【19章】Project M
捜査本部の空気は、濃く淀んでいた。
S.Makabe──Project M──そして消えた霧島長官。
パズルのピースは徐々に揃っていくのに、完成図はまだ見えない。
「Project M──それは“AIの神経網を塗り替える”禁忌の構想だった」
佳央莉は深く息を吸い、ファイルを開いた。
「夜桜にプロジェクト名”Project M”と”S.Makabe”の名前を当たらせたら、
あっさり侵入犯の素性が割れたわ。
真壁 俊。元・中央管理AI技術開発主任」
「元は、俺たちのお仲間だったってわけですか……それがなぜ……」
「理由はまだわからないわ。ただ、NS-CORE以前のAIを開発管理していて、
突然退職した……という事になってる」
夜桜が補足説明を挟む。
『真壁にはダミー会社を複数運営していた形跡がありました。
西新井の倉庫を保有していた会社から経歴を辿りましたが、
改正NTT法特例条項に基づく国家外郭管理法人の名義を利用した
ダミー会社群に、真壁が代表を務めていたグループ名が重複していました。
彼は現在グループから離れているようになっていますが、
偽装の可能性が高いです。』
夜桜の声には、ほんのわずかだが怒りの色が滲んでいた。
『また、埼玉のNS-CORE予備施設に納品されたサーバー部品も、
真壁のダミー会社が関与していました。
その結果、NS-CORE本体へのアクセスが容易になっていたと推測されます。』
「そこまで用意して国家神経網に入り込んでたわけね……改正NTT法は、
仕組まれた裏口だったって事……」
(通信インフラの再整備と称して新設された“特例法人”……
まるで最初から、国家に潜り込む道を用意するためだったようだ)
優斗が奥歯を噛みしめる。
「国の制度すら“乗っ取りの道具”にしたか……
最初から、全部仕組まれてたって事か……」
『更に……真壁のグループ会社の中にアシストロイドやドローンを
開発・販売している法人を確認しました。先日のAI暴動の際、巧妙に
偽装はされていましたが、未登録機体の多くは最初から最上位命令が
書き換えられており、真壁の会社で製造されたものと判明しました。』
「つまり……違法パッチをばら撒き、さらに未登録のロイドやドローンを
使って暴動を誘発した、という事ね」
「やってくれるな……真壁……」
『そして、霧島長官ですが──』
大型ホログラムには、霧島長官が最後に接続した仮想経路の追跡ログが
映し出されていた。
佳央莉はその中の一つに、微かな違和感を覚えた。
「この経路……明らかに、途中で偽装されてる」
『はい。通常なら踏み台として使われるはずの中継サーバーが、一つだけ
“経路トンネル”化しています。』
「真壁の仕業ですか?」
佳央莉が首を振る。
「わからない。でも、霧島長官が“わざと足跡を残した”ようにも見える。
私たちに何かを託したのかもしれない」
その時──
『解析が終わりました。
……ミスター義体に残されていた通信ログの一部、断片的ですが
復元できました。』
夜桜が通信を開くと、スクリーンに複数の通信IDと断片的な通信ログが
表示される。
「このID群……NS-COREの正規経路じゃない。どこから来てる?」
『──かつて“亡霊通信網”とも呼ばれていた、旧世代の裏回線です。
おそらく、地上のあらゆる監視網の下を通る、旧政府時代の
バックチャンネルです。』
「地下……まさか、真壁は地上じゃなく、“下に”いるっていうのか?」
佳央莉が固唾を飲む。
「まさか……いや、でもそれなら辻褄が合う。ミスター義体の製造元、
兵器の出所、消えた霧島長官。全部、地下で繋がってるとしたら──」
夜桜の声が重くなった。
『真壁瞬の拠点は、地下に存在している可能性が高いと推定されます』
静寂の後──
「どこに潜ってるか知らないが……地の底まで追い詰める……!」
優斗の目が、再び戦いの色を帯びた。
──
霧島は淡々と端末に目を落としていた。
真壁と合流すべく、本アジトへ向かっていた。
(……やはり第4課……佳央莉くんと夜桜が辿り着いたようだな……)
その瞬間、極秘通信端末が振動する。
暗号化された裏ルート──真壁からの通信だった。
『公特第4課が動き始めているようです。彼らは貴方のコード履歴に
接触した』
「そうか……覚悟はしていた」
『まだ貴方には役割がある。合理統治実現の布石を、次の段階へ──』
霧島はわずかに目を伏せる。
「真壁……私は国家を裏切った。だが、この国の秩序を破壊しようとは
思っていない……」
『合理とは、時に“切り捨て”を要する選択です。
……もう一度よく考える事ですな』
嘲笑にも似た笑いと共に、通信は静かに途切れた。
通信を終えた霧島は、誰ともなく呟く。
「堂島よ……私の選択は正しかったと言えるのか……
……もし、君だったらどう動いた? どう背負った?
俺にはもう、それを問い直す時間すらない」
“合理”の名のもとに切り捨てられたものたちが、今、地の底で
蠢いている──
──【20章 家族】へ続く




