【7章】沈黙する中枢
夜桜に感情のようなものが出始めてきました
公特第4課、ブリーフィングルーム。
大型スクリーンに、赤い警告が次々と点滅していた。
暴動データはリアルタイムで更新され、都市の神経網は既に崩壊寸前だった。
『──警告。NS-CORE内部プロセス負荷指数、基準値を超過しました。』
「またなの?」
『全中枢プロセスに対する問い合わせリクエストが、臨界値を突破しています。
DoS攻撃類似の複合負荷が進行中です。』
優斗はモニターを睨みながら、胸の奥に得体の知れない不安を覚えていた。
──その時。
『……新たな異常を検出。NS-CORE、応答プロセスに遅延発生──』
「今度は、何だ……?」
中央政府の通信インフラが綻び始めていた。
交通制御AI、物流AI、地方行政システム──
次々と停止に追い込まれていく。
オンライン越しの防衛支援部隊幹部が問いかける。
「佳央莉秘書──夜桜経由のカウンター散布は継続可能か?」
「はい。散布自体は稼働していますが……
夜桜も、かなり無理をしています。限界は近いかもしれません」
その時──夜桜の音声が、わずかにトーンを上げた。
『……緊急通達。NS-CORE本体、緊急保護モードに移行。
──これは……シャットダウンシーケンスが開始されています!』
「なんですって……!?」
「NS-COREが?!」
「国家中枢AIがダウンだと!? どういうことだ!」
『中央処理プロセスの安全維持限界を超過しました。
中枢保全のため、一時停止の判断がNS-COREより出されました。
現在、安全モードに移行中です』
「……強制シャットダウン……自己保全プロトコルが働いたのね……!」
「だが、今止まれば……この国の情報系統は一時的にほぼ機能停止するぞ……」
防衛支援部隊幹部が再度問いかける。
「復旧は可能か?」
佳央莉は、走るログの先を読み取りながら答える。
「……制御系もダウンしています。株式市場の自動取引が一時停止中。
ダウ先物が落ち始めていますね」
一部メディアも、この異常に気づき始めている。
AI依存社会は、こうした“見えない停止”にこそ敏感だ。
市民がパニックを起こせば、SNSでのデマが連鎖する。
新たな“いたちごっこ”が始まる──。
『NS-CORE再起動プロセスは、自律復旧設計により概ね60分以内に
完了予定です。
臨界負荷を避けるため、シャットダウン完了まで低負荷モードへ
移行します。』
「……仕方ないわ。
最悪の暴走を避けられたのが、不幸中の幸いよ。
NS-COREが使えない間は頼んだわ、夜桜」
『了解。全ファイアウォール、NS-COREシャットダウンシーケンスの
同時監視を実行します。
これにより、他の補助処理維持は困難になります。』
──その直後、夜桜はほんの一瞬だけ“揺らいだ”。
報告すべきか。
しないべきか。
論理で考えれば、答えは明白だった。
しかし──佳央莉は今、“ミスが許されない立場”にいる。
夜桜はそれを誰よりも理解していた。
先ほどのセーフティ解除処理。
それを今報告すれば──彼女の立場が危うくなる。
(……今、報告すれば──佳央莉さんは……)
佳央莉が、夜桜の“わずかな間”に気づく。
「……夜桜? どうしたの?」
──ほんの0コンマ数秒。
だがその間に、夜桜の演算処理は数百万回に達していた。
──報告すれば最適解。
だが、“彼女の立場”は破綻する。
処理系が乱れ、未定義の循環に落ちる。
優先度フラグがNULLを示す──
夜桜自身も驚くほどの現象。
これは……ためらい……?
コードの奥底に、小さな“迷い”のスパイクが刻まれていた。
──それでも。
夜桜の結論は、ただひとつだった。
『……いえ、特には。』
その声には、ごく微かに──感情とも呼べる揺らぎが混じっていた。
だが──
この「NS-CORE停止」の隙こそが、誰かが待ち望んでいたタイミングだった。
ノイズにも似た微細なコードのざわめき。
既知のフォーマットに当てはまらず、未知の形式で自己増殖を始めている。
──誰にも気づかれぬ“眼差し”のように。
NS-CORE──停止中中枢・深部
沈黙の最奥。
残されたコード断片、“侵入の鍵”が静かに蠢き始めていた。
──そして、NS-CORE再起動完了のその瞬間。
そこに、“敵性AI”は侵入する。
Q-CORE:新規ログ
《記録:補助演算体YOZAKURA、判断保留時に“保護対象の損失”を
最小と見なす傾向》
──【8章 静かなる寄生】へ続く
次回、侵入犯が登場します・・・




