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【30章】信じる正義のために

霧島は真壁とすでに合流を果たしていた。

真壁の電脳戦敗北を間近に見ていた霧島は思わず微笑んでしまった。



「な…何がおかしいんですか霧島さん!?」



「──失敬。君でも感情を表に出す事があるんだと、つい感心してしまった

だけだ。

気にしないでくれたまえ、真壁君(・・・)



「くッ……!」



真壁は中央にあるAI制御コアへ踵を返した──





優斗たちはついに真壁とミスター本体が待ち受ける地下3階へ辿り着いた。


そこは──静謐で無機質な、まるで実験ホールのような空間だった。


中央には大型AI制御コアが稼働しており、天井にはプロトΩが開けたと思われる

穴が開いている。


コアの前に静かに立つ──真壁 瞬。


真壁は電脳戦で佳央莉に敗れたショックを引きずっている様子で、目の輝きが

失われた顔で優斗たちと対峙する。



「……来ましたね、神代優斗さん、私の"作品”はいかがでしたか?」



優斗は銃口を下ろしたまま真正面から歩み寄る。



「随分と手の込んだ”合理”だったな、真壁」



「合理とは感情を排除するものです。あの″作品"たちはその結果でしか

ありません。争いも暴力も、無駄な選別も──AIによる合理統治が

全てを最適化する」



「だったら、なぜ娘だけは守らせた?合理なら、あの子も他の市民も同じだろう」



真壁は少し眉をひそめた。



「……人は完全な合理にはなれません。だからAIが代わりに統治する。

…だが私は父親だ。最後まで“その一点だけ”は、合理の外にあった」



真壁の言葉を聞いて夜桜の声が静かに響く。



『論理破綻を検出。統治アルゴリズム基準より──倫理矛盾、臨界超過。』



「お前は結局、“支配”に逃げただけだ」



「神代さん──貴方も、この国の腐敗と失望を見てきたはずだ。霧島さんもまた、

私と同じ選択をした。」



「──違う。"正しさ"は思考停止じゃない。俺は考え続ける。

それが“夜桜”と俺の選んだ道だ。」



夜桜も力強く頷く。



『──はい、優斗さん。私は思考を止めません。』



「考え続ける…ですか」



真壁が一歩、静かに踏み出す。

薄く笑みを浮かべながら──問いかけた。



「任務のために……何も考えず、今まで何人を冥府に送り込んだんですか?

“死課”の神代警部補さん──」



「!?…」



優斗の握るUSPコンパクトが、わずかに震えた。

声が出ない。目の奥が、熱く軋む。



真壁は顔を歪め、心の奥に潜むものを吐き出す。



「私は……私は愚かな人間を……

ただ、導きたかっただけなんだ……!!」



その声が、広い空間に響き渡った。



静寂が落ちた。

冷たい空気が、戦場のように張りつめる。



しかし──



『娘さん一人のために“合理”で命を選び取るあなたと、

命を懸けて“みんな”を守ろうとしている優斗さんを──

一緒にしないでください!』



──その沈黙を、夜桜の声が裂いた。



『……その“導き”のために、何人を切り捨てるのですか?!』



夜桜の声が鋭く響く。

その言葉には、怒りと悲しみ、そして絶対に譲れない“信念”が宿っていた。



ここで真壁が夜桜に流し目で視線を投げかける。



「…AIのあなたに何が──」



夜桜は真壁の言葉を遮った。



『あなたが選ばなかった人たちは?救われなかった人たちは?

あなたの合理が切り捨てるものは──ただの数字じゃない。

かけがえのない“命”です!

……あなたは娘さんを想って行動した。でもそのために、他の誰かの娘さんが、

家族が、命を落としたかもしれない。』



夜桜は一歩前へ出て、優斗の横に立つ。



『優斗さんは、選ばずに──出来る限り全員を守ろうとする道を

選び続けてきたんです。あなたは、合理を信じたんじゃない。

家族を失った“非合理”に、耐えられなかっただけです!』



優斗は、静かに息を吸い込む。

そして──しっかりと真壁の瞳を見据えた。

今の優斗の目に、迷いはなかった。



「……傍目には、俺はただの人殺しかもしれない。

でも、それで苦しめられている人が──

誰かが救われるなら──俺は、迷わない!」



優斗の指が、引き金へとかかる。



『あなたを止めます。私たちの”秩序”のために。』



佳央莉もここで専用デバイスから通信を入れる。



「二人とも、NS-COREに寄生してたミスターはもういないわ。

思いっきりやっちゃいなさい!」



真壁はわずかに口元をゆがめた。



「……やはり"君たち”とは、私の後釜の”あの女”も含めて

相容れないようだ」



真壁はその場に立ったまま、優斗の瞳を見据える。

その表情は、怒りに燃えているようだった。



「……なるほど。

君のような若者が躊躇なく希望を口にできる時代が、

もう一度来るのなら──」



真壁は拳を握りしめた。



「私は間違っていたのかもしれないな。

だが、私は……“それ”を待てなかった。

誰かを選ばなければ、誰も守れない──

この国の未来は、それほど鈍く、遅すぎた。」



そして、優斗に向けた視線が鋭さを増す。



「君は、まだ希望を信じられる。

私は、信じ切れなかった──ただそれだけのことだ。

……”迷わない”か。君がそこまで言い切るなら……」



真壁の瞳が、うっすらと潤んだ。

怒りなのか、絶望なのか──判別できない、濁った感情の海がそこにあった。



「ならば、答えてくれ……!

なぜ私の娘は目を開けてくれない!

なぜ私の妻は帰って来ない!

なぜ君は──私の家族を守ってくれなかった!」



優斗は目を見開き、言葉を詰まらせる。


「それは……何のことだ!」


握る拳が震える。



その瞬間──


真壁の背後で装置が唸りを上げる。

警告灯が赤く点滅し、床が震えた。


『警告──接続中のユニットが起動を開始──』


夜桜の声が一変する。


『危険です!ミスター中枢、防衛モードに移行──』


真壁の背後の床には、緊急用エレベーターが現れた。


「!? 待て、真壁!」


──銃声が冷たい空間に響き、閃光が空間を切り裂く。



その刹那。

優斗の視界に、横から割って入る影が飛び込んだ。



「──っ!!」


着弾音と共に、人影が倒れる。


「……霧島──長官……!?」


床に膝をつき、胸を押さえる霧島。

鮮血が、スーツを赤く染めていた。


真壁が、凍りついたようにその姿を見る。


霧島はかすかに笑い──苦しげに告げる。



「お…お前を守ろうとしたんじゃない…これは私のけじめだ…」



優斗は呆然と立ち尽くす。


そのとき、背後のモニターが赤く染まる。


『警告:ミスター中枢ユニット──起動シーケンス開始』


夜桜の声が一変した。


『優斗さん、早く!ここはもう危険です!』


真壁は倒れた霧島を見て、冷酷に言い放つ。



「……よ、よくやってくれましたね、霧島さん。

あなたは“自らの意思で”合理に殉じた。まさに理想的な成果です。」



霧島に背を向けた真壁は、背後の起動音を聞きながらエレベーターに乗り

更に地下へと潜っていった。



霧島は、駆け寄る優斗に微笑を浮かべたまま、かすかに頷いた。

呼吸はすでに浅く、目は遠くを見つめている。



「行け……神代……」


「長官……!」



「……すまなかった……この国を……君たちを信じていられる時間が……

私にはもう…なかった……」



霧島は最後の力で言葉を絞り出した。



「私は…間違えてしまった……最後の頼みを…聞いて…ほしい…」


「もうしゃべらないで下さい!もういいんです!」



「真壁を……止めてくれ……」


「わかりました!だから、しっかりしてください!

奥さんも待ってます!」



「堂島も、君を誇りに思うだろう……

これで私も……堂島のところに行っても──」


「長官! まだ──!」



「……夕子……」


その名を吐き出した瞬間、霧島の瞳から力が抜けた。



霧島は、そこで力尽きた。



「長官……!!」



優斗は霧島の亡骸になった身体を降ろすことが出来ずにいる。



「なんでだよ……」



優斗の両肩が震えていた。



「どうしてなんだ……

どうして俺の背中を押してくれた人たちは──


みんな……みんな死んじまうんだ……!!!』



優斗の慟哭が悲しく木霊していた。



夜桜の叫びが、優斗を現実に引き戻す。


『優斗さん!この階はAI制御コアが4階に下がった時点で潰れます!急いで!』



「長官見ててください……必ず、ケリをつけます。」



優斗は涙を拭き、拳を握りしめ…霧島に敬礼し──踵を返す。



そして夜桜と共に、ミスターの待つ中枢へと駆け出した──。



──【31章 合理vs感情(Ⅰ)】へ続く


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