【10章】駒
会社でPCとか分からなくて、トラブった時とか仲間外れみたいな目にあったこと…ありますよね?
公務特任第4課・解析ルーム。
静かな室内に、端末の処理音が淡々と鳴り続けていた。
佳央莉は画面に流れるログ一覧を睨みつける。膨大な暗号通信の海──
だが、その中にこそ黒幕の痕跡が潜んでいるはずだった。
「さすがに……これだけ手際がいいと、外部協力者がいるのは
間違いなさそうね。」
優斗は腕を組み、ゆっくりと息を吐く。
「……誰が、どこから、ここまで仕掛けてる?」
『通常の犯罪組織レベルでは不可能です。複数の経路で、分散して
暗号化通信を行うシステムは、国家レベルの技術的支援を受けている
可能性があります。』
「つまり──国家レベルに匹敵している連中か…この国の技術官の
誰かが協力しているって事?」
『はい。現時点では断定できませんが、“AI暴動と市民暴動の二段階構成”
における戦略性からも、高度な計画立案能力と実行力を持つ組織体の関与が
疑われます。』
「夜桜、通信ログの解析優先度を最大にして。現状のあなたの全リソースを
投入して構わないわ」
『了解しました。並列解析プロセスを再構成します。』
──そのとき、夜桜のアバターが一瞬だけ何かに引っかかったように
動きを止めた。
『……?』
優斗と佳央莉が顔を見合わせる。
「「どうした?」」
『いえ……一部ログに、演算エラーを検出しました。過去に接触した
通信プロトコルと酷似しています。』
「まさか…解析が妨害されている?」
しかし佳央莉の心配をよそに、夜桜は告げた。
『……解析完了。発信経路の特定は一部可能です。ただし、通常ならば
ここから先の追跡は困難です。』
「いいわ夜桜、権限昇格。追跡開始」
『……了解しました。権限昇格処理完了。解析アルゴリズムを再構成します。』
佳央莉がてきぱきと夜桜を操る。
優斗はその様子を黙って見守っていた。
次々と流れていく専門用語とコマンド群。見ているだけでは、何をしているか
今ひとつピンと来ない。
優斗はタバコに火を点け、煙を吐き出しながら、ふと呟いた。
「堂島さんも、こんな感じでタバコ吸ってたんだろうな……」
自然と、笑みがこぼれた。
VPNの通信エラーログを夜桜が解析。
国家権限と演算力を持ってすれば、通常は辿れない発信元も特定できる。
『一部、発信元を特定しました。工業区画D-3ブロック、旧廃工場跡地です。
出入記録の改ざん、監視カメラの偽装も確認。高い組織性が想定されます。』
優斗は画面の座標を見つめ、静かに呟く。
「……ここにいるかもしれないのか、黒幕が」
『優斗さん、現地潜入は高リスクです。正規部隊の派遣を――』
「ダメだよ。それじゃ間に合わない。俺が行く」
『……単独潜入は想定外です。あなたの安全を優先すべきでは――』
「……それに」
優斗はタバコの煙をゆっくりと吐き出した。
「3課の連中も、そろそろ動こうとしてる。放っておけば全部
持っていかれるだけだ」
『……了解しました。支援プログラム、再構成完了。』
優斗は静かに立ち上がった。
銃の手入れに取りかかる。
H&K USP Compact 9mm──優斗の相棒だ。
スレッデッドバレル交換。
ナイトサイト搭載。
エルゴグリップパネル装着。
トリガースプリング軽量化。
マットブラック外装コーティング。
黙々と、自分で仕上げてきたカスタム。
最後にスライドを引き、カチリと静かな音が響いた。
「……行こう、夜桜」
夜桜に声をかけたその時──
「久しぶりだな、優斗」
霧島長官が久々に準備室へやって来た。
「――長官! ご無沙汰してます。帰国してなかなかお会いできず
申し訳ありません」
「いや、いい……それより君は相変わらず私の前では敬礼が出てしまうね」
「すみません、つい……」
霧島は柔らかい笑みを浮かべながら、優斗の緊張を解そうとする。
「まあいい。普段通り楽にしてくれ」
優斗は久々に会う霧島に緊張を隠せなかった。いつも通り、
固いベンチに再び腰かける。
「これは我々4課でしかできない追跡だ。3課の連中に後から
やられないよう、全力でミッションにあたってほしい。だが、
くれぐれも無茶はするな。今、君にいなくなられたら4課は解散だ」
霧島は笑いながらも真剣な眼差しで優斗を見つめる。
「わかりました!」
優斗はダッシュで準備室を後にした。
と、優斗は走りながら思案する。
「長官……何かあったのか……」
その頃、霧島は優斗の座っていたベンチへ腰かけ、
「全く……俺の、どの口が言っているのやら……」
と、自嘲していた。
工業区画D-3、夜。
優斗は無音で壁を乗り越え、闇に溶け込んだ。
端末越しに夜桜の声が静かに響く。
『監視カメラ制御完了。外周警備は盲点を形成中です。』
「ありがとう、夜桜。入るよ」
建物内には機械音とわずかな人の声。慎重に、先へ進む。
『三十メートル先、巡回兵二名。回避も可能です。』
「……仕留める」
『……了解しました。』
優斗は音もなく背後に回り込み、一瞬で二人を沈めた。
さらに、奥へ。
『優斗さん……私は、あなたのその選択が正しいのか分かりません。
あなたは危険に飛び込む。それが最善なのかどうか、私はまだ――』
「わからなくてもいいよ、夜桜。俺だって、全部が正しいなんて
言い切れないから」
『……演算処理を継続します。』
『次の区画に四名。奥の制御室に、指揮系統と思われる対象を確認しました。』
「……行くよ」
優斗は閃光弾を放り込み、爆音と光の中へ突入した。
一人目。手首をひねり銃を弾き、肘打ちで昏倒させる。
二人目。ナイフをかわし腹部へ拳、膝蹴りで顎を跳ね上げる。
残る二人が突進する。優斗は低く滑り、足払いで一人を転倒させ、
その背中を踏み台に跳躍。
──訓練の日々が、今も体に染みついている。
跳び蹴りが顔面を貫き、壁に激突。
着地と同時に転倒していた男の背後を取り、腕を極めて意識を落とす。
わずか十数秒。
誰一人、声も上げられなかった。
制御室の扉を蹴破ると、一人の男が立っていた。
痩せた体に、薄汚れた白衣。しかし男はアジトに踏み込まれたとは
思えないほど落ち着いていた。
「お前が噂の四課か……一人でここまで来るとは、なかなか肝が
据わってるな」
「……あんたが指揮役?」
「ハッ!俺なんざただの使い走りだ…こんなとこまでわざわざ
乗り込むなんてご苦労な事だな」
『発言傾向より、真の統率者ではない可能性が高いです。
上層の存在を示唆しました。』
優斗は間合いを詰める。男は後退しながらも怯んではいない。
「俺に構ってる場合じゃないと思うがな…」
優斗は男が密かに腰から抜こうとしたスタンガンを弾き落とし、
関節を極めて床にねじ伏せた。
「……じょ、冗談だよ… 俺が知ってることは話してやるよ…
役に立たないとは思うがな」
男は観念した様子で呟くように話した。
「でも無駄だぞ。お前じゃ、あの人たちには届きもしない…
こんなすぐアジトを突き止められるようなヘマなんざしないぞ」
優斗は淡々と拘束具で男を縛り、情報端末やサーバを回収する。
『脱出経路、確保しました。』
「……帰ろう、夜桜」
廃工場を抜け、夜の闇に紛れながら、夜桜の声がかすかに震えた。
『優斗さん。私は、あなたの在り方が、正しいのかどうか、
やはりまだ判断できません……。
あなたは常に自らの手で進む。私の支援は、十分なのか、
分からなくなります。』
アバターの目が、ごくわずかに伏せられた。その視線の揺れは、
まるで“人間の戸惑い”のようだった。
「それでいいよ、夜桜。俺たちは、考え続ければいい」
夜桜は、少し安心したように微笑んだ。
『……了解しました、優斗さん。』
優斗は小さく夜桜のアバターに笑いかけながら、
暗い路地を歩き続けた。
「本命はどこだ…」
──【11章 沈まぬ炎】へ続く
次回、暴動本編




