【28章】電脳空間
コトッ
「──さて、と」
佳央莉はコーヒーカップを置いてゆっくりと立ち上がった。
佳央莉が長年愛用している古い型のA4サイズノートPCをなんとか
モバイル用バッグに収める。
重量は約3.0㎏にはなるだろうか。結構な重さではある。
実はこのPC、中身は佳央莉自身がいじり倒して極悪仕様になっている。
・CPUはマザーボードごと力技で交換済(はんだ付け余裕でこなす)
TDP65W・16コア24スレッド
・GPUもステーをむりやり取り付けて装着済(ヒートパイプを1本強引に増設)
VRAM12GB・TGP115W
・RAM 64GB LPDDR5
・ディスプレイも力技で交換済(14インチ WQXGA+ OLED)
・バッテリー 99Wh(公特仕様)
・ポート構成 Thunderbolt 4 ×2/USB-C PD/HDMI2.1/SD/Wi-Fi 7/
BT5.4
・冷却 Vapor Chamber+デュアルファン
このノートPCは、彼女にとって“武器”だった。
──OSは当然、公特仕様、マザーボードも改造済。
「夜桜、聞こえるー?」
『──はい、こちら夜桜。どうしました?』
「ちょっとリソース借りるわね。5%もあればいいかしら、すぐ終わらせるから」
『了解です。そのくらいなら全然問題ないです。』
佳央莉のノートPCモニター上の夜桜アバターがくるくる回転し始めた。
そして、佳央莉はNS-COREが眠る制御室へと向かっていた。
「──さっさと出てきなさいよ、真壁。聞こえてんでしょ」
佳央莉の呼びかけに応じるように、ミスターのホログラムが消え、真壁本人の
ホログラムがゆっくりと浮かび上がった。
「……フンッ、何事かと思えば、確か…私の後釜に来た女だったか。
何の用かね。私は今、とても忙しいんだ。蚊帳の外にいる貴様には
わからんだろうがな」
真壁はNS-COREに取り付き、今もなお市民生活を混乱させている“寄生ミスター"を
通じて佳央莉と会話をしていた。女性を見下したような言いようが鼻につく。
「ええ、大した用じゃないわ……」
佳央莉はノートPCを広げた。
「そろそろ″あたし"たちの街を返してもらいに来たのよ。
大勢の人が迷惑してるの」
「何を……貴様には合理のかけらも理解できんだろう。
だが、私と戦いたいというなら、時間調整のために付き合ってやらん
こともない…」
「あんた、あたしの足元くらいには及びなさいよ?無理だろうけど」
「ほざけっ!私と貴様の力の差を思い知るがいい!」
佳央莉はわざとらしく、びっくりしたような顔を浮かべた。
「は?それ本気で言ってんの?あんたの設計してた中央管理AI、コードも
セキュリティも穴だらけで、国を使ったギャグかと思って、お腹かかえて
笑っちゃったんだけど」
「…貴様……いいだろう。戦闘開始だ!」
「せめてあたしを楽しませるくらいしなさいよ!」
佳央莉は近くに置いてある椅子に腰かけ、ノートPCに繋いだ仮想空間デバイスを
装着した。
佳央莉は南極のような場所に立っていた。空には昼間の風景なのにオーロラが
映し出されている。地面に積もっている雪は、触れればただの光の粒だった。
この場所はNS-COREが作成している仮想空間だ。
「真壁、どこいんのよ。さっさと始めるわよ」
佳央莉がせかすと同時に真壁の映像が現れた。
「どこまでもうるさい女だ。私の後釜についた程度で図に乗るな!」
佳央莉と真壁はお互い跳躍で距離を取った。
二人の目の前に巨大なコンソールがせり上がる。背後には大量の砲台が
パーツごとに空間上に組み上がっていき、並列に展開する。
コンソールの前には防御シールドが展開された。
「みんなあんたのせいで困ってんのよ。さっさと終わらせるわよ」
「ほざけ!」
真壁の背後に並ぶ砲台群が、仮想空間の空気を裂くように──
一斉射撃を開始した。
──電脳戦開幕
──【29章 コードの戦場】へ続く




