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【33章】嵐のあと

優斗は、己と夜桜を鼓舞するかのように叫ぶ。

「行こう!……あいつを止める!」


その瞬間、佳央莉の通信が入る。


「夜桜!優斗くん!その技はぶっつけ本番よ。しかも、夜桜の完全体も未知数。

負担が大きすぎるから、これで決めて!」


『わかってます。これで終わりです。』


夜桜の義体が、ゆっくりと立ち上がった。


──粉塵が渦巻く戦場で、夜桜の義体が静かに立ち上がる。


全身を包んでいた白い光が、じわりと蒼へと変わっていく。

人工筋肉の駆動音が、心なしか静かだ。まるで彼女自身が息を整えている

かのように。


──自律神経に代わる量子コンピューター《Q-CORE》は、いまや

最適解よりも“彼女の感情”を優先していた。


夜桜は、蒼く染まりゆく自らの掌を見つめながら、

その胸の奥に、かすかな疼きを覚えていた。


それは“恐怖”だった。

ぶっつけ本番で何が起こるか分からない恐怖。

優斗を失うかもしれないという、理解不能で、けれど確かに在る感情。


だが──それを知ったからこそ、彼女は一歩、前へ進めた。


 


『優斗さんを……守る。今度こそ、私の意思で。』



義体の各所に埋め込まれたLEDユニットが、一斉に閃光を放つ。

その輝きは、かつての戦闘用AIが持つどんな演算よりも──熱かった。

まるで、感情そのものが燃え上がるように。


そして呟きか、囁きか。夜桜は静かに──技の名を告げた。



『──《インナーバースト・零式》起動。』


 

「行け、夜桜!!」

優斗の声が、背後から響く。


 

その瞬間、夜桜の脚部ユニットが一気に駆動音を上げ、

蒼く光る残像を引きながら、彼女の身体が敵へと突進していった──


『Q-CORE再直結──完了。演算処理速度、義体稼働速度、共に440%増強。』


その背後──八咫烏ドローン小隊が、夜桜を守るように展開する。


『みんな、最後の力を…私たちに貸して!』


八咫烏たちは″蒼い光"に包まれ、夜桜の背後で翼を広げる。

黒き鳥たちは、彼女の“感情”に応じて覚醒していた。



そして──風が、止まり静寂が訪れる……

と、思った──その瞬間。




──ボンッ!


ミスターのプラズマカッターの一つが、突如として弾け飛ぶ。


何もない空間からの斬撃。視認不可能な速度。


夜桜の姿が、消えていた。


いや──速すぎて見えなかった。


『SAKURA-BLADE──零式連携モード、展開。』


残像が、空間に三重に揺らめく。


八咫烏ドローン小隊が先行してミスターの上空に展開、電子攪乱を発生させる。

夜桜がリズムリンクによって軌道をずらし、あえて“リズムを外した斬撃”を

繰り出す。

Q-COREと夜桜の演算はミスターが遠く及ばない計算速度を叩き出していた。


──ザシュッ!

──ザシュッ!

──ザシュッ!


刃が音速で踊る。

SAKURA-BLADEが蒼い嵐の中で舞い踊る桜の花弁のように映る。


ミスターは反応できない。蒼い光の海に沈んでいく。


『ミスターの補正アルゴリズム、崩壊開始。反応速度、著しく低下を確認。』


その斬撃は──

まるで閃光のような蒼が対象を激しく飲み込む生き物のように見えた。




──蒼い嵐──




空間に再び“静けさ”が戻った時、

ミスターの上半身装甲は既に切り裂かれ、

中枢コアユニットがむき出しになっていた。


『──補正アルゴリズム、完全崩壊。対象の予測機能、停止。』


夜桜の声は冷静だった。


だが──その剣撃には、“怒り”が宿っていた。


優斗が前へ出る。


「夜桜、ラストだ──投げろ。俺が終わらせる」


『了解。』


夜桜が一歩踏み出し、跳躍補助出力を最大解放。


「──いけぇぇぇぇぇぇッ!!」


──ズドッ!!


優斗の身体が弾丸のように宙を舞う。


突き出されたその右手には、ONTARIO GEN II。


ミスターの露出した中枢コアユニットへ向けて──


──パキィィィン!!


ガラス状セラミックが砕け、ナイフが中枢へ突き刺さる。


その瞬間。



『ありがとう……お兄ちゃん……』



微笑みながら──唇がかすかに動いた。

少女ホログラム“優里亜”は、静かに消えていった。


ミスター本体の目からも、光がふっと消える。



【MISTER CONTROL CORE】

──SHUTDOWN COMPLETE.





優斗は、その場に膝をついた。


静寂。


ただ、電子機器の焼ける匂いだけが、ほんのわずかに鼻を突く。


夜桜が静かに歩み寄ってくる。

その顔は、無機質だった。だが……どこか寂しげでもあった。



「……終わったな」



『はい。でも……』



「どうした?」



『……まだ、彼女の声が──聞こえている気がします。』



優斗は、ミスターの残骸に目を向けた。



──そこには、もう誰もいなかった。



──【34章 合理 vs 感情(Ⅱ)】へ続く

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