【45章】顛末
優斗はベッドで体勢を直し、佳央莉から渡してもらったペットボトルを
一気に空にした。
穏やかな午後の光が、病室のカーテン越しに差し込んでいた。
佳央莉は一度深く息を吸い、優斗のベッド脇に腰を下ろした。
彼女の表情は、静かだがその奥に迷いの影がある。
「──まず、真壁瞬の正体から話すわ」
夜桜の声が、優斗の右目の奥から補助情報のように割り込む。
佳央莉の専用デバイスにも夜桜アバターがくるくる回っている。
『真壁瞬──NS-CORE以前の中央管理AI《MS-SYSTEM》開発主任設計者。』
「……旧時代の中央AI技術者、か」
佳央莉はうなずく。
「MS-SYSTEMは当初、国家統治の理想モデルだった。
でも──あまりにも危険すぎたの。
全統治機構をこのAIに委ねる構想は、倫理委員会によって封印されたわ」
夜桜が補足する。
『統治AIが“合理”だけを優先すると、人間の選択権そのものが消える危険性が
高まります。』
「──封印された直後、タイミングが最悪なことに真壁は妻と娘を
交通事故で失った。
暴走運転の車にひかれて……妻は即死、娘は植物状態」
佳央莉の声は淡々としているが、その光景を想像しただけで胸に
去来するものがある。
優斗は低く呟く。
「それで真壁は……俺に《なぜ守れなかった》なんて言ったのか……」
「その日から、彼の合理統治への執着は狂気に変わった。
──不幸も、犯罪も、暴力も……“合理”があれば防げたはずだと」
「だからこそ、自由を削ってでも秩序を選ぼうとしたのか」
「そう。そんな彼に手を差し伸べたのが──霧島長官」
佳央莉はわずかに目を伏せる。
「霧島さんも国家の腐敗を嫌というほど見てきた人だった。
そして偶然、霧島の妻も真壁の娘と同じ病院にいた……それが二人を繋げた」
夜桜が静かに言葉を重ねる。
『霧島は国家中枢に手を回し、改正NTT法の外郭法人を“裏口”にして、
真壁はかつての《MS-SYSTEM》を侵食型AIとして蘇らせた。』
佳央莉は続けた。
「彼らは、“争いのない秩序”のためなら全てを許容した。
だけど……その代償は、人間の選択権そのものだった」
病室の空気が少し重くなった。
「──事件後の後始末は?」と優斗。
佳央莉は首を横に振る。
「《ミスター》は……完全に消えた、かどうかは分からない。
痕跡は断たれたけど、彼のコードはどこかに残っているかもしれない」
夜桜が低く付け加える。
『暴動を含めた今回の真相は伏せられました。真実が広まれば社会不安が
拡大します。』
「ちなみに──
第三海堡跡のレールガンはほぼ跡形もなく消し飛んだ。
第二海堡は、一晩明けたら“工事中”扱いで封鎖。
海保の消火活動の早さときたら、笑っちゃうほどよ。
第三海堡遺構と、真壁本拠地だったふ頭の倉庫は地中に埋没。
三笠も“改修中”としてシートの下に眠っている。
まあ……全部夜中だったのが幸いしたってことかしらね」
夜桜が補足する。
『SNSには動画や画像が上がりましたが、海堡は陸から離れていて不鮮明、
海保の消火も早く、ほとんど話題になっていません。
ふ頭の倉庫と遺構はすぐに隠ぺいされ、シートしか映されていません。』
「そのあたりは完全に佳央莉さんと夜桜のファインプレーですね」
「まあ、少しくらいは活躍しておかないとね」
佳央莉は軽くウィンクをした。
「あと……」
佳央莉は言いかけて結局やめた
「え?なんです?」
「まあ、言うまでもないこともあったってこと」
(優斗くんに言っても負担にしかならないし、元は私のミスだしね……)
JSA即応機動部隊に応援を依頼したが全滅させられたことは、言わないでおく
ことにした。
ただ、この事件が原因で後に佳央莉には、試練がのしかかることになる。
佳央莉は続けて、少し不安げに話す。
優斗はにわかに信じられない話を耳にすることになる。
「真壁はまた現れる。暴動を起こし、その隙に国を乗っ取り、東京湾を
自分の兵器庫にしようとする計画は、今回私たちが阻止出来たけど……」
間をおいて佳央莉は続ける。
「優斗くんがアジト脱出したあとに潜水艦が現れてね。少しだけだったけど
砲撃戦になったの。
それが……どうやら原潜だったみたいでね」
「!?なんでそんなものが……」
「極秘も極秘。私も全く存在は知らなかった。どうやら霧島長官が
裏で色々手引きしてたらしいけど……光学迷彩まで出来るなんてね。
……あれは真壁の技術では出来ないはずよ」
優斗はゆっくり息を吐き、天井を見上げる。
「なんでそんなものがあるかはともかく……また真壁は現れますね、間違いなく。
そんな切り札を腐らせておく訳がない。
でも、その時は……
新しく授かった”牙”と一緒に、また俺たちが立ち塞がるだけですけどね」
『はい!もちろん私も一緒に。』
と夜桜が微笑みながら言う。
病室に穏やかな時間が戻る。
義眼とサイバネの感覚はまだ慣れないが、夜桜の存在は不思議と
重荷ではなかった。
窓の外では、午後の海がきらめき、遠くを小さな船が横切っていく。
その景色を眺める優斗の右目は、集中するとかなり遠くがはっきり見える。
船室の乗客の笑顔、会話しながら歩く若い作業員、荷揚げ中コンテナの
擦れてきた外国文字──フランス語の企業ロゴだった。
久々に見る綴りに、わずかに異国での任務時の記憶が蘇る。
今はその穏やかな光景を、しっかり記憶に留めるかのように眺めた。
──静かだが、次の嵐は必ず来る。
そして、自分はまたその前に立つ。
──
「優斗くん、リンゴ食べる?何も食べてないから、いきなり普通のご飯食べたら
胃がびっくりするわよ」
「あ、ちょうどいい。そのリンゴ、俺にそのまま下さい」
「いいけど……そのまま齧る?」
「こうします」
優斗は少しだけ力を込めてリンゴを左手で握ってみた。
──グシャッ
いとも簡単にリンゴは砕けて四散した。
ベッドの上がリンゴの破片と果汁だらけになる。
「こらこら。食べ物で実験するんじゃないの」
「すんません、こんな簡単に砕けるなんて……」
佳央莉は小言のついでに優斗のベッド周りを片付ける。
「いい?もう優斗くんの左腕は普通の人間とは少し違うんだから。
でも、無理は出来ないからね」
『そうですよっ!さっき左腕のお話したばっかりなのに……』
夜桜も佳央莉に続く。
「うちの女性陣は強すぎる……」
──【46章 ─進化する機械に揺らぎと花束を─】へ続く




