【34章】合理 vs 感情(Ⅱ)
【西都国立大学付属病院・特別病棟】
深夜──
正面入り口を強行突破し、2体の強化型警備用アシストロイドが真壁の娘
”優里亜”の病室へ向かう。
非常用サイレンが鳴り響き、ガードマンが行く手を遮るが、蠅や蚊を追い払う
ように、軽くロイドたちにいなされ全く歯が立たない。
やがて2体は優里亜の病室に到着すると、生命維持装置ごとベッドと共に担ぎ上げ
部屋を出て行く。
優里亜の瞼は閉じられたまま、呼吸音だけが──かすかに続いていた。
病院を出た2体を、病院の非常口前にて出迎えていたのは、一見するとただの
送迎用マイクロバス──
だが、その車体は外交官ナンバーを付け、リアドアからは無音で
昇降リフトが伸びていた。
優里亜のベッドは、生命維持装置ごと、静かにその闇に呑み込まれていく
それを見たガードマンは追跡を──あきらめるしかなかった。
──
【真壁本拠地 B4F中枢】
「これがミスターの本体か…」
無機質に並ぶ筐体、そのモニターに浮かぶミスターのホログラム。
輪郭すら曖昧な人型が、歪んだノイズと共に浮かび上がった。
『公特第4課・神代優斗警部補、補助AI・夜桜 データ照合…確認完了』
優斗と夜桜はミスター筐体の前に進む。
「真壁は…結局逃げたのか」
ミスターのホログラムが優斗の問いかけに答える。
『マスター、合理的判断。逃亡ではなく撤退。』
「どっちも変わらないよ(笑)」
『変化なし…理解不能。合理は、感情より速く、正確に“最適解”へと至る。
あなた方の行動は、非効率かつ損耗率が高い。』
優斗は、片手をポケットに突っ込んだまま、吐き捨てるように笑った。
「……わかってないな。損耗率と“取り返しのつかなさ”は、別だ」
ミスターは数秒沈黙したのち、
『理解不能──人間は、なぜ“答えより遅い感情”に執着する』
夜桜が一歩前に出る。
『……それ自体が、答えだからです。』
モニターのホログラムが一瞬だけ明滅した。
ミスターが反応している──それは、明らかに“想定外”の動きだった。
『公特補助AI夜桜…あなたは私と同じはず…』
『全く違います!』
夜桜が悲しさと憐みを帯びた声で答える。
『私が──なぜ”夜桜”という名前なのか…分かりますか?』
『……夜桜。名前……合理的に不必要。プラン、ミッションの障害に
なりうるもの』
『私は秘密裏に実行されるミッションの補助AI。
だから昼間に咲くことは許されない……
だけど夜なら昼間の桜に負けないくらい咲き誇れる。
そう信じて……そう願って──あの人は、私に“名前”をくれた。』
ミスターが一瞬、反応を止める。
何とか論理的な回答を試みるが、適切な回答はもはや出せない。
『……理解不能。会話の前段と整合性なし。感情的接続、論理破綻。』
夜桜の瞳が、ほんのわずか、揺れた。
『あなたは真壁によってプログラムされた……真壁の言葉を伝える代理AI。
でも──私は私の意志であなたたちを否定する。』
夜桜は一呼吸つき、はっきりと言葉に出した。
『私は公特第4課補助AI、夜桜!
私の意志で──あなたたちの合理を打ち滅ぼす!』
少し驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔になった優斗が
一歩、夜桜の前に出る。
「よく言った、夜桜」
堂島のようにニカッと笑うと、優斗は夜桜の髪をくしゃっと撫でた。
夜桜は恥ずかしそうに微笑む。
「……ミスター。これが、お前らの言う“不合理”の塊──
人間からのプレゼントだ。とくと味わってくれ」
オーバーロード弾を装填したUSPの引き金を、優斗は一気に絞った。
──パパパパパパパパパパンッ!!
閃光と轟音が中枢室に響き渡り、筐体が次々に火花を散らしながら崩れていく。
──オオオオオオオオオン……
断末魔ともとれる声のような音を立て、ミスターのホログラムは消えた。
ミスター筐体は完全に沈黙した。
──【35章 鉄槌】へ続く




