【26章】死闘 前編
【真壁本拠地 B2F】
優斗と夜桜はバルバロス戦で何とか勝利をもぎ取り、つかの間の
休息を取ろうとしていた。
『現在周辺に敵性反応なし。優斗さん、少し休息を取りましょう』
「そうだね…さすがにちょっと疲れたよ」
二人は壁に寄り掛かるように座った。
一息ついたところで優斗は
「しかし…人間相手じゃない戦いは初めてだよ。夜桜には助けられっぱなしだな」
『人間が機械…しかもあれだけの巨体で素早い動きをする相手に、
互角に戦闘している優斗さんは規格外ですよ。』
「誉め言葉…でいいのか?(笑)」
『私は、“誉める”という言葉の意味を、まだ正確には理解していません。
私はただ、記録された事実を伝えることしか──できないはずです。』
夜桜は一呼吸置いて
『……ですが、優斗さんはとても……よく、やっていると思います。』
優斗は少し照れたような表情で
「事実としてそう言われる方がうれしいね(笑)」
優斗は前髪を指でくるくる巻く仕草をした。
夜桜も優斗と同じ仕草を真似ながら
「まだ″うれしい"という感情もよくわかりませんが…優斗さんがうれしいと感じて
くれたならよかったと思います。』
優斗は今までの緩やかな表情から一転、厳しい表情になり
「でも……俺もここまでかもしれない。俺は海外任務で撃ち合いになった
こともあったし、潜入捜査がバレかけたり、ピンチもそれなりに経験したよ。
でも、任務失敗かもとか、負けるかもなんて一度も考えたことはなかった…
でも今回は正直…勝てる気がしないんだ……」
夜桜は優斗の話を黙って聞いていた。
そして優斗は意を決したよう告げようとした。
「もし、俺に何かあったら──」
『ダメです!』
黙って話を聞いていた夜桜が、一際大きい声で優斗を遮る。
『そんな…そんな事言わないで…優斗さん…』
夜桜は電波ジャックの時と同じような表情になったが、肩を小刻みに
震わせている。あの時とは確実に様子が違っていた。
「夜桜…お前…」
その時、地の底を揺るがすような音が聞こえてきた
ゴゴゴゴゴゴ…
「!?……何か聞こえないか?」
『この音は……いけない!優斗さん逃げて!』
ボゴォォォォォォ!!!
この下は地下2階だが、床を突き破って何かが出てきた。
──ギィィィン……ガリリ……ッ
鉄と空気を震わせるような音を立て、床をぶち抜いた穴から何かが這いずり
出てきた。
闇の奥から歩み出たのは──重厚な機械の巨体。
鋭利な輪郭を持つメタリックボディ、全身を覆う黒銀の装甲ライン。
その存在だけで、空間の温度が数度下がったかのような錯覚を覚える。
《ミスター制御中枢護衛ユニット・プロトΩ》
「これはまた…派手な出迎えだな!」
優斗はゆっくりと息を吸い、吐いた。
──堂島に教わった、“戦闘呼吸”。
「……浅く吸って、深く吐け。心拍を一段落とせ」
わずかに肩の力を抜き、意識を澄ませる。
"……集中しろ……"
『優斗さん──戦闘危険度、S++クラス。あらゆる従来ロイドを
凌駕します!』
優斗の指先が微かに震える。
だがそれは恐怖ではない──決意の共鳴だった。
右腿から、H&K USP Compact。
左腿には、重厚なデザートイーグル。
両腰に二丁を備え、彼は静かに構えた。
「ここで──終わらせる!」
『優斗さん、この機体、さっきのロイドより6倍のエネルギーゲインを感知!
距離を取って!』
さすがの夜桜もまともに組み合って戦っては勝ち目は薄い。0コンマ数秒の内に
演算結果が出た。
しかし、このプロトΩを倒さない限り先へは進めない。
夜桜は決心する。
『佳央莉さん!Q-CORE直結承認を!』
──戦闘の様子を、夜桜の目を通して見ている佳央莉から通信が入る。
「戦闘中の直結!?危険よ!下手したらあなたの記憶領域が損傷するかも
しれないのよ!」
「優斗さんを…優斗さんを守りたいんです!」
夜桜の目に迷いはなかった。
「……いいわ、夜桜。権限昇格──Q-CORE直結、開始!」
『了解──Q-CORE完全同期モードへ移行します。』
夜桜の義体が静かに金色の粒子に包まれる。
その光は次第に密度を増し──彼女の姿を変えていく。
華奢だった少女の輪郭が伸び、輪郭は凛とした女性へ。
タイトなオペレータースーツがその身を包み、目を閉じたまま、光の中で
覚醒する。
やがて、夜桜の瞳がゆっくりと開かれる。
その奥に宿るのは、感情と演算を超えた“意思”だった。
──Q-CORE完全同期。
国家神経網中枢量子コンピューター・Q-COREと接続され、演算処理は
夜桜単体の限界を遥かに超えた。
彼女は今、人工知能ではなく──“一つの意志”として存在していた。
「接続完了、同期安定──
いい?1時間経ったら必ず直結解除するのよ」
佳央莉は夜桜を送り出すように告げる。
「それじゃ……やっちゃいなさい夜桜!」
佳央莉の言葉を皮切りに、夜桜の目の色が澄んだ青に変わった。
『優斗さんには指一本──触れさせてやらない!』
金色の光が辺り一帯を満たし、夜桜が一歩、前へ進む。
──その時。
プロトΩが唸りを上げ、突進してきた。
──ドォンッ!!
床が抉れ、火花が舞う。
「くっ……!」
優斗はすれすれで身を翻し、USP Compactで連射。
──ダダダダッ!
『プラズマ障壁作動中──通常弾、効果なし!』
「なら──こっちだ!」
右手でUSPを放り、左手でデザートイーグルを抜く。
EMP弾カートリッジ装填、低く構えて──引き金を引く。
──ビュオォォォン!!
EMPの閃光がプロトΩの障壁を貫き、わずかに揺らぎを生む。
『シールド遮断確認──チャンスです!』
優斗は跳躍し、ナイフで肩部ジョイントを貫く。
──ギィィィィンッ!!
関節が悲鳴を上げ、左腕が動きを止めた。
『左ユニット機能不全──補正不能』
だがプロトΩは動きを止めない。
右腕のプラズマブレードが閃光を纏い、唸りを上げて振り抜かれる。
「──ッ!」
肩を焼かれ、優斗が転がる。
だが優斗の目は死んでいなかった。
「……まだだ」
深く、呼吸。
堂島の声が蘇る。
【逃げじゃない。間合いを読むんだ】
──呼吸、整えろ。
視界が冴え、優斗はデザートイーグルを構え直す。
そこに夜桜のレールガンによる支援狙撃。
──ズガァン!!
右肩関節部が爆裂、腕がだらしなく降ろされる。
『今です、優斗さん!』
「任せた!」
EMP弾を右脚へ集中させ、ナイフを咄嗟に引き抜き駆動部へ突き立てる。
──バキィィン!!
右脚が崩れ、プロトΩが傾く。
『機能維持限界──護衛ユニット崩壊──』
一瞬、静寂が訪れた。
「…ハァ、ハァ……や、やったのか?」
──だが
【緊急再生モード・発動】
……プロトΩが崩れ落ちた、その瞬間。
空気が、ひときわ冷たくなった気がした。
不気味な紫光が、崩れた巨体の内奥で脈打っている。
──倒したはずのものが、もう一度“息を吹き返そう"としていた。
──【27章 死闘 後編】へ続く




