【23章】第4課、南へ
深夜、横浜ふ頭にある廃倉庫。
厚い雲に覆われた空の下、優斗の”4課仕様クラウン”が静かに停止する。
優斗はクラウンの運転席横から一丁のショットガンを引き抜き、
腰のアタッチメントへマウントさせた。
マットブラックの塗装、短く詰められたバレル、折りたたみ式の
金属ストック──
『それ……SPAS-12ですね。公特仕様のカスタムモデル。』
「Type.04-S──俺の師匠が“近距離はこれ一本で十分だ”って言ってた」
優斗は慣れた手つきで装弾し、ポンプアクションを軽く引く。
金属の摩擦音が、静かに室内の空気を震わせた。
そして
全ての準備が終わった後──優斗はそっと赤いメガネを外し、
運転席ダッシュボードの上に静かに置いた。
「…いってきます」
夜桜は優斗の"儀式”を、ただ黙って見つめていた。
『優斗さん。倉庫外周の自律ドローン群、地上索敵ロイド、AI配下により
再構成済みです。全自動迎撃体制──展開中。』
佳央莉から専用デバイスへ通信が入る。
「ドローン10機、警備用強化済アシストロイド5体──完全に戦闘用へ
転用されてるわね。」
優斗はサプレッサーを静かに装着し、ナイフを左上腕のホルダーに収める。
SPAS-12の折りたたみ式ストックを展開し、肩に固定する。
「こいつらが"合理統治"の衛兵か……いいだろう。夜桜、支援AIスレッド
展開開始。」
「突入開始──行くぞ!」
突入開始直後、倉庫正門上空から高速でドローンが出現した。
敵ドローン
『敵性ユニット確認──排除開始。』
『優斗さん、左舷上空4機、右前方6機、後方アシストロイド5体接近中。
回避行動──!』
優斗は転がるように身をかわしながら、サプレッサー付きUSP Compactを
正確に撃ち抜く。
──パンッ! パンッ!
先行してきた2機のドローンが制御を失い青白い炎につつまれた。
「狙い通り──夜桜、中央管制リンク遮断だ!」
『敵コア管理リンクへのジャミング開始──30%……50%……成功!
残存AI制御低下中。』
「今よ、優斗くん!一気に突破して!」
優斗は左手でナイフを逆手に引き抜き、まだ停止ぜず迫りくる1体の
アシストロイドの関節部へ突き刺す──
──ギィインッ!
ONTARIO GEN II SP48のブレードが火花を散らしつつも関節を切断。
ロイドが爆発し、突破路が開く。
『中枢管制ルート、開放成功。優斗さん──侵入口までは残り80mです。』
「行こう、夜桜。」
『侵入ポイント到達。赤外センサー、戦闘ドローン、地上索敵アシストロイド
妨害完了──警報作動せず。』
「でも安心しちゃダメよ、優斗くん。ここは真壁の本拠よ」
「わかってます。こっから先は地獄だ」
倉庫内、元は搬入用だった大型リフトに夜桜がアクセスする。
『非常用搬送リフト、起動します。地下階層──B1セクターへ移動開始。』
ギィィ……ン……
金属の擦れる音とともに、足元が沈み始める。
四方を覆う昇降柵が自動で閉じ、鈍重な動きでプラットフォームが地下へと
沈降していく。
「真壁のアジト、ようやく核心に入ったな……」
優斗が低く呟く。
夜桜の義体はその横に立ち、無言で周囲に警戒を向けていた。
暗闇の中、ランプのように青白く輝く夜桜の瞳だけが頼りだ。
『B1層、警備ユニット反応──8体。中央管制信号により集中制御
されています。
また、周囲に浮遊型ドローン10体、全機武装確認。』
「上等だ。さっきの連中とは、格が違うってわけか……」
──そして、到着音と共にリフトが停止する。
ギィン……
鉄製の昇降ゲートが開くと同時に、先制するかのようにレーザーセンサーが
一斉に優斗をロックオンした。
『敵性体確認──迎撃モード。対象:公務特任第4課、神代優斗。』
刹那。
「伏せろ、夜桜!!」
──ドォォォン!!!
爆音と閃光が交錯する。
上空から殺到したドローンの集中射撃。
反射的に優斗は跳躍し、床へ転がりながらSPAS-12 カスタムを腰から抜き放つ。
ポンプを引き、装弾。
「──こいつの出番だ」
至近距離まで迫ってきたドローンに狙いを定め、
ズドンッ!!
凄まじい反動と共に、爆音が響いた。
散弾が一点に集中し、ドローンの機体を真横から吹き飛ばす。
「──Vai all'inferno!!」
至近距離の一撃で1機、2機と粉砕される。
だが、ドローンはまるで群れをなすように包囲を続けていた。
『EMP散布パターン選択。範囲限定放出。』
夜桜の義体が展開モードへと移行。
背部ユニットが分離し、小型EMPデバイスが展開される。
──パシュゥウゥ……
静電パルスの光が一瞬、闇を塗り潰した。
ドローンの半数が即座に制御不能となり、火花を散らして墜落する。
『残存5体、夜桜が処理します。優斗さん、前方警備ロイド2体に集中を。』
「了解!」
眼前──黒鉄のボディに全身を覆われたロイドが突進してくる。
装甲厚は通常の3倍。重機にも匹敵する体格だ。
──だが、動きは遅い。
優斗は回避動作で横へ抜け、ナイフを抜刀。
背後から関節部へ滑り込ませる。
「仕留めるッ!!」
ギギィ──ッ!!
だが──刃が弾かれた。
「チッ、関節すら“補強”してやがるのか!」
『その機体群は…アサルトロイド! 紛争地域で非合法に暗躍している
軍用ロイドです!』
──つまり、"合理"の末に製作された″合理執行代理人”だ。
「だったら──その合理、ひっくり返してやる!」
優斗は間合いを詰め、ロイドの頭部を跳躍からの蹴撃で仰け反らせる。
同時に銃口を押し当て、至近から発砲。
──パンッ!!
鋼鉄の顔面が砕け、火花と煙が噴き出す。
背後からは別のロイドが警棒を振り下ろしてくる。
『優斗さん──伏せて!』
──ズガン!
夜桜がそのロイドの脚部に飛び蹴りを叩き込み、動きを止める。
その一瞬で、優斗が振り向きざまに撃ち込んだ。
──ドシュッ!!
EMP弾が炸裂、ロイドは痙攣したまま動きを止める。
『全ロイド停止。B1セクター制圧完了です。』
──だが、そのとき。
ゴウンッ……!
振動とともに、警備ロイドの残骸から通信ポートが自動展開。
ノイズ混じりの音声が流れた。
『……侵入確認。B1層防衛ロスト。対象、神代優斗……進行ルート、
更新……』
「何かが応答してる……?」
『解析中……この通信は、NS-CORE経由ではありません。別系統AIによる……』
──そのとき、音声が変わった。
『ようこそ、“牙を授かりし者”──真の合理へ。』
優斗がわずかに眉をしかめる。
「お出迎えってわけか。だったら……“下”で待ってるんだな」
夜桜が一歩前に出て告げる。
『B2層へのリフト起動。ただし、通信ログより確認──』
「──何だ?」
『……B2層には、“実戦型義体”と思われる個体が存在します。
コードネーム──《バルバロスΩ》。』
──【24章 一閃】へ続く




