【35章】鉄槌
「ハァ……ハァ……」
真壁は全身から脂汗をにじませながら、
地下中枢の非常口から這うように地上へと脱出した。
ネクタイはゆがみ、背広には煤と血の汚れが滲んでいる。
「くそッ……くそッ……くそッ!!」
無人の待機車両──AI自動運転車のドアが開く。
“外交官ナンバー”を掲げたその車は、即座に横浜ふ頭を離れ、
第三海堡遺構へと向かって走り出した。
「……まだだ。
まだ、私の“合理”は……終わっちゃいない……」
震える手で専用端末を開く。
画面には、わずかに点滅する生体信号──
優里亜の安静モニターが映っていた。
ロイドによる病院からの強奪──
それは真壁自身が手配していたものだった。
「優里亜……待ってておくれ。
パパも今、そっちに向かってるよ……」
スーツの内ポケットから、古びた写真を取り出す。
そこには、笑顔を見せる小さな娘と妻、自身の若かりし姿。
「……ふふ……」
わずかに唇が緩み、
写真を撫でる指が一瞬だけ優しさを帯びた──が。
次の瞬間、真壁は顔を上げ、
その目は血走り、殺意に染まっていた。
「神代優斗……公特第4課……貴様らは……
貴様らだけは……絶対許さない……ッ!!」
――
その頃、真壁が逃げ去ったアジトには、
JSAの応援部隊が到着していた。
即応機動部隊、2個分隊──計20名。
「配置完了」
「よし、地下1階から制圧を開始する。
慎重にいけ」
20名が音もなく散開し、
真壁のアジト──この後“死の罠”と化した廃墟へと、音もなく
足を踏み入れていった。
――
真壁は第三海堡の遺構──その地下へと足を踏み入れた。
明治期に築かれ、今では文化遺産として眠るはずだったその砲台跡。
だが──霧島の手引きと真壁の計画により、密かに戦闘指令基地へと
変貌していた。
第二海堡、そしてこの第三海堡遺構。
いずれも国家すら把握していない“影の要塞”として──
すでに再構築が完了していた。
「国家の犬だと思って少し見くびってたが…
私も全力を以って答えよう。
神代優斗…第4課…貴様らはこれで…
塵芥も残さずこの世から消し去ってやる!」
真壁は手元のコンソールに特殊起動キーを挿し込み、勢いよく捻る。
指令室全体に通電が開始され、モニター類が光りだした。
オペレーターAIも起動していく。
真壁はオペレーターAIに指令を出す。
「″叢雲"起動──」
『了解。第二海堡、レールガンユニット《叢雲》──起動準備に入ります。』
無機質な女性の声が響いた直後、真壁の背後に並ぶ複数のモニターに、
衛星映像と共に“第二海堡”が映し出される。
かつて砲台があった石垣に腰を下ろしていた十数羽のカモメたちが、
一斉に頭を擡げ、慌てふためいた様子で空へ飛び立つ。
羽音が風に溶け、白い羽が花弁のように舞い散る。
第二海堡の中央が、不気味な駆動音と共にコンクリートの地面が
音を立て真っ二つに割れる。まるで地鳴りのような振動を響かせながら
地中深くに埋設されていた巨砲が白銀の塔の如く、天を衝くように
伸び上がる。
灯台が、掩蔽壕が、カノン砲砲台跡が、次々と一瞬でなぎ倒されていき、
砲塔は鈍重かつ確実に、海面を突き破って上昇していく。
露出した砲身の先端部では、青白いリング状の光が脈動を始め、
空気中の粒子が引き寄せられるように震えだす。
──超高熱エネルギー圧縮リング、チャージ開始。
その瞬間、空が軋むような音を立てた。
真壁の眼が、狂気に染まる。
「これが──私の切り札。“合理”の鉄槌だ……!」
『電磁チャージ開始。対象座標、横浜ふ頭倉庫──
補正。最短軌道にて固定。』
真壁は、コンソールに両手をかけ、わずかに前のめりになりながら囁いた。
第二海堡に鎮座しているレールガンが不気味な起動音を放つ。
──ブオオオン……
「神代優斗……この一撃で消し去る。
私の邪魔をする“感情”の亡霊たちよ……合理の名のもとに、滅びよ──」
──
『佳央莉さん!東京湾内に高エネルギー反応!』
「え!?東京湾にそんなエネルギー感知できるものなんて…」
『第二海堡からです。この反応は……レールガン!?』
「そんな戦略兵器、国内に存在するはずない……なんでそんなものが…!」
佳央莉は海ほたるに設置されているモニターを一瞬でジャックし、第二海堡を
映し出した。
夜間で距離があるため、はっきりとは映らないが不気味な塔のようなものが目視出来る。
「何これ……本当にレールガンなら……直撃受けた場所は
ひとたまりもない……!」
背中を冷たい汗が伝う。
『発射臨界まであまり時間がありません。予想残り時間……あと240秒!』
「時間がない…!夜桜、第二海堡で間違いないのね?」
『はい、第二海堡上に突然出現したようです。』
通信を聞いていた優斗も焦り始める。
「佳央莉さん!それ何とかならないんですか!?」
「落ち着きなさい…第二海堡なら…まだ手はある!」
──
『発射臨界まであと240秒。』
AIオペレーターの機械音声が指令室に静かに響く。
「ククク…よし、エネルギー充填120%まで上昇」
『砲台が射出のエネルギーに耐えられません。』
「構わん、充填だ」
『了解。』
「そこが貴様の墓場だ…神代優斗!」
──【36章 電脳乱流】へ続く




