【29章】コードの戦場
南極に似た仮想空間に、怒涛のような火線が走った。
真壁側の無数にある砲台が吐き出す高密度データ弾が、
佳央莉のコンソール周囲に殺到する。
空気は存在しないはずなのに、炸裂音が神経を揺さぶる。
だが──佳央莉の表情は微動だにしない。
「ふん、さっそく派手にやってくれるじゃない……」
彼女はキーボードを叩かない。
画面に手をかざすだけで、コードブロックが構造化され、動き出す。
──Adaptive Defense Mode : EXECUTE
──展開:偏向バリア、プロセス優先制御、接続層最適化
砲撃の一部は、空間の曲がり角を捻じ曲げるように逸れ、背後に流れる。
「……なるほどね。NS-COREのリソースを最大出力でぶつけてきたわけか」
佳央莉の視界には、空間上に浮かぶ大量のステータスログと、コード群が
交錯していた。
真壁の攻撃は、すべてが「正しい手順と最大火力」で組まれている。
だが──そこに“遊び”がない。
「完璧に見えるものほど、破綻の種はすぐに見つかるのよ」
そう言いながら、佳央莉は自分の背後──
未使用領域、夜桜から拝借していた領域に退避させていた、
“独自のコード”をロードする。
黒いブロックが静かに現れる。
NS-COREの許可なく挿入されたそのプログラムは、本来なら排除される
べき存在だった。
──Prototype Code [K1-Override] : ARMED
──用途:不明/構文:混在型/リスク評価:不明
「安心して。これはあんたに絶対読めないコードだから」
砲撃の一部が佳央莉の領域に突入。
だが、彼女が起動したK1コードはそれらを“味方”として再編し、
本来、佳央莉に向かっていたはずの火線が反転、仮想空間の構造を
歪ませながら真壁側に逆流していく。
「なっ……貴様、何をした……!?」
「言ったでしょ。あんたの作ったシステム、融通がきかないのよ。
決まったことしか出来ない。それ自体がでっかい穴だって、学校じゃ
教えてくれなかったわよね」
仮想空間の空が割れる。
青空に走ったノイズの断層が、データ層ごとこの戦場を“書き換え”始める。
「こっちも本気出させてもらうから──」
佳央莉の瞳が、電脳の光で蒼白に染まった。
──REWRITE MODE:OPEN
──管理権限書き換えプロトコル:起動
「“旧時代の残骸”は、今日、廃棄処分よ」
──NS-CORE仮想空間:演算制御領域
空間の空が裂けるように、無数の制御式が光の帯となって迸っていた。
その中心で、佳央莉のコンソールが閃く。
指先を動かすたびに、空間が書き換えられていく。
「どうしたの?さっきまでの火力はもう終わり?
まさか、パラメータ操作もできないなんて言わないわよね?」
挑発に、真壁の顔が歪む。ホログラムとは思えない表情が刻まれる。
「黙れぇッ!!」
真壁がコマンドを打ち込むと、空間が振動し──
新たな戦術AI群が立ち上がる。
空中に並ぶ白い球体。その内部には仮想兵装化された
“思考パターンの連携演算体”。
《EGO-DRONES》──人格模倣型の電脳ドローン兵器。
だが、佳央莉はすでに先を読んでいた。
「それ、あたしがとっくに解析済みだって気づいてなかったの?」
佳央莉の操作で、空間に“もうひとつのコンソール”が展開される。
「そいつら、同期率の変動に弱いのよ。
ほんの少し“ノイズ”を混ぜてあげるだけで──ほら」
ピアノの鍵盤を指で弾くようにキーを弾く。
次の瞬間、ドローン群の一部が暴走を起こし、互いに誤認識して
撃ち合いを始めた。
「なっ……!?」
「ね?あんたの“合理”って、案外”やわ″なんだってば」
真壁の顔が怒りに染まり、空間演算を強制的にリセットしようと試みる。
だが──
「もう遅いわよ。管理コード、書き換え完了」
佳央莉のコンソールに、紫色のエラー群が表示される。
が、それは“意図的に生み出された錯乱用データ”。
ログイン権限はすでに、“オリジナルの管理者アカウント”に
上書きされている。
『SYSTEM OVERRIDE:ADMIN CODE [K1-KAORI] 有効化完了』
「嘘だ……!そのコードは……既に削除したはず……!」
「削除される前に、コピーしたのよ。
あなたの設計者アクセス権で、ね」
真壁の仮想空間が──崩れ始める。
コードの城が、根本から崩壊していくように。
砲台が霧のように溶け、コンソールは砂のように風化する。
「この空間は、もう“あたしの部屋”よ」
「ぐっ……ぐあああああッ……!」
真壁のホログラムが、データのバラバラな破片になって崩れていく。
その最期の声は、皮肉にも“エラー音”のように無機質だった。
砲火が止んだ空間に、蒼い空が戻ってくる。
だが──そこに残された“静けさ”は本物だった。
「……あんたの作ったコードで、あたしが書き直してやったわ。
おつかれさま、真壁」
仮想空間がフェードアウトしていく。
そこには、戦いの痕跡だけが静かに残されていた──
真壁のホログラムが、ノイズ混じりに崩れ落ちた。
砲台もコンソールも、砂のように静かに消えていく。
仮想空間の空は、徐々に本来の色を取り戻していた。
青く、どこまでも透明な空。やはり太陽はない。
ただ、風のない静寂だけが残った。
佳央莉は椅子に深く腰をかけ、
ノートPCの蓋を、コトンと静かに閉じる。
「──おしまい。」
たったそれだけの言葉だった。
だが、それだけで十分だった。
佳央莉はシルバーのメガネをかけ直して、踵を返した。
──【30章 信じる正義のために】へ続く




