【38.5章】夜明け前
横須賀・地下水路──
一隻の潜水艦が、レールに沿って音もなく進む。
猿島地下ドックから極秘に進水したこの潜水艦──《ひのもと》。
公にはその存在すら認知されていない、影の艦である。
この《ひのもと》も、霧島の手引きにより真壁が掌握。
今まさに、移動を開始していた。
──
同時刻。
真壁本拠地・地下2階
「クレイモアはまだか」
「手続きが難航してるようです……現在の我々は″非正規部隊”扱いです。
この時間に、非正規部隊へ爆薬搬出の許可を出すのは……」
「命令は正式なルートで下ったものだ。我々は命令を確実に遂行する以外にない。
……仕方ない、先行してクレイモア設置区域の開口処理に入れ」
「了解」
──
同時刻。
内閣特務機動隊本部──
「なぜひのもとが動いている!?」
「特に、出動許可が出た形跡はありません!」
「いったい誰が操船してるんだ!?」
「こちらの呼びかけにも、一切応答がありません!」
「追跡しろ!移動先が判明し次第、所属を問わず全隊に出動命令を!」
本部は、蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。
オペレーターの一人が背中に流れる冷や汗を感じながら呟く。
「ほんとに誰が動かしたんだ……国を終わらせる気か……」
──
同時刻。
真壁アジト・地下4階──
佳央莉から、優斗たちへ通信が入る。
まさに“天の声”だった。
「二人とも、聞こえる?
その階の右奥にエレベーターの起動スイッチがあるはずよ」
優斗と夜桜は、思わず顔を見合わせる。
「……なんでそんなこと分かるんですか? ここにいないのに」
『佳央莉さん……本当に、すごすぎます……』
「夜桜、あなたQ-COREに直結してそろそろ一時間よ。
直結は負荷が高いって、あれほど言ったのに…
反応が鈍ってるのもそのせいよ。
目のセンサーで私が状況判断出来るのに、あなたが分からないはずないでしょ?
さっさと直結解除なさい」
佳央莉は、夜桜の視覚とセンサーを“外側”から把握していた。
『え…だって解除したら私…弱くなっちゃう…』
「あっそ。それだと記憶媒体にエラー出て、人格きえちゃうわよー?」
『うぅ……Q-CORE直結解除します…』
夜桜の義体が静かに変形を始め──見る間に元々の中学生風な
女の子の容姿に戻る。
『うぅ……なんかごめんなさい優斗さん……
優斗さんの役に立てなくなるのが怖い……』
優斗は薄く微笑むと夜桜の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
二人はほどなくエレベーターの起動スイッチを発見した。
早速夜桜のチェックが入る。
『優斗さん、これ動かせます!』
──
"ひのもと"は葉山港の地下水路から、その姿を現した。
月明かりが反射し、その黒いフォルムを美しく際立たせている。
【全長175m】
【全幅22m】
【水中排水量26,000t】
【動力】──改良型高出力”原子炉”
我が国の守護神となるべき艦が狂気の手に落ちた。
──【39章 冷徹】へ続く




