは、宣告の十数分前。受付の鈴が鳴る直前だ。


 ——二回目。

 今度は、言い返さない。

 俺は受付で用意してきた紙束を差し出す。


「南区の補修依頼、今日の掲示に載せる予定ですよね。人、足りてません。あれ、僕が拾います」


 ギルマスの眉がわずかに動く。

 家族写真の背景は南区の古い橋。欠けた角は橋脚。写真は最近割れた。その理由は——この町の人で、なら、だいたい分かる。


「君は自分の立場が分かっているのか? 神託ガチャでNを引いた。冒険者としての適性は——」


「分かってます。だからこそ、Nで取れる戦い方に切り替えます。雑務も、穴埋めも。南区は……急ぎでしょう?」


 沈黙。

 周囲の冒険者が鼻で笑う音。いい、笑ってろ。笑い声は気流と同じで、読めば避けられる。


 ギルマスは、写真から指を外した。


「……二日。二日で南区の掲示を片付けてみせろ。できなければ、追放はその場で執行する」


「ありがとうございます。二回目は、うまくやります」


 ふっと天井の片隅で、誰にも見えない存在が笑った気がした。気のせいじゃない。俺は知っている。

 あの視線の主は——女神だ。神託ガチャの保守運用担当。掲示板の裏の裏まで知っている、管理者の中の管理者。


 そして女神は、わずかに首を傾げ、俺を二回目と呼ぶ。


     ◇


 南区の補修は、冒険者というより雑用屋の仕事だ。崩れかけの石段を直し、老朽化した掲示板を換え、橋の下でモンスターの巣を掃除する。

 汗は目に入ると塩辛い。塩辛いけれど、やり直す価値がある。


 一回目の俺は、ここで虚勢を張った。

 「俺は戦える」とか、「ガチャは不運だっただけ」とか。

 そして、王都の人気依頼に並び、見事に落ちた。

 依頼主の質問に詰まり、値踏みされ、はい次の方、と。

 で、追放宣告。

 学習した。再挑戦は、一日一回。ならば、外さない一回に使うべきだ。


「リオ、橋の下、終わったかー?」


 大工の親父が声をかけてくる。

 腕まくりしながら、俺は巣を掻き出し、最後に石灰を撒く。モンスターは戻らない。戻らせない。

 こういうのは、Nでも勝てる。Nだからこそ、勝ち筋がある。


 夕暮れ。南区の掲示板に、俺の名前で完了印が三つ並んだ。

 ギルドに戻ると、受付嬢が目を丸くする。


「一日で、三件……? え、はや……」


「今日の“神託ガチャ”、引き直し、できますよね」


 受付嬢が慌てて首を横に振る。


「ひ……引き直しなんて、神託は一日一回です! そんな都合よく——」


「“巻き戻し”なら、別です」


 口にした瞬間、背筋に冷たい感触が走った。

 天井の片隅。誰も見ないはずのそこから、降りてくる気配がある。


『——規約違反ではありません。神託は一日一回。ただし彼は、一日を“二回”やっていますから』


 鐘の音みたいに透明な声。受付嬢が目をぱちぱちさせ、周囲の冒険者は「今、声したよな?」とざわつく。

 見えないだけで、その存在は確かにそこにいる。ギルドの古地図の上、影の濃い角。

 女神は、俺だけに、ひとつ囁いた。


『二回目さん。——本当に、引き直しますか? 確率のゆり戻しが溜まっています』


 来た。

 再挑戦を連打すると、世界は不機嫌になる。簡単に言えば、たまたまの反撃が強くなる。

 でも今日の俺は、南区で稼いだ。因果ポイントだの確率偏差だの、女神の難しい言葉は割愛するが、帳尻は取っている。取りに行った。


「引き直します。狙いは——通話系。情報が欲しい」


『神託ガチャ、リロール申請、受理。二回目さん、目を閉じて』


 まぶたの裏に、無数のアイコンがぱっと咲く。

 剣、盾、地図、薬瓶、コイン袋——そして、指輪。

 カーソルみたいな光が、指輪の上で止まった。

 心臓が、一拍、速くなる。


『結果——SSR:女神の指輪(通話)。当選です』


 ギルドの空気が、きゅっと引き締まる。

 俺はゆっくりと目を開ける。受付のカウンターに、確かに載っている。淡い光の指輪。

 ざわつく冒険者たち。ひゅうと口笛が鳴り、誰かが「あいつ、さっきNだったよな?」とつぶやく。

 ギルマスが出てきて、じろりと俺を見る。

 ここで調子に乗ると一回目の俺だ。

 だから、俺は最適化の通り、深く頭を下げる。


「ギルマス。南区の件、続きも引き受けます。……それと、もし可能なら、王城関係の小口の依頼、僕に回してください。情報が欲しいんです」


 王城。王女の管轄。政務は情報の海だ。

 ギルマスの視線が写真にちらりと落ちる——南区の橋、割れたガラス。

 彼は短く息を吐いた。


「……二日と言ったが、撤回だ。南区は本日分、よくやった。王城の使いがひとつある。誰もやりたがらん雑務だ。やるか?」


「もちろん」


『二回目さん。やっぱりあなた、“最善ルートの顔”をしていますね』


 女神の声が指輪に染みる。

 俺は、掌の上の光を見つめた。

 これで、神託掲示板の裏側にアクセスできる。更新タイミング、隠し条件、依頼主の本音。

 Nのままでも、戦える。

 いや——Nだからこそ、最短手順で踏み外さない。


 ギルドを出ると、夕陽が石畳に長い影を落としていた。

 通りの向こう、王城へ続く大路。人の流れは一定で、読みやすい。

 その流れの端に、一本の線。

 剣を背負った、白い衣の影。

 風に揺れる前髪、こちらを一秒だけ見て、去る。

 ——剣聖。ユノ。王都最強。勝負脳。

 目が合ったのは、一秒。

 けれど、その一秒が、未来の分岐をひとつ灯した。


『ねえ、二回目さん。教えてください。あなたは今日、どこで“使う”つもりだったんです?』


「決まってる。追放宣告の“前”。それが一番恥ずかしくて、一番効く」


 女神が、笑う。

 指輪が、微かに温かい。


 王城へ歩き出す。

 最適化は地味だ。地味だけど、気持ちいい。

 失敗は、前座。

 これから俺がやるのは、神託も依頼も恋も、最短証明だ。


 ——ハーレム?

 それは副産物。

 俺は最善ルートを歩く。その途中で、女神も、王女も、剣聖も、最善の俺に惚れる。それだけの話。


 石畳が、夕陽で金に変わった。

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