【36章】電脳乱流
「第二海堡から……レールガン……」
公特第4課の管制ルーム。
照明は落とされ、冷たいモニターの光だけが佳央莉の頬を照らしていた。
手元のノートPCに、高エネルギー反応の赤い波形が表示されている。
対象座標──横浜ふ頭。優斗と夜桜が、今いる場所だ。
「……やってくれるじゃない…こんなことが出来るのは真壁くらいね」
彼女は小さく息を吐き、指先でヘッドセットを軽く叩いた。
「夜桜、聞こえるわね?」
『はい。NS-CORE仮想空間、接続済み。
第二海堡AIへバックドア経由での潜入──準備完了しています。』
「おっけー。じゃあ始めるわよ。
コードネーム《サブゼロ》──叢雲のコアを乗っ取る!」
佳央莉の指がキーボードを叩くたびに、
複数の仮想ウィンドウが瞬時に開閉し、セキュリティ層を次々に突破していく。
『照準軌道のロック情報を取得。
起動AIは旧型Efficientベース──思考パターンに脆弱性あり。』
「狙いどおり。
あいつ、どうしても“合理の再現”にこだわるのね……」
佳央莉はディスプレイ上に表示された簡素なAI人格構造図を睨む。
そこには確かに、幾重にも暗号化された“秩序志向”の指令パターン──
だが、たったひとつだけ“無条件演算解放”の穴が存在していた。
「……開いた」
『潜入成功。AIオペレーター反応、迎撃態勢へ移行します。』
「迎撃させる前に、叢雲を頂く──!」
モニターの表示が、まるで真壁の指令を嘲笑うように赤く明滅し、
次々と制御コードが書き換えられていく。
──
同時刻。
第三海堡遺構・指令室
真壁のAIオペレーターが赤く光り、警告を発する。
『アクセス侵入──不明ユーザー識別コードにより、中枢経路を奪取中。』
「何だと……!?どこから入った!?」
──
第4課管制ルーム。
「夜桜、今よ。コード転送──起動キーを“上書き”する」
『了解。NS-COREから中間認証キー生成──署名転送。』
仮想空間の空に、光のラインが走る。
それは夜桜が生み出した“電子の剣”。
対象は──真壁の設計した制御コード中枢。
夜桜の声が冷静に響く。
『あなたの“合理”は、感情を切り捨てた。
ならば私は、“選ばなかった者たち”の意思で制御します。』
佳央莉はコアコードにアクセスし、操作端末上に表示される「照準座標」の
ロックを指先で切る。
「横浜ふ頭──除外」
ポップアップ表示が即座に変化。
【TARGET:UNSET】
【COORDINATE:NULL】
『座標制御、無効化を確認──制御権限、奪取成功。』
「いい子ね、夜桜。
次は出力の主導権、完全に奪い取るわよ」
──
真壁は指令室で叫ぶ。
「バカな……出力がロック解除されていない!?
なぜ叢雲が……命令を受け付けない……!?」
『迎撃アルゴリズム、整合性破綻──合理判断不能。』
EfficientベースのAIが、自らの論理に溺れて崩壊していく。
──
「優斗くん、聞こえる? そっちの照準、消えたわ」
『マジか……!狙いはやっぱりここだったんですね……?』
「止めただけじゃない。
制御権、全部もらったわよ──叢雲は、今こっちのものよ」
『すげぇ……やっぱ佳央莉さんすげぇよ』
佳央莉は、ふっと口角を上げて、微笑みを浮かべた。
──
第三海堡遺構・指令室。
「どうなっている……!?なぜ発射が──」
モニターの表示が、真壁の指令を無視するかのように次々と書き換えられていく。
【照準:不明】
【認証:拒否】
【指令優先度:変更】
【統括権限:転送中】
「まさか……また”あの女”か……ッ!!」
真壁は端末を叩きつけるように操作するが、もはや介入は拒絶されていた。
──【37章 禁忌】へ続く




