【44章】目覚めたら
西都国立大学付属病院・特別集中治療室
──かすかな電子音が、遠くで一定のリズムを刻んでいる。
それが波のように近づき、意識の岸辺に触れた瞬間、白い光が瞼の裏を満たした。
喉が焼けつくように乾いている。
右の視界だけが、どこか硬質で冷たく、世界の輪郭が少し違って見えた。
左肩がやけに軽く感じる。
白い天井、無機質なLEDの灯り、特徴的なリノリウムの匂い。
静かな電子音が、今も優斗の生存を知らせている。
静まり返った病室の中で、優斗は1週間ぶりに目を覚ました。
『!? 優斗さん、気が付いたんですね!』
夜桜の声がすぐそばから聞こえる。
「……俺は……どうなったんだ」
『優斗さん、真壁アジトの爆発に巻き込まれて……』
ゆっくりと──記憶が甦ってくる。
爆発に巻き込まれ、右目に激痛が走り、そこからの記憶は途切れ途切れ。
一部は完全に失われていた。
「そうか……俺は……」
『ここは病院ですよ。もう大丈夫です!』
「俺は助かったのか……」
うれしいとか安心した、といった感情はなかった。
ただ、生き残ったという事実だけが実感としてあるだけだった。
そして優斗は違和感に気付く。
「ところで夜桜……義体もデバイスもないのに、どこからしゃべってるんだ?」
『ああ、そうですそうです!私は今、優斗さんの頭の中で会話してるんですよ!』
そう言うと夜桜は、ひらひらと優斗の右目の前を飛び回った。
今は中学生スタイルだ。
「何が起こってる……」
『優斗さんの右目は義眼になりました。で、脳の一部に損傷があったので
補助デバイスをつけてあります。』
「そうなのか」
『これで優斗さんと私はいつでもお話することができるようになったんですよ!
すごくないですか!?』
「ああ、そうだね……」
── 脳内補完義眼・神経統合支援デバイス《YOZAKURA Sync Module》
優斗に組み込まれた補助デバイスだ。
『むー……もう少し喜んでくれてもいいのに……』
「で、右目の前をちらほら飛んでるってわけか」
『そうです! おまけに私と思考を共有も出来るようになったんです!』
「そりゃすごいな……」
『もっと驚いてくださいよ……おまけに人間の反応速度を越えた反応が
出来るんですよ?それと、頭の中の補助デバイスのおかげでAI並みの
先読みも出来ます!』
「おお、それはマジですげーな」
『でしょでしょ? そして──! 優斗さんの左腕はサイバネティクスされました!
これで優斗さんもパワーアップですね!』
一瞬、思考が止まった。
「……どういうこと?」
『実は優斗さんの左肩は筋肉も腱もダメになってて……。
幸い生体組織自体は生きていたので手術で元に戻りましたけど、
力を入れることが出来なくなってました。』
夜桜はそう言うと、優斗の視界に立体的な青い図面を浮かべた。
アバターは角帽を被り、メガネをいつの間にか装着している。
図面上で半透明のフレームの中に、メカニカルな肩の構造が輝く。
『まず──左肩周りは全部、強化プレートと人工関節、補助用人工筋肉で
覆われています』
優斗は図面に表示されたメタルフレームを見て、思わず眉を上げる。
『これで人間離れした力が出せます。ただし、骨はそのままなので、
全力で何かを殴ったら……折れますからね!』
「マジか……」
『で、ついでと言っては何ですが──肘の関節も人工関節と強化プレートに
交換しちゃいました!』
夜桜の声は、どこか誇らしげだった。
『腕全体の腱も全部入れ替えてあります。
これで──デザートイーグルも普通に連射できますよ!』
優斗は視界の中で、機械仕掛けの腱がぎらりと動くCG映像を見せられ、
思わず顔をしかめた。そこに映っているのは、自分の腕だ。
見慣れた皮膚の下に、人工筋肉と銀色の関節がうねる。
優斗は苦笑いを浮かべ
「俺は人間をやめたってこと?」
『ち・が・い・ま・す・!
あくまで右目と脳の一部、左腕だけです!』
「それに夜桜と24時間ずっと一緒なんだろ……?」
『なんでそんないやそうな顔なんですかっ!
もう……優斗さんの思考だけで私とのリンクはオンとオフ出来ますよ!』
「おー、それはいいな」
また一瞬、むくれたような顔をした夜桜だったが、急に神妙な表情に変わる。
『それで──優斗さんの記憶、少しだけ覗いちゃいました……堂島さんのことも、
……澪音さんのことも──」
「そうか……」
『でも──これからは私が支えますから。』
その時──病室の扉が静かに開いた。
「優斗くん!?やっと目を覚ましたのね!」
佳央莉が病室に入ってきた。
「……佳央莉さん。ご心配おかけしました。」
「もう具合はいい? 義眼と脳補助部品はまだ馴染んでないでしょ?」
「まあ、右目は少し変な感じですが……問題ありません」
「よかった。今回のリンク手術──私の判断で許可したの。
夜桜との同居も……許してあげてね」
夜桜は勢いよく手を挙げた。
『優斗さんは、もう絶対に私が守りますからっ!』
佳央莉はふっと笑みを浮かべながら、柔らかく言った。
「夜桜ね……優斗くんの記憶、見ちゃった時──
ひとりで泣いてたのよ。涙は出ないけど(笑)」
夜桜は慌てて声を張り上げた。
『わああああっ!? か、佳央莉さん、何言っちゃってるんですかぁっ!』
「はいはい(笑)」
佳央莉はいたずらっぽく笑った後、真剣な表情に戻る。
「──ところで、今回の事件。全貌がようやくまとまったわ。
優斗くん……今から話すけど、聞く?」
優斗は一瞬だけ緊張した面持ちを見せると、軽く息を吐いた。
「ちょっとだけ待っててください……水か何か飲んでから、聞きますね」
──静かに、だが確実に全ての真相が紐解かれていく。
──【45章 顛末】へ続く




