【20章】家族
公特ブリーフィングルーム──
第4課は内務局・監察部経由で霧島への捜査申請を提出していた。
『内務監察より承認通知──霧島長官への事情聴取が正式決定。』
「……これで、包囲は整ったわ」
「ですが──このまま"出頭"してくれるとは思えません」
『補足情報──本日未明、霧島長官の専用端末に外部VPNルート経由の
不正接続を確認。異常経路は遮断済みですが、転送データは未確認です。』
佳央莉がホログラム画面を睨みながら操作を続ける。
「権限プロトコル記録……これは──"Ω-緊急介入プロトコル"?」
『国家緊急介入権限コード──NS-CORE運用者上層部のみに発行される
最高権限コード群です。使用履歴、過去3ヶ月間で7回行使。』
優斗が緊張した面持ちで佳央莉に尋ねる。
「……このコードを使える人間は、国内でも極一部じゃないですか?」
佳央莉は迷いながら告げた。
「誰が鍵を握っているのかは……考えたくないけど、見えてるわよね。
長官──私はいいから4課に集中してほしいって、あきらかに私を遠ざけてたのは
こういうこと…」
空気が一瞬、冷たく張り詰めた。
『該当行使日時の大半が侵食AI起動タイミングと
重複しています。』
優斗は静かに拳を握りしめた。
「──なぜ…なぜあなたが…」
「こうなったら──家族側から探るしかないわね」
「長官のですか?」
「ええ、奥様が病院にいるの」
【西都国立大学付属病院・特別病棟】
午後の柔らかな光が病室を包んでいた。
優斗は慎重にドアをノックする。
霧島夕子
「……公特の方、ですね」
優斗は言葉を探したが──何も言えなかった。彼女の目がどこまでも
澄んでいたからだ。一呼吸おいて自己紹介をする。
「公特第4課、神代優斗です。お時間を頂き恐縮です」
「夫は……もう捕まったのですか?」
優斗は静かに首を振る。
「……まだです。ただ、奥様の身柄は確保させていただきました」
夕子は、ふと優しく微笑んだ。
「……あの人は、自分の信念を通す人です」
「……」
「何があっても自分の信じた道を行く…しかし、今は揺らいでいるのが
私には…私にだけは分かります。もう、先が長くない私のせいなのです…」
夕子の突然の告白に優斗の表情が強張る。
そんな優斗を見て夕子は柔らかい微笑と共に尋ねる。
「……あの人は、まだ、戻れるのでしょうか?」
優斗は答えに詰まりかけ、だがゆっくりと口を開いた。
「それは、俺にもわかりません。──でも、"長官を連れ戻す努力"は
これからです」
夕子はかすかに微笑み、静かに目を閉じた。
「……どうかお願いします。あの人の本心は、まだ…迷っている
だけだと私は信じています。
昔はね、仕事の話なんて全然しなかったのに……最近は時々
“俺は正しかったのか”って、よく言ってました。
正義と秩序──その境目に長く立ちすぎた人なのです。
そして…私にとっては……ただの優しい夫です。」
優斗は夕子の瞳をまっすぐ見つめた。
「──今のあなたの言葉は、きっと長官の"人"をまだ救っています」
夕子の声がほんの少し柔らかくなった。
「……公特の方なのに、優しいのですね」
優斗は照れたようにわずかに笑った。
「俺たちも結局、“正しさ”を探し続けてるだけです」
夕子の表情がわずかに動く。
「──あちらの子も、"人"をまだ救っているのかもしれませんね」
優斗もその視線の先を追った。
向かいの病室──
往診中のわずかに開いたドアの隙間から小さなベッドが見えた。
小さな少女が無垢な寝顔を見せている。
その手には、くたびれたウサギのぬいぐるみ。
部屋の端末には静かに表示が灯っていた。
『患者ID No.706──安定維持中。』
そして部屋の入口にあるプレートには”真壁”の文字が──
少女は何も知らず、平和な眠りの中にいた。
優斗はその寝顔を見つめたまま、しばらく動けなかった。
そして静かに目を閉じ、わずかに呟いた。
「……親ってやつは、難しいな」
夕子はゆっくりと微笑んだ。
「でも、あの子も、きっと幸せになります。あなたが──
公特の皆さんが、止めてくれれば。」
優斗は静かに頷き、踵を返した。
「必ず止めます。霧島長官も、真壁も──その先の“歪んだ秩序”も」
夕子は柔らかく見送りの視線を向ける。
「気をつけて。…神代さん」
優斗は病室を後にした。
直後、夜桜のアバターが告げた。
『優斗さん、霧島長官の足取り掴めました。』
──【21章 戦闘準備】へ続く




