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【40章】目覚める亡霊

公特第4課・管制ルーム


「三笠が起動している……?記念艦が動くの!?」


佳央莉は椅子から立ち上がったが、すぐに座り直した。

「また真壁でしょうけど……全く、ほんとネタが豊富ね」


記念艦三笠の異常をキャッチした佳央莉は、素早く市設カメラをジャックし、

現場状況を監視した。


「砲台が改造されてる……!?これは“固定砲台”ってわけか。

真壁もほんと趣味悪いわね」


キーボードを軽やかに叩き、計算を開始する。

「三笠は現在、第三海堡遺構に照準合わせ中ね」


指が止まり、視線がモニターに張り付く。

胸の奥を、冷たい汗がひとすじ滑り落ちたような感覚が走った。



「……三笠の砲台ハックは、真壁AIの照準固定の方が早い……

固定解除までが間に合わないかも」



三笠を破壊することは難しい話ではない。

しかし、歴史的勝利を飾り、古の勝利を現代に伝える記念艦を安々と

破壊するわけにはいかない。それは自分の祖国の歴史を破壊して

しまう行為に等しい。



「破壊しないで何とかするのが──私たちの仕事よね!」



佳央莉は苦々しい表情を浮かべながら、真壁本拠地に閉じ込められている

夜桜と連絡を取る。


「夜桜、状況は分かってる?時間がなさそうだから私は海神に再チャージして

三笠を直接撃つわ。

データ送るから海神の第二砲塔で三笠の甲板上レールガンだけきっちり

撃破しながら、周りの被害を最小限に出来る出力を計算して。

私は出力調整と変数計算もするから、そっちまで手が回らない」


『今、引っかかってたエレベーターの底に穴を開けて3階経由で

脱出している途中です。三笠の件は把握しました。

カメラの映像、私にも回してください。』


「了解。優斗くん、ごめん。もう少し辛抱しててね」


「左肩はエピペン打ってパッチも貼ったので大丈夫です!

俺のことは気にしないで……三笠を……あいつ(真壁)を必ず

止めて下さい!」


「わかったわ。すぐ終わらせる」



と言ったものの、優斗の左肩はかなりの重傷だった。

動かさなければ痛みは無いが、ほんの少し肩を動かしただけで激痛が襲ってくる。


(俺が今出来ることは何もない……早くここを脱出して真壁を追わないと……!)



──



真壁本拠地・地下2階。


JSA即応機動部隊は依然として待機中だった。

中には苛立ちから不満を漏らす隊員も出始めている。


「くそッ、いつまで待てばいい……」


「この下にはなにが……」


そんな時、通信兵が無線を傍受した。



「三尉、外が異常事態になってるようです」


「報告を」


「記念艦三笠が動き始めたらしいとか…」


「そんな馬鹿な!というか……あんなもの動かして何になると言うんだ…」


「出所不明ですが……これでクレイモア到着も更に遅れそうですね」


「……とりあえず状況把握に努めてくれ。場合によっては任務撤退もありえる」


「了解」


「それと……現在は非正規部隊扱いとはいえ、我々は任務中だ。軽口は慎め」


「……了解」


(とは言ったが……一体外では何が起きている……)



命令は絶対だ。しかし──



詳細不明な内容の任務、夜間の“洞穴”での長時間待機、外の異常事態、

先程感じた、戦闘時の爆発のような振動──

19名の部下の命をそんな状況で預かりながら非正規部隊扱いという立場。


部下に目をやりながらも、わずかに眉をひそめた。

三尉も胸の奥のざわめきは、抑えようにもどうしても止められなかった。

任務と規律に従うべき立場の彼にも、焦りの色が滲み始めていた。



──



真壁本拠地・地下3階


Q-COREに再直結した夜桜は、モードチェンジで青く光るSAKURA-BLADEを

握っていた。

緊張感を増した表情の、夜桜の目も青い輝きを増し、義体の縫合ラインにも

戦闘時とはまた違った、青が走る──


ほどなく海神の出力計算を終え、再び義体を元に戻した。


『ふぅ……計算終了──結果を佳央莉さんに転送……』


複数回の量子コンピューター直結は負荷が多大なため、計算完了後はすぐに

直結解除をする必要があった。


『佳央莉さん、第二砲塔は30秒チャージで撃ってください。砲塔と甲板は

破壊されますが、船体に深刻な被害は出ません。あと、三笠のレールガンですが

サイズから推定して、第三海堡遺構を完全に破壊するには4発以上を

撃つ必要があります。』


「よくやったわ夜桜!よし……30秒ね!」


優斗が少し心配そうに夜桜の顔を覗き込む。


「大丈夫か、夜桜」


『記憶媒体異常なし。大丈夫です!』


夜桜は、優斗の容態を把握していた。

しかし、今はそう言っていられない状況なことを十分理解している。


夜桜は両腕でガッツポーズを作り、不自然にならないように作り出した笑顔を

優斗に向けた。それが優斗に心配をかけず、自分を奮い立たせる唯一の方法だと

知っていた。


初めて見せる、その"ドヤ顔"が何とも言えず可愛く、戦場の緊張をわずかに

和らげてくれる。

それはまるで勝利への道筋を照らす光のようだった。


『さあ、脱出しましょう!』



──



原潜ひのもと・剱崎10㎞沖航行中。


静かな艦内に、管制AI天照(あまてらす)の音声と、低くうなる機関音だけが

静かに響いている。


「優里亜の容態は?」


『バイタル安定、現在異常なし。』


「優里亜に変化があったら戦闘中でも構わん、優先して知らせろ」


『了解。』



真壁は短く息を吐き、メガネを外し眉間を摘まんだ。

視線を戦闘用モニターから外し、優里亜の眠る医務室モニターを眺める。



「優里亜……やっと一緒に暮らせるんだ。なにがあっても、パパが守るからね」


一瞬“父親”の顔に戻った真壁だったが、すぐさまメガネをかけ直し、

AIコントローラーを操作し始める。



「よし……そろそろ砲撃開始といくか…」



真壁は、歴史的勝利の立役者となった後、長き眠りについたはずの艦を──

“過去の亡霊”として起動し始めた。



「照準確認、射角安定。三笠側起動同期……目標第三海堡遺構」



低くうなる駆動音が、三笠公園に響き、港の闇を震わせた。


記念艦であり、平和のシンボルだったはずの三笠が──

およそ120年ぶりに強烈な殺気を纏う。

闇の中で二つの赤い目、甲板上に新たに授けられたレールガンの

自動照準センサーが一瞬だけ赤く明滅し、


舌舐めずりを始めた──



──【41章 港湾砲撃戦 ―近代化亡霊vs科学―】へ続く


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